暴風雨ガール 40
四十
有希子と商店街へ買出しに出た。
得意の「お好み焼き」を作ってやると提案、適当な材料とビール、彼女が好きなワインと少しのお菓子を買って部屋に戻った。
「新婚夫婦みたいね」と有希子は喜んだ。
二人が朝まで一緒に過ごすのは本当に久しぶりだ。
お好み焼きは鉄板やホットプレートがなくともフライパンがあればことは足りる。
お好み焼き粉に水をあまり入れずに卵を多めに入れて溶くことが大切で、それ以外にはとろとろにすりおろした長芋を加える程度で美味しいお好み焼きができあがるのだ。
焼き上がったお好み焼きを一枚、大きな皿に乗せて有希子の前に置くと、「美味しそう」と満面の笑みを浮かべて喜んだ。
これが幸せな生活の一部なのか、こういう暮らしが有希子との過去の暮らしにあったのだろうかと、すっかり忘れていた瞬間を思い起こそうとした。
でも、彼女との夫婦生活は、私の仕事が多忙だった関係で、記憶の中にそういったシーンはすぐに浮かんでこなかった。
「光一、少し焦げているんじゃない?」
有希子の声に我に返った。目の前のフライパンから焦げた匂いと煙が漂っていた。
「何か心配事でもあるの?さっきからボーっとして」
「うん?またこういうふうに暮らせたら幸せだろうなって思ってたんだよ」
「早くそうなればいいね」
お好み焼きを食べて、私はビールを飲み続け、有希子は一本のワインをほぼ一人で空けてしまった。
心地よく酔った身体をベッドに横たえると、二人ともいつの間にか眠ってしまった。
目が覚めると午後九時を過ぎていたので、私は有希子の実家に電話をすることにした。
「本当に泊まるのか?」
念のため再度訊くと有希子は躊躇なく「泊まる」と言った。
電話をかけるとすぐに母親が出た。
「岡田です、夜分遅くにすみません」
「あら、こんばんは。今日そちらに有希子がお邪魔していますよね」
「はい、ここにまだいます。それでお母さん、有希子はちょっと熱があって、さっき計ったら三十七度八分なんです。高熱ではないんですが、大事をとって今夜は僕のところに泊まっていただきます。近くに病院もありますけど、たいしたことはないと思います。解熱剤や風邪薬も一応手元にありますから、どうかご心配なく」
私は一気に言った。有希子がリビングで苦笑いしていた。
「ちょっと、それは困ります。今は別居しているんだから・・・。有希子を電話口に出してもらえませんか」
「彼女は今寝ています。さっき薬を飲んだところなんですよ」
「お父さんと代わりますから」
母親はかなり慌てた様子で、次に父親が出た。
もう一度「こんばんは、岡田です。いつもお世話になります」と挨拶から入った。
「これはどうも。何ですって、有希子が熱を出したんですって?」
「はい、さっき薬を飲んで寝入っていますので、今日はこちらに泊まっていただきます。明日できるだけ早くそちらに送って行きますから、ご心配でしょうがご安心下さい」
有希子のほうをチラッと見ると、今度は泣いていた。
「分かりました。ではお任せします。よろしくお願いします」
父親はそう言って電話を切った。
私は受話器を置いて、小さくため息をついた。
私たちは夫婦なのに、なぜ妻の実家にこんなふうに気遣いをしなければいけないのだろうと腑に落ちなかった。
いつの間にか横に有希子が立っていた。
「ありがとう。すごく嬉しい」
彼女は身体をあずけてきた。
有希子の身体もこころも、しっかり受けとめてやる責任が確かにあると思っ
た。
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