暴風雨ガール 42
四十二
四条畷駅の近くに着いたのが午後二時を過ぎていた。
改札口の近くに立っている真鈴は、また今日もミニスカートだった。
あれほどだめだと言っていたのに聞き入れない。
私は近づいて手を上げた。真鈴は私を見つけて小走りに駆けてきて、右腕を取った。まるで恋人みたいだ。
この前、私の部屋で初めてしっかり抱き合ったことが、ふたりの距離を一気に縮めていた。
「待ったのか?」
「一時間も」
「アホ」
「三十分待った」
「そんなウソばかり言うなら、もう帰るぞ」
「ごめん、今来たところ。でも岡田さん、短気だね」
「昼ごはんは食べたのか?」
「まだよ、何でもいい」
私たちは国道八号線へ戻る手前にある和食のファミリーレストランに入った。
「奈良に行っていたの?」
「そうだよ」
「日曜日の午前中に奈良に用事があったの?」
「そうだ」
「そうだ、そうだって、何の用事だったのよ。話してくれたらいいじゃない」
真鈴は膨れっ面をしてお茶をひと口飲んだ。
このところ彼女は急激に遠慮のない口調に変わってきていた。
それは私にとって嫌じゃなかったが、同時に戸惑いも感じていた。
「実は昨日、奥さんが来て泊まって帰ったんだ。両親には急に体調を崩したから泊まってもらいますって説明していたから、今日はできるだけ早く送って行ったんだよ」
「体調悪くなったの?奥さん」
「そんなの嘘だよ。両親に嘘を言って、泊まる口実にしたんだ。彼女の初めてのレジスタンスなんだ」と説明した。
「レジスタンスって分からない。でも岡田さんの部屋に泊まったのね」
料理が運ばれてきた。
「さあ、食べよう」と私は言ったが、真鈴はなかなか箸を取ろうとしなかった。
「どうした?奥さんが泊まったことが気分悪いのか?」
「いいの、ごめんなさい」
難しい年頃の女の子なんだが、嘘は言えない。
レストランを出てから大阪に向かって帰ろうとしたが、彼女は嫌だとごねて、奥さんの住む生駒に行きたいと言い出した。
少しドライブすることにした。
「お父さん、具体的にはいつ帰って来るんだ?」
「十一月いっぱいで辞めて、家に帰って来るって。一昨日も電話で話をした」
「お父さんの仕事、すぐに見つかれば良いね」
「うん、どうなんだろう・・・」
「僕が見た感じ、何でもできる人のような気がするよ。会社を経営していた人だし、まだ五十歳少しだろ。まだまだ大丈夫だ」
「岡田さんがそう言うと、本当に大丈夫のような気がする」
真鈴は微笑んで言った。
「やっと笑ったな。もっと笑わないとだめだぞ。笑う角には何とかって言うじゃないか」
「岡田さんって、ときどき変なことを言うのね。おかしな人」
真鈴はそう言って助手席の窓のほうを向いてしまった。
愛着のある車を走らせ、国道八号線から途中、大阪方面へ折れて山道を登り、信貴・生駒スカイラインに入った。
そして生駒山遊園地に午後五時ごろに着いた。
真鈴は車の中でずっと黙ったままだった。
私は少し空気を変えようと、昔よく聴いたビリージョエルのCDを流した。
真鈴はそれでも黙ったままだった。
生駒山遊園地は、夏の間は午後九時まで営業していた。
「どうする、入るか?」
「この遊園地って幼児や小学生向けよ。ほら、乗り物の種類や出てくる家族連れの人たちを見てよ。岡田さん、私を子ども扱いしないで。私、おとなだからね」
真鈴が何を怒っているのかよく分からなかった。
車内ではビリージョエルが歌い続けていた。
ちょうど懐かしい「オネスティ」が流れて来た。
「正直、誠実・・・なんて孤独な言葉なんだ。皆嘘をつく。誠実なんてどこにも見当たらない。でも君だけはそうあって欲しい」とビリーは訴え続けていた。
私は駆け引きなどない正直で誠実な男でありたいと常々思って生きている。
でも正直な生き方に固執していると平穏な暮らしは得られない。
それは実感としてある。
現実の社会では、たくさんの駆け引きや我慢や、ときには偽りも必要なのだ。
正直に生きることが誠実とは限らない。
真鈴は黙ったまま、助手席のドアに凭れていた。
「なぜ黙ってる?」
「・・・・・」
「もう帰る時間だろ、そろそろ暗くなってくるぞ」
「帰ったって私を部屋に入れてくれないんでしょ?」
「どうしたんだ、真鈴」
「私、岡田さんが好きなの。でも奥さんがいるし、私、すごく辛いの・・・」
こうなるような気がしていた。いったいどうすればいいんだ。
真鈴の気持ちは嬉しいし大好きだ。有希子とは違った愛情を持っている。
抱きしめてキスをして服を脱がせて、ひとつになりたい。
そう強く思う。
でもそれを抑えるのが、ビリージョエルが強く訴えている「誠実さ」じゃないのか?
「もう泣くな。僕も同じ気持ちだよ。でもな、思いのまま突き進むわけにはいかないことも、面倒で難しい世の中にはいっぱいあるんじゃないかな?」
真鈴は涙で頬を濡らした顔をようやくこちらに向けた。
私は左手で真鈴の肩を抱き寄せながら、右手で頬を撫ぜてゆっくりキスをした。
涙の粒がふたりの唇の間に流れてきてしょっぱい味がした。
真鈴は小さく呻いて私の身体にしがみついてきた。
「すべての恋愛が結ばれることなんてないんだ。
たったひとつの恋愛がそのまま結婚につながって、ふたりの間に子供が産まれて、そして夫も妻もほかの異性に興味も持たず、平穏な家庭を築いて、そして仲良く歳をとっていくなんてことは現実的には難しいんだよ。
男女関係はややこしいし、世の中はもっと複雑で、全然単純なものじゃない。僕は今、奥さんがいる。でもこの先、何が起きるか分からない。
真鈴だって同じだ。僕と変な出会いをして好きになってくれた。僕も大好きだ。
僕が悪い奴だったら、真鈴をうまくホテルに誘ってエッチするだろう。でもそんなその場限りの欲望には何の未来もない。
そんなふうに僕は考えていないんだ、分かるかな?君はまだ女子高生で年齢差が大きいけど、僕にとってはすごく大切な女の子だと思っているんだ」
「うん」
「だからな、真鈴。いつでも僕は会えるよ。でもこれ以上の関係に進むにはもっと環境の変化が必要だ」
「環境の変化が必要って、それどういうこと?」
「それは・・・君が考えてみてくれ」
「分かった。考えてみる」
私たちは生駒山の山頂から見える夏の終わりの大阪の夜景を眺めた。
散りばめられた満天の星と、その下に様々な色の明かりが点滅する大阪の夜景は圧巻だった。
私たちは車から出て夜景と星とを眺めながら抱き合ってキスをした。
今年の夏もそろそろ終わりだ。激しい動きのあった夏だったと、真鈴を包み込みながら思った。
それから車を慎重に運転して、大阪に向かった。
慌ただしい一日が終わり、マンションに帰ってエレベータを降り、部屋の前で真鈴と別れるときに自然とキスを交わした。
私たちは、確実に恋愛関係に突き進んでいた。
四十歳男と女子高生とでだ。
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