暴風雨ガール 34


        三十四


 今夜は真鈴を部屋に呼んでもよかったのだが、さっきの夢のことが気になってしまったのだ。


 私はすぐに有希子のスマホに電話をかけてみた。


「どうしたの?」


 有希子はすぐに電話に出た。


「いや、特に何もないんだけど、そっちは変わったことないかな?」


「な~んにもないわ。夕方になったらお父さんの散歩に付き合って、それ以外はお母さんの家事を手伝ってる毎日よ。退屈だわ」


 彼女はもともと銀行員だったが、私と結婚後は専業主婦となって、ふたりの間に子供ができることに早くから備えていた。

  だが、夫婦仲は良かったにもかかわらず、子供はできなかった。


 不妊の原因については、ふたりとも特に病院で調べてもらったわけではないが、どうしてだろうと思っているうちに私の金融業失敗などもあって、彼女の両親から引き裂かれてしまったというわけである。


 夢に出てきた有希子は、「何で私たちに子供がいないの!自分勝手ばっかりして、あなたなんか死んでしまえばいいわ!」と、鬼の形相で罵っていたが、彼女は子供ができなかったことをどう思っているのか、これまでそのことに触れずにいたから分からない。


「この前みたいに、またどこかで遊びたいね」


「そうね、また気が向いたら行くわ。じゃ、これからお父さんの散歩に付き合うから」


 そう言って有希子は電話を切った。


 私のこころの中を、切なく空しい冷たい風が吹き抜けていったような感覚になった。

 真鈴に電話をしたくてたまらなくなったが、どうにか思いとどまった。



 翌日、沢井氏から真鈴に電話連絡があるかも知れない日だったから、朝早く目が覚めて気持ちが落ち着かなかった。

  もし今日連絡がこなくとも、明日の日曜日には必ず真鈴に電話をかけると沢井氏から約束をもらっていた。


 だが、昼前に有希子が何の連絡もなしに部屋に来た。

 昨夜電話したときには、「また気が向いたら行くわ」と言っていたのに、彼女の行動にはときどき慌てる。


「雨が降っているから、出かけずに夕方までここにいてもいい?」


 いきなり有希子は言った。

 駄目だと言う理由が思いつかず、「いいよ」と了解した。


「今日はどうしたんだ?いきなり」


「あなたと一日ダラダラとしたかったの」


 そう言って、有希子はソファーで寝転がっていた私の上に乗ってきた。

 有希子のことは勿論今でも愛している。

 別居を余儀なくされ、彼女の両親から引き裂かれたとしても、気持ちは変わらない。


「ベッドでイチャつこうよ、いいでしょ?」


 ここしばらく様々なことを思考し判断してきた疲れを、私は有希子の抱き慣れた身体に委ねた。


 私たちは昼過ぎから夕方五時ごろまで肌を寄せ合って、新婚時代のことを懐かしんだ。


 有希子の小さな乳房や細い首や、身体の細さと不釣合いな豊かな臀部まで、すべてが私の身体の一部のような気がした。


 心地よい疲労の中、うたた寝をしているとスマホが震えた。

 時刻は午後六時前になっていた。ディスプレイが真鈴の携帯番号を示していた。


 右腕の中に有希子がいることで躊躇したが、左手でスマホを取り、電話に出た。


「真鈴です」と囁くような声が聞こえた。


「うん、どうしたんだ?」


「さっき、お父さんから電話があったの・・・」


 そう言ったあと彼女は電話の向こうで泣きはじめた。


「私・・・嬉しくて」


 彼女はときどき小さく嗚咽しながら長い時間泣いていた。

 私は黙ってその泣き声を聞き続けた。そんな私を有希子が不審そうな表情でジッと見ていた。


「よかったな」


 私はおそらく二分ほど経ってから言った。


「もしよければ明日、会おうか?」


「うん、会いたい」


「そのとき、今日のお父さんからの電話のことを詳しく話をしてくれるかな。いまちょっとお客さんなんだ。いいかなそれで?」


 私は有希子の顔を見ながら言った。


 真鈴はそれでいいと言い、明日の午後一時にいつもの扇町公園の入り口で会うことにした。


 真鈴は電話を切る前に「奥さん、来てるの?」と訊いた。


「うん」と答えるとすぐに電話が切れた。

 プツッと切ない音が異議を申し立てているように思えた。


「誰なの?」


 当然のように有希子が問い詰めてきた。


「ほら、話したことなかったかな?尾行中に捕まった女子高生だよ。可哀相な子なんだ」


「どうしてあなたが尾行中に捕まった女子高生と会うのよ。会ってどうするの?」


「どうするのって、何もしないよ。ただ、行方不明だったお父さんが見つかったから、今の状況を説明するだけだ。電話では長々と話せないからね。何を心配しているんだ?相手は女子高生だよ」


 有希子は少し考えている様子だった。


「まあいいわ、信用したげる。でもなんか変やね、親しそうやし?」


「変なことなんか何もないよ」


 有希子は「知らないうちにこんな時間になってしまった」と言いながら急いで身支度をし、「今日はすごく楽しかったわ」と言い残して慌ただしく帰って行った。


 有希子が帰ったあと、部屋に真鈴を呼ぼうかとも考えたが、明日ゆっくり会ったほうが良いだろうと思いとどまった。


 今日は約束どおり奥沢氏から真鈴に連絡があって本当によかった。


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