#23 White

 季節は移り変わる。

 季節はゆったりと動く。

 季節は人々の気分を変える。

 季節はずっとずっと繰り返し、時の流れを人々に教えてくれる。

 そして今、季節は冬を迎える。

 動きを止めると凍ってしまうのではないかと思う程に、今日と言う日は酷く寒かった。 


「レイネ……もうすぐだからな」


 フィリオがレイネを思い、思わず呟いた。向かい風が彼を強く押す。

 ルーンプレナの道を見つめながら、彼はひたすらに、一歩一歩進む。夕方、まだ賑やかな雰囲気が街に漂っている。


「ようやく……着いた」


 そう独り言を言うと、息が白く姿を変えて、フィリオの目の前に現れた。

 かじかむ手でドアを押す。


「……おかえり」


 レイネが駆け寄って、フィリオを迎えた。


「ただいま。お目当てのもの、手に入れてきたよ」


 フィリオの左腕は、暖かそうな生地の服を抱えていた。


「おそかった……」


 レイネはそう言って、紅色の頬をむすっと膨らませた。


「結構待たせたね。急いで夕飯の準備するから、悪いけどもうちょっとだけ待ってて。あ、この服試しに着てみてよ。可愛いの選んできたから、きっと似合うよ」


 そう言ってフィリオは台所へと直行した。

 シャンクが獲ってきた魚を焼いて、塩を振りかける。なんて事ない料理だが、フィリオはこの質素さが好きだった。

 フィリオは台所から、焼き魚を盛り付けた皿を両手に一つずつ器用に持って、居間のテーブルへと運んだ。

 

「出来たぞー、レイネ……お、似合ってるじゃないか。素敵だよ」


 皿をテーブルに置いて、フィリオはレイネの頭をそっと撫でた。


「わたし……このふく、きにいった。ありがとう」


「いえいえ、どういたしまして。これで明日から寒くないね」


 レイネが身に付けたのは、すらっとした水色のクロークだった。


「いくら君が気に入ったとは言え、汚れると悪いから一回脱いでね。これからご飯だし」


「ううん。このままきる」


 レイネは顔を横に振って強く断った。よほど気に入ったのだろう。


「ははっ。ま、いいか。しばらく新しい服の君を見ていたいしね。でも、くれぐれも服は汚さないようにね」


 二人は夕飯を食べながら、いつもの様に会話を交わす。


「なぁレイネ。確か君は、この星に来てから十三回目の満月の日に、月に帰るんだよな?」


「うん」


 あの秋の終わり。フィリオがレイネを抱きしめて、自分を信じたあの日。レイネは言った。「わたし……ここにきてからじゅうさんかいめの、みちたつきのひに、かえらなくちゃいけない。だれがいったかはわからないけど、ふしぎとしってるの」と。「レイネ……そうか。でも、君の本当の家族は、何故君をこの星に送ったんだ? 何が目的で……」フィリオの言葉に、レイネは返した。「わたしは……かえらなくちゃいけない。そして、わたしはそれをうけいれた。いまは、それだけ」

 あれから、フィリオは気がかりだった。このままレイネを本当の家族の元へ返していいものか、と。レイネが風邪を引いた時、レイネは父や兄を呼ぶ様な寝言を吐き、うなされていた事、リーフの言っていた記憶喪失の原因についての話。これらの情報から、レイネの本当の家族は、彼女を本当に愛していたのかと言う疑問が生まれる。そして今でも、フィリオが抱えるこの疑問は解決されていない。レイネが本当の家族の事を話そうとしないのだ。

 

「やっぱり、話してくれないか。君の本当の家族の話。きっと……辛い事があったんじゃないかと思って……話してくれると僕は助かる」


 長い沈黙の後、レイネはその小さな口をゆっくりと開けた。


「……わたしは、だれもきずつけたくない、だからはなしたくない」


 レイネは下を向いて、言った。


「レイネ、君は本当に優しいんだね……レイネ、もう何度も言ったと思うけど、君は何があっても僕達の家族だ。確かに、君には本当の家族がいる。でも、こうして君と僕が巡り合って、繋がった。だから僕達も、もう一つの本当の家族なんだよ。家族ってのは、お互いが心の深い所で、いつも繋がっているものだ。だから大丈夫。何を話しても、受け入れるよ」


「……」


「レイネ」


「……」


「何、泣いてるの」


「……」


「レイネ……約束しよう。その悲しみを半分、僕に預けてくれ……それが家族ってものだから」


 レイネの涙が床に落ちる。彼女はか細い声で言った。


「わたしね……つきにいるかぞくに、ずっといじめられてた……でも、なんでだろう……わたしはあのひとたちのことが、きらいになれなかった……だから、もういちどかぞくにあいたい」


 フィリオの頭の中でレイネの言葉がこだまする。


「レイネ、いいかい? さっきも言ったけど、僕達は心の奥深くで繋がってる。離れ離れになっても、僕達家族の絆は変わらない。別れは孤独じゃない。一緒に乗り越えていくものだから」


 レイネは涙を手で拭って、クロークを脱いだ。悲しみで温もりを濡らしたくなかったのだろう。窓の外から満月が見える。二人が出会ってから、九回目の事だった。

 そして、あれから一週間の時が過ぎた。窓の外の景色は、まだ何も世界を知らないキャンバスの様に白かった。


「……ねぇ……おきて」


 ベッドの上で、レイネが寝ているフィリオの上に乗り、彼を揺らす。


「……ん……お……はよ……起きるの……早いね……レイネ」


「ゆき……いっぱい」


 彼女が窓の外を指差す。


「あぁ、夜の間に積もったんだろう。どうだ? 雪遊びしてみるか?」


「なにそれ」


 レイネは首を傾げる。


「その名の通り、雪で遊ぶのさ」


「きになる」


 目を輝かせるレイネ。


「よし! そうと決まれば、思い立ったらすぐ……」


 フィリオはレイネに乗られたままレイネに言った。


「……こうどう」


 呟くレイネ。


「そう! さっすがレイネさん。そしたら……あ、まず僕から降りてもらっていい?」


 それから二人は一緒に朝食を食べ、ペントにご飯を与えた。その後は着替え。レイネは、あの時フィリオが街中を回ってやっとの事で手に入れたクロークを身にまとい、フィリオも黒いロングコートを着て、準備は完了した。


「よし、じゃあ行こうか、白銀の世界へ!」


 フィリオが勢いよくドアを開けると、弱く冷たい風が二人を包んだ。

 しんしんと降る雪を、二人は静かに眺める。


「……きれい」


「あぁ。綺麗だ」


 レイネは身体を屈ませて、両手にありったけの降り積もった雪を抱えた。


「みて、しろくて、ふわふわしてる」


「この星に来てからは、雪は初めて見るもんな」


「つきには、こんなのなかった。だから、たのしい」


 そしてレイネは、抱えた純白の雪を、思い切り手を広げて空へ向かい飛ばした。道に雪がひらひらと舞う。

 レイネはずっと笑っていた。初めて見る世界に胸を躍らせているのだろう。フィリオは彼女のそんな姿を見て、和やかな気持ちで心が一杯になった。

 風が強くなってきた。


「て、つめたい」

 

 レイネは紅くなった手をフィリオに差し出した。

 

「手、握るか」


「うん……」


 フィリオの左手とレイネの右手がしっかりと密着した。


「さむい……けど、あったかい」

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