第9話 八章

「今日は活動があるのか」


「らしいな」


 しぶしぶ、俺と悠介がパソコン室へ向かっている。すると、どうやらサッカー部の方でもめごとが起こっているようだった。それは、激高する先輩とサッカー部の顧問によるものだった。


「先生、どういうことですか。どうして、俺が先発じゃないんですか」


「俺はチーム全体の事を考えて判断しただけだ」


 その説明に、先輩は納得がいかないらしい。教師の胸倉をつかまんとばかりの勢いで詰め寄っている。


「そんな説明で納得いくわけがないだろ! もういい」


 そこまで言うと、先輩らしき人は諦めたように去っていった。


「なんだか、大変そうだな」


 悠介が他人事に言う。まあ、実際俺には関係ない話だし、おそらく部活に入っていない俺からすればこの話自体が初耳なのだから当たり前だろう。


「なんか揉めてるみたいだな」


「ま、いろいろあるんだろ。天草もそれで苦労してるって話だしさ」


 レギュラー争いか。そういえば、そういえば、天草は今野さんにレギュラーとして活躍したいと言っていたな。


「おい、悠介。もしかして」


 俺も悠介も同じタイミングで気が付いた。もしかすると、天草が海堂さんに頼んでレギュラーを奪取したんじゃないのか。そうなれば、先輩らしき人が納得いかずに先生に対して詰め寄っているという状況にもよくわかる。


 だが、ここで天草に詰め寄って真実を確認するのは良くない。

 まずは、外堀から埋めていくことにする。とりあえず、今野さんとサッカー部の同級生に聞きまわってみるか。


「ああ、そうしようか」


 そう言って、俺たちは部室を後にして校舎へと向かった。さっそく、今野さんとサッカー部員の二人を見つけて事情を聞くことにした。


「今野さん」


 俺たちが夕暮れの迫る校舎で今野さんを見つけて声をかけた時には、どうやら今野さんもこちらを探していたらしく、すぐに反応があった。


「荒木君、山本君」


 しかし、そんなことをしていると当たり前だけど注目が集まってしまう。以前までなら俺と悠介が無謀にも今野さんにアピールしていると捉えられても仕方ないところを、今野さんがパソコン部に入りたいがために動いているとみられかねない。


「とりあえず、移動しよう」


 そこまで、パソコン部の力は大きい。現に森本はいじめっ子だった石原を排除して学校生活を普通の物へと戻した。それは、どれほどの価値があるかわからないけれども、現時点でいじめを受けている生徒から見れば希望になるだろう。


 自分も何とかしてパソコン部へ入ることができれば、この苦しい日常から解放される。そのことを、どれほどまで信じられるか。例えば、森本にお金を払ってそれを達成させることができるのか。それとも、体を売ることまで……


 最初に口を開いたのは今野さんだった。やはり、予想通り天草は今年のレギュラーを確実にするために、監督に対して海堂さんを使って脅しをかけた。その脅しがいったいなんであるかに興味なんてないし、知りたくもない。


 朝山が変質者であったことのように、サッカー部の顧問だって犯罪までいかなくても何か秘密を持っているはずだ。大人になれば、誰もが後ろめたいことを持って暮らしていく。もう、きっと海堂さんに逆らえる人物は校内に存在しない。


「今野さんは、それに対してどう思うの」


 なら、海堂さんではないほう。つまりは天草や森本を止めるしかない。それには、今野さんの協力が必要なはずだ。

 今野さんがいう事ならば、天草は聞いてくれるはずだ。


「私にもわかんない。どうするのが正しいのか」


 確かに、天草が念願のレギュラーを掴んで活躍してくれるのが正解なのか、それとも先輩たちが納得できるほどの結果を出してレギュラーを掴めるまで努力を続けるのか。それにきっと、正解なんてない。だけど、今野さんに活躍を見せたくてそれを選択したから、それを今野さんも理解しているからこそ難しい判断を強いられている。


 お互いを思いあった結果のすれ違いが、もっともめんどうくさい。


「でもね、私は応援したいなって思ってるよ。雄大の事も、今の先輩たちのことも。だから、あとは任せようかなって」


 そう言いながら、今野さんは笑った。その笑顔はとても輝いていた。それを見せられて、野暮に俺たちがいろいろという事はできない。


「わかった。天草の事に関しては何も言わない。だけど、天草が増長してサッカー部のレギュラー以外を望みだしたら教えてくれ。そうなれば、俺たちが止める」


「わかった」


 それ以上はさせない。森本も、それ以上の願いは実現させない。


 だけど、俺たちにできることなんて限られている。既に森本は、別で動き出していた。また、彼は三人の人間を学校から追放した。


「えっと、今度は大和田さん。久野さん。飯山さんだね。だけど、彼女たちと君に関わりは無いだろう。クラスさえ、一緒になったことがないじゃないか」


「そんなことはいい。とにかく消してくれ」


「佐野さんのためかな」


 海堂さんがそう言った瞬間に、森本は掴みかかった。しかし、海堂さんの体幹がびくともしない。水川さんが森本の肩に手を置くと、森本はどうにもならないと悟ったのか、静かに腰を下ろした。この二人とまともにやっても勝てるわけがない。


「お前も邪魔をするんだな」


「僕は君の味方だよ。ただ、僕は僕なりに真実を知っているだけさ。もちろん、僕の力ではどうすることもできないけどね。もし、仮に今ここで僕を殺すことで全てが解決するとしよう。それで、君は満足かい?」


 森本はそう言われると、もう何も言い返せない。


「まあ、君がどうやろうと僕を殺すことなんてできないんだけどね」


 学校という場所には似つかわしくない殺すという言葉が、どんどん日常に溶け込んでゆく。


「森本君。それとも、命を賭してまで叶えたい願いはあるかい?」


「はぁ?」


 海堂さんはそこで、森本に取引を持ちかけた。



 それからというもの、天草のレギュラー問題以外は平和なものだった。石川さんが献身的に上級生しかいない森川さんのケアをしてくれていたおかげで、森川さんが特に目立った動きを見せることも無かった。


 まあ、彼女が何かをお願いするときにはきっと自己防衛だろうからそれなら仕方ないこともある。森川さんも、やっぱりよく男性から声をかけられると自己申告できるくらいには可愛い。きっと、男子たちも放っておかないだろう。


 なら、考えられるのは女子同士の嫉妬か、それとも男子からのアプローチが苛烈だった場合か。まあ、女子の事はわからないけれども、アプローチなら俺や悠介でも何かできることがあるかもしれない。


「それより、海堂さんが遅いな」


 海堂さんと水川さんが姿を現さずに、俺たちがいるというのにゲームも始まらないでは何もすることがなくてつまらない。俺、悠介、石川さん、天草、森川さんは退屈ですることがない。森本はどこへ行ったんだ。


 その時だった。急にパソコン室にある合計で四十台を超すはずのパソコンが全て青い光を放った。その光景は、あまりにも不気味だった。


「みんな、ゲームの世界へと入ってきてくれ」


 海堂さんの声がスピーカーから響いた。その原理はわからなかったけど、俺はエンターキーを押した。それは、海堂さんが最初にゲームの世界へと俺たちを誘ったときの様に、すっとゲームの世界へ吸い込まれていった。


「なんだここ?」


 そういえば、俺たちが知っているのは二つ目の牧場育成ゲームまでだった。それ以降は、全く情報がない。もちろん、ゲームの情報なんてどこのサイトを明後日も見つかるはずなんてないのだから、それもしていない。


 世界は、どうやら宇宙空間のようだった。周りにはゲームでよく見るような色とりどりの星が散らばって光っている。明らかに作られた世界だった。足元には青くて大きな地球があり、視界の端には月が見える。


「なんだろう。ここ」


 宇宙を舞台にしたゲームはそれなりにあるけど、思いつくのはどれもシューティングゲームだ。基本的に、前回にプレイした牧場ゲームのようなほんわかと穏やかな雰囲気でプレイすることはできないだろう。


「お待たせ。今日はあなたたちに出番はないわ」


 ふと、俺たちの周りにいる酸素のある空間。そこに水川さんが入り込んできた。彼女は宇宙空間でもやはり冷静で、普段通りだ。


「どういうことですか? 出番がないって」


 意味が分からない。いや、それはこの部活に入った時からずっとそうだったけれども、それでも説明が明らかに不足している。それもわざと。きっと、水川さんは何かをあえて隠すために発言している。


「ソロプレイとマルチプレイってことよ」


 ソロプレイとマルチプレイ。まあ、意味は分かる。つまり、ここにいない誰かがソロでこの宇宙空間で行われるゲームをクリアするという事か?


 ここにいないのは、海堂さんと森本だけだ。なら、森本が?


 確かに、森本ならばソロプレイに向いているだろう。少なくとも、石川さんや森川さんと一緒に動くなら、森本が一人で行動した方がゲームにおいては良い結果を出せるのは、間違いない。


 しかし、それで大丈夫なのか?


 俺がそう考えている間に、ゲームの音楽が流れ始めた。


「なんだ、この古臭い音楽は」


 その音楽は、まるで千九百年代のゲームみたいな音楽が流れ始める。それは、どことなく不気味だった。古いパソコンの内側で擦れた音がならしているような、不快感を覚えている。


 すると、ちょうど視界の端に宇宙人らしきものが現れた。


「スペースインベーダーか?」


 スペースインベーダ―というゲームは、かなり有名なゲームだ。それこそ、俺たちの父親世代くらいじゃないだろうか。画面の上からどんどんと出て来る宇宙人に、直線でレーザーを放つ宇宙船を横に移動させてレーザーをぶつけて倒す。


 そして、その宇宙船が現れた。


「森本!」


 もちろん、その声は届かない。宇宙空間では音なんてしないのだ。レーザーが放たれる音も、敵が爆発する音もすべてはゲームのために用意されたものだ。


 森本は、所定の位置に着くとゲームが始まる音がした。そこから、音が変わって森本の乗る機体が動き出す。白と黒を基調にした宇宙船は、それはスムーズに横へと動き、常にレーザーを放っている。


 まあ、隣から見ている限りは普通のシューティングゲームだ。森本にとっては、別に難しくもないだろう。こちらは見ていることしかできないのが申し訳なかったけれども、応援することしかできない。


「がんばれ! 森本」


 届かないのはわかっているけど、俺たちはただただ声を飛ばした。水川ささんだけが、黙っていた。


「いや、本当に上手いな。プロ級じゃないか?」


 森本は、なんともないように次々と敵を倒していく。どんどんとステージが進むにつれて難易度が上がっているはずなのに、それでも森本の動きには焦りが見られなかった。ただ、淡々と敵を倒してゆく。


「やっぱり。私も練習を頑張らないと」


「いやいや、あのレベルはなかなか無理だよ。石川さんも無理はしなくていいよ」


 実際に森本に聞いたことはないけれど、きっと学校以外の時間はそのほとんどをゲームに使っているのだろう。それは、別に珍しいことじゃない。オタクの物だと思われていたゲームは、男子なら当たり前のようにやっていて、さらには女性でもゲームをしていることも珍しくなくなった。


 それが正しいとは思わないけれど、ゲームに人生をかける人もいるだろう。


「でもね、最近はゲームを始めて見たの」


「げーむ?」


「そう、スマートフォンのゲームなんだけど」


 そう言って石川さんが、スマートフォンの画面を見せてくれようとした時だった。

 警報のような音が響いて、視界が赤く点滅した。そのことが、危険信号、ゲームではボスの登場であるとわかる。


「ボス戦か」


「ボス戦って?」


「次に出てくる敵を倒せば、おそらくゲームクリアだと思う」


 普通は、そのはずだ。しかし、ここまでの調子を見て入れば余裕そうではある。なんなら、このまま無傷でクリアできるんじゃないかと思うほどだ。もしかすると、森本は本来がこういうシューティングゲームをメインにプレイしているのだろうか。


「そうよ。次の敵に勝てればね」


 水川さんが、少しだけ表情を崩した。それが、不気味だった。



「あいつがラストか」


 最後の敵は、明らかに標的が大きいけど、それだけ攻撃の種類も多そうだ。攻撃のために用意された砲台が体中についている。危険だ。

 だけど、森本を信じることしかできない。


「がんばれー」


 石川さんの応援が届けば、森本なら勝てるだろうか。


 森本は、仕切りなおすためにすっと旋回させるとすぐさま攻撃態勢に入った。


 すぐに森本は、右側に回り込んで攻撃をしかける。どんどん、森本の乗る機体から放たれた弾丸が敵にぶつかってはるか上に表示されるゲージが赤く点滅しながらどんどん減っていく。これならいけるか?


「ああっ、危ない」


 しかし、攻撃ばかりなら相手も反撃をしてくる。敵のホーミング弾が森本の背後に回り込んで、一撃を喰らわせた。


 それと同時に、大きな爆発が起こる。あたりは一面の光に包まれる。それは、俺たちの視界を数秒も奪うには十分だった。


「森本君!」


 石川さんが叫ぶけれど、大丈夫だ。基本的にシューティングゲームというのは残機というシステムがある。まあ、一発勝負というのは難しすぎるからだろう。

 爆炎から現れたのは、白と黒を基調としたデザインの宇宙船だった。


 まるで映画の様に、それはカッコよかった。


「がんばれ!」


 俺たちの応援にも、一層の力がこもる。森本にそれが聞こえたのかわからないけれども、機体はくるりと俺たちの前で旋回してボスへと向かって行った。


 そのまま、森本とボスの膠着状態は続いたけれども、ついにその時は訪れる。


「いった!」


 森本の放ったレーザーが、ボスに命中して大きな音を立てた。それと同時に、画面が点滅した。これは勝った。


「やったぁ!」


 石川さんがはしゃぐ。もちろん、俺も天草も悠介も森川さんも喜んでいる。

 だけど、水川さんだけは知っていた。シューティングゲームの常識を。


「危ないっ!」


 そう、第二形態が存在することを。森本のライフは、もう1つしか残されていなかった。進化したボスの放った弾丸は、まっすぐに森本を目指す。


 旋回してよけようとしたところを、撃墜された。


「きゃぁあぁ」


 すぐに叫び声が響く。しかし、そんなことには構わずに機体は火をあげながら落ちていった。そのまま、近くにあった惑星に墜落する。


「さあ、次は誰?」


「へ?」


「森本君はゲームオーバー。だけど、次の人が途中から続けることができるわ」


 水川さんは、淡々とNPCのようにそう言った。


「俺がやる」


 俺は、気が付かないままにそんな言葉を言っていた。この中なら俺はまだゲームが上手い。それに、戦意がある。きっと、ゲームだとしても森本は怖かっただろう。自分に向かって放たれた弾丸、自分に向けられた殺意が。


 森本をそんな目に合わせた奴が許せなかった。


 水川さんがスイッチを押すと、すぐさま宇宙船の中へとワープした。 


 

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