暴風雨ガール 35

        三十五


 日曜日は前日と打って変わって猛暑で快晴、午後一時に扇町公園の入り口で真鈴と会って、前にランチに連れて行ったことがある知り合いの店「プランタン」へ行った。


 真鈴はグレーにモスグリーンの細いチェックのミニスカートと白いスクールシャツのようなブラウスを着て、白のスニーカーを履いていた。

 ミニスカートから覗く太ももが眩しかった。


「岡田さん、何で黙っているの?やっぱり怒ってるのね。昨日、奥さんといるところに電話してごめんなさい」


「いや、そんなんじゃないよ。怒る理由もないし、奥さんは何も心配ない。そんなことより、今日はすごく可愛いな」


「えっ?」


「あっ、いや、何でもないよ。お父さんから電話がかかってきてよかったね」


 真鈴は「うん」と返事したあと黙ってしまった。


 日曜日だからプランタンはランチタイムに関係なく混んでいた。


「いらっしゃい、岡田ハン、最近安曇野にお見えじゃないから心配しとりましたんや。さあ、こちらにどうぞ」


 オーナーの伊藤氏が席へ案内した。


「このところ忙しくて、四国と鹿児島へ出張だったんですよ」


「何のお仕事してはりますんや?安曇野の女将さんも、岡田ハンの仕事のことは絶対に教えてくれまへんからな」


 伊藤氏は大きな声で言った。


 私は真鈴に念のため訊いた上で、前回と同様にエビフライ定食を二つ注文した。


「お父さんとどれくらいの時間、話をしたの?」


「そうね、十分位かな、うーん、十五分位かな。私、ほとんど泣いてたから」


「それで、お父さんは何て言ってた?」


「悪かったって。近いうちに必ず帰るからもう少しだけ待って欲しいって」


 真鈴はそう言ってから少し涙ぐんだ。


「ともかく食事をしてから扇町公園で話そう。ここじゃ、いっぱい話せないからな」


 私は慌てて言った。


 エビフライが運ばれてきたあと、ふたりともほとんど会話もせずに一気に食べ終わった。


 食事中に交わした言葉といえば、真鈴の学校のことと進学についてくらいだった。


 彼女は相変わらず「学校何てつまんない。大学なんかいかない」と言った。


「岡田さん、あのう・・・お父さんを捜してくれたお礼のことだけど、こんなに早く見つけてくれるなんて思っていなかったから、私、交通費とか実際にかかった費用とかもまだ渡せないし・・・どうすればいいかしら?」


「それはあとで話そう」


 コーヒーを飲み終えると店を出て、天神橋筋商店街を貫いて再び扇町公園に入った。


 扇町公園に足を踏み入れてみると、さっきまでの街の喧騒が一瞬にして消え、平和で満ち溢れていた。


 子犬を散歩させている母子、長い杖に両手を置いて顎を乗せ、ベンチから子供たちが遊ぶのを見守る老人、彼氏の腕をとり、寄り添って歩く若いカップル、相変わらず危ないスケートボードで遊ぶ若者グループ、アイスクリーム売り、ジョギング中の健康的な若い女性、その人たちはおそらく幸せで、公園には平和がたくさん舞っていた。


 そんな日曜日の扇町公園だった。


 公園は大切だ。でもカップルや幸せな家族だけの場所として存在しているわけではない。


 人々は生きることに疲れたときや、考えに結論を出せなくなったとき、人生を顧みるときなどに公園を訪れるのだ。


 私と真鈴は幸せな人々の部類に入るのか、或いは苦悩している部類に入るのか、どちらなんだろうと考えてみた。


 おそらく、ふたりとも今はどちらかの方向への移動中のような気がした。

 確かなのは真鈴が少しだけ幸せに近づいたことだ。


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