暴風雨ガール 33

        三十三



 部屋に戻るとホッとする。窓から見える兎我野町の街並みも、当たり前だが変化はなかった。


 フェリーの船中泊の疲れを取るため熱いシャワーを浴びてから少しベッドに横になった。

 真鈴に電話をしてやらなければいけないと思ったが、少しだけ寝ることにした。


 睡眠開始のゴングは鳴らなかったが、たちまち眠りに落ちた。


 どれくらい眠ったのだろう。誰かがすぐそばに立っているような気がして目が覚めた。

 いつの間にか有希子がベッドわきに立っていて、悲しそうな目をして私を見ていた。


「どうしたんだ?有希子」


「大変なのよ、どうしていいか分からない」


 有希子は呟くように言った。


「何が大変なんだ?」


 有希子は顔色も悪く、普段の様子とは違っていた。

 ともかくベッドから起きようとしたが、身体が全く動かなかった。


「有希子、ちょっと起こしてくれ。手を引っ張ってくれないか」と手を差し出した。


 有希子はジッと私のほうを見ていたが、急に顔がどす黒く豹変し、目が釣り上がって口は大きく横に広がり、牙を見せた。


 そしてその顔を近づけて「何で私たちに子供がいないの!自分勝手なことばっかりして、あなたなんか死んでしまえばいいわ!」と、まるで地底から唸りをあげるような太い声で罵った。


 有希子の鬼のような形相に驚き、叫び声が出た。

 だが、叫びは声として発せず、大きく開けた口が空しく動くだけだった。


 喉から搾り出すようにして放った声は「ヒュー」と空気を切るような音だけだった。

 身体を起こそうとするが、何かに押さえつけられているように動かなかった。


 そんな私に背を向けて有希子は部屋から出て行ってしまった。

「有希子!」とようやく声が出たときに目が覚めた。

 身体を起こすと、ベッド脇に置いていたスマホが音を立てて震えていた。


「真鈴です。どうしたの?」


「ああ、ちょっと夢を見ていたんだ。嫌な夢だった」


「昼ごろに大阪に着くって言っていたから、連絡を待っていたの」


 時計を見るともう午後四時を過ぎていた。


「ごめん、帰ってきてシャワーを浴びたら寝てしまったんだ。今、部屋かな?」


「そう」


「お父さんのことだけどね、明日か明後日にはそっちに電話が入る。だからちゃんと話をしないといけないよ」


「分かってる。でもずっと待っているのって辛いわ」


「お父さんの働いているところの電話番号は分かっている。でもこちらからはかけないほうがいい。

 お父さんから電話がかかってくることが大切なんだ。分かるかな?だから、明日と明後日は外出しないようにして、電話を待っていなさい」


「分かった、そうする。明日は勉強する」


 真鈴は素直に従った。


「明日電話があればいいけど、なくても明後日には絶対に電話があるから心配ない。それから、お父さんはすぐに君のもとに戻ってこないかも知れないけど、話をよく聞いてあげなさい。もう行方不明にはならないから」


「どうして?」


「それは・・・話すと長くなるから、今度説明するよ」


「今からそっちへ行っていい?」


「えっ?」


「晩御飯、一緒に食べようよ。何か作ろうかな」


「いや、今夜はちょっとダメなんだ。仕事の準備があるから」


「何よ、いつもは部屋に来ないかって言うくせに、私が行くって言ったら来るなって」


「ごめんな、お父さんから電話がかかってきたら、何か美味しいものを食べに行こう。いいかな?」


 真鈴はしばらく考えてから、「うん、そうね」と言って電話を切った。


 難しい年頃の女の子だが、やっぱり隠しようもなく、真鈴への感情が私のこころの中に生まれていた。

 でも、今は考えないことにした。

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