暴風雨ガール 24

        二十四



 香川県丸亀市へは山陽新幹線で新大阪から岡山まで乗り、瀬戸大橋線から予讃線を走る特急列車に乗り換えると四十分足らずで到着する。

 意外と近いのだ。


 翌日、昼過ぎに丸亀駅に着いた私は、真鈴から聞いていた沢井家の菩提寺を先ずは訪れた。


 天台宗の由緒あるお寺で、京極通りという大通りから少し入った丸亀プラザホテルの裏手に位置していた。


 駅から菩提寺に向かう途中、沢井家の墓参りにきた理由を、首筋を流れる汗をぬぐいながらいろいろと考えた。


 でも不審がられない上手い理由が思いつかないまま花屋に立ち寄って墓前に供える花を購入し、結局そのまま菩提寺に着いてしまった。


「沢井家のお墓をお参りしたいのですが」


「土居の沢井さんのお墓でしょうか?」


 住職は不思議そうな面持ちで訊いた。


 私は「そうです」と答えた。


 住職は何か書き物をしていたが、筆を硯に置いて立ち上がり、「こちらです」と案内してくれた。


 寺の本堂の裏に広い墓地があるが、沢井家の墓は裏に通じる通路の途中にあった。

 古い小さな墓石に沢井家先祖代々と書かれていて、墓の周りは意外にも綺麗にされていた。


「圭一さんはときどきお参りに来られますか?」


 余計なことを言わずに、さりげなく住職に訊いた。


「昨年秋の彼岸にはお越しになりました。まあ、年に一度来られるかどうかというところですかな。ずっと大阪にいらっしゃいますからな。あなたはご親戚の方で?」


「圭一さんには小さいころよく遊んでもらったんです。お祖父さんにも可愛がってもらいました」


 思いつきで言った言葉が少し震えているのが自分でも分かった。

 沢井氏は昨秋にここを訪れていたのだ。


 動揺を隠すようにして「それでは花を供えさせていただきます」と住職に伝えて水場に歩いた。

 住職は庫裏に戻って行った。


 バケツに水を入れて墓前に戻り、柄杓で墓に水をかけながら、私の興奮は次第に大きくなっていった。


 真鈴が気づかなかったことは仕方がないとしても、彼女の母が夫の菩提寺に立ち寄っていれば、沢井氏が毎年のようにここを訪れていることが分かったのだ。


 せめて電話で問い合わせでもしていたら、父の存在が確認できたというのに。

 やはり物事の手がかりはごく近くに存在した。


 早く真鈴に知らせてやりたかった。


 私は墓前のふたつの花立てに、持参した花を分けて綺麗に供え、手を合わせてからあらためて庫裏を訪れ、住職にわずかばかりの心づけを手渡した。


「圭一さんは大阪の住所をどこかに移されたようなのですが、ご存知ないでしょうか?」


 少しお待ち下さいと言って住職は奥に退き、数分して戻って来た。


「連絡先は大阪府堺市槙塚台とありますな。ここから引っ越されておられるんですかな?これしかないのでちょっと分かりませんね。今度来られたら確認しておきましょう」


 住職は親切に応対してくれた。


 あまり長居するといろいろ訊かれそうなので、頃合いを見計らって辞した。

 沢井氏は住職にも居所を教えていなかった。


 菩提寺を出て真鈴に電話をかけた。


「今、授業中なの。あと三十分ほどしたらもう一度電話して。Line送ってくれてもいいよ」


 彼女は小さな声で言って電話を切った。


 大切なことなので、メッセージではなく電話で知らせてやろうと思った。

 しかし授業中にスマホに出られる状況を思い浮かべてみたが、どうもうまく想像できなかった。


 十二時半を少し過ぎてから再度真鈴に電話をかけると、待っていたかのようにすぐに出た。


「ごめんなさい、四時限目が終わるのが十二時半なの」と彼女は言った。


「実は丸亀のお寺を訪ねたんだけど、君のお父さん、去年の九月のお彼岸にお墓参りに来ていたよ。年に一度はお墓参りに来ているようだな。住職が言っていたから間違いない」


 私は自分でも分かるくらい声が昂ぶっていた。

 真鈴は電話の向こうで黙ってしまった。


「どうしたんだ?」


「お父さん・・・生きていたのね」


 真鈴は泣き声で言った。


「当たり前だろ、そんなに簡単に人が死んでたまるか」


「うん、分かった。嬉しい」


 真鈴が泣くのは無理もないことだが、調査はこれからだ。


「実家に行ったことがないって言っていたけど、場所はどうしても分からないかな?」


「分からない。お父さんが結婚する前にお祖父さんもお祖母さんもとっくに亡くなってたみたいだから」


 父方実家があった場所を今さら菩提寺の住職に訊くのもおかしな話だ。

 プライベートになるが、T社の部長に公簿を取ってもらうしかないだろう。


「岡田さん、どうしてそんなに私のためにいろいろしてくれるの?」


「依頼人の知りたい権利には、必ず応えないといけないからな」


「本当にありがとう」


「もう一日丸亀にいるから、また何かあれば連絡する。絶対にお父さんの居場所を捜してやるから、もうおかしなことはするなよ」


「大丈夫、していない。もう絶対にしないから」


 電話を切ってからすぐにT社に連絡し、プライベートでひとつ公簿を取って欲しいことを伝えた。

 特急だと明日の朝には手に入るとのことだった。


「費用はいくらかかりますかね?」


「岡田君の頼みやから実費でええよ。それより一件、結婚調査を頼まれてくれへんかな。そんなに急ぎやない。来週からかかってくれてもかまわへんから」


 私は了解した。


 こうなったらいくらでも仕事を持ってこい、何でも受けて、東奔西走の探偵になってやる。

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