交わる運命は耐え難き灼熱のもとで 2

 そういった輩を相手にしなければならないその他大勢の女とは別格として扱われているという優越意識と、まだ自分の番ではないのだとの安心感、そして今日ばかりは口うるさい中年女のお小言とは無縁だという爽快感から、彼女たちは気を大きくして、祭りにはしゃぐ娘のようにきゃいきゃい声をあげて事の成り行きを見守っている。馬車の外には当然ながら見張りの男が数人いるのだが、彼等の耳に入ることなどまるで気にとめてないようだ。


『ちょっと。よく見えないわ。そっちの方、もう少しつめてよ』

『いたたっ。誰かあたしの髪、踏んでるでしょっ』

『もお。静かにしてよ、聞こえないじゃない』

『押さないでったら!  胸がつぶれちゃうでしょ!』

『誰よ、今首に息吹きかけたの!』

『やだぁ! 肩紐ほどけちゃったぁ』


 女ばかり三人閉じこめたら恥は消えると言うが、それが十数人ともなると、とても奴隷とは思えないほど図々しい。恥じらいの消えた彼女たちの声には、外の男たちまで顔を赤らめてしまうほどだ。布をざっと縫いあわせただけのほろはかなり使いこまれており、ところどころに鉤裂きや小さな穴があいている。その隙間は今、彼女たちの指によって引き裂ける寸前まで広がって、外界の様子を馬車内に伝えているのだが、そこから入ってくるわずかな陽光におびえて、彼女たちとは反対側の隅でマテアは小さく縮こまっていた。


 陽の光は矢のように鋭く己を傷つけ、人と接触したならその体熱は肌を焦がすのだと知って以来、マテアの胸は絶望の暗闇におおわれている。


 まさか、昼の地上界がこんなだとは思ってもみなかったのだ。はじめて訪れたときは夜だったし、雪原を歩いていた間もずっと厚い雲に覆われていたので、気付けなかった。


 その意味では、この商隊に拾われたのはマテアにとって幸いだったと言える。あのまま小屋にいたなら、たとえ吹雪がやんでも外に一歩も出られなかったろう。こんなに早く人のいる地へ移動することもできなかったはずだ。けれど、マテアにとってもはや『人間』は恐怖の対象でしかない。その指先で触れられただけで、火脹れができるのだから。


 商隊の者は外で仕事にあたるため、いつも厚手の手袋を着用し、防寒具を着こんでいるので直接肌が触れあうことはなかったが、馬車の中ではそうもいかない。高級性奴として売られる女たちは、不要な筋肉をつけて麗姿を崩したりしないようにするため、それ以外の女たちが歩かされる移動中も馬車に押しこまれる。当然ながら、ゼクロスたちがどこからか仕入れてくるたびに密度が増加し、振動で肩や腕が触れる機会も増える。それがマテアにとって堪えがたい恐怖だった。


 配給された毛布を頭からすっぽりかぶり、袖口や裾を引っ張ってできる限り肌が露出することを避ける。外に出してもらえる休憩中も、馬車の一番奥で毛布をかぶっている彼女は、他の者にはさぞ陰気な女に見えたに違いない。ちょっと肩先が触れたぐらいでこの世の終わりのような悲鳴をあげ、ぶるぶる震えられたら勘に障るのもあたりまえだろう。ただでさえ並はずれた容姿をしているのだ、女受けが悪いというのも手伝って、女たちはマテアを『ちょっときれいだからと思って図にのって、お高くとまったイヤな女』と決めつけ、誰もそばに寄ろうとはしなくなった。


 彼女はいないものとして扱われ、そのおかげでここ最近になり、ようやくマテアの気持ちもおちついてきたのだが、それでも、それまでに負った傷と衝撃はそうそう癒えるものではない。特に七日前、左の二の腕に負った火傷がひどかった。休憩中、マテアを除く女たち全員が馬車から降りているとき、中年女の目を盗んでゼクロスが馬車に乗りこんできたのである。これだけの美女だ、売りとばす前にちょいと味見をしてもいいだろうと、いたずら心を起こしてのことだった。


 マテアは二の腕を掴まれた瞬間に絶叫した。あまりの激痛に、指が肉を溶かしてくいこんでくる気がして、ゼクロスが執拗にくり返した『静かにしろ』とのおどしは微塵も耳に入っていなかった。結果、中年女に見つかり事なきを得、以後強化された見張りのおかげでゼクロスが好き心を起こすことはなかったが、治療しないでいたせいでマテアの腕の火傷は悪化してしまっていた。


 今もマテアは判然としない表情をして、床に頬をついて丸まっている。痛むのは二の腕だけではない。体のいたる箇所が軽度の火傷を負っており、熱をもってじくじくとうずく以外、頭の中はぼんやりと霞がかかったようで何一つ形となるものはない。うつろな目は、女たちが寄せあった膝元の、ほろと馬車とを結んだ輪の穴から見える外の景色を映していたが、動くものは彼女の目という鏡を素通りしていくだけの影でしかなかった。


 彼女のこの衰弱には栄養失調も影響している。なぜなら、こちらの世界の食物は肉が主食のため、月光界ですべての生き物を友としてきたマテアは口をつけられずにいたからだ。


 彼等は望んでその命を差し出したわけではない。自然の一部でありながら無理矢理引きちぎられ、殺された。その犠牲を正しく評価されることはなく、また魂の平安を祈られることもなく。生きたまま四肢を裂かれて、結果、千々に切り分けられた肉のかけら一つ一つに魂を分離されてしまった。


 調理されたあとも魂が放つ『どうして?』との質疑にマテアが答えられるはずもなく。女たちに咀嚼され、苦もなく飲みこまれてゆくそれらを見て、マテアは涙をこぼし嘔吐した。

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