暴風雨ガール 25


        二十五



 丸亀の二日目、ホテルのレストランで朝食をすませたあと、チェックアウトするまで丸亀城を散策した。


 まだ朝早い時間なのにT社の部長からスマホに電話が入った。


「岡田君の依頼やから超特急で取らせたわ。ファックスが届いたから、読み上げまっせ」

 急いでメモをする。


「早う、帰ってきなはれ」と部長は言って電話を切った。帰っている場合ではない。


部長からの情報による沢井家の本籍となる実家所在地は、丸亀市土居町一丁目だった。

 地図で位置を確認すると、今いる丸亀城からわずか一キロあまりの距離だ。


 丸亀プラザホテルをチェックアウトし、前の京極通りを東へずっと歩いていくと土器川にあたる。

 蓬莱橋の手前を土手沿いに南へ少し歩くと土居町だ。


 はやる気持ちを抑え、首筋を流れる汗をぬぐいながら急ぐ。

 当該地はいったん土器川の土手を上がり、そして川床に降りたところにあたっていた。


 一軒の老朽化した建物が川沿いにやや傾き加減に建っていた。

 それは川沿いというよりも、川の畔に建っていると表現したほうが当てはまった。


 だが近づいてみて、私は思わずその場に立ち尽くしてしまった。


 建物はすでに廃屋と化してしまっていたが、それは年月による風化のためやむを得ないとしても、木造平屋建の住居跡は川の満潮時には床下が水に浸かるのではないかと思われるほどの位置にあった。


 河川敷から数段の石垣の上に建っていたが、目の前は川なのだ。

 廃屋は玄関の扉が板で打ち付けられて中に入れなくなっていた。


 本当に沢井家は遠い昔にここに住んでいたのだろうか。

 周囲にはこの廃屋以外に住居跡のようなものは何もなかった。


 沢井家について、土手向こうの住宅を訪ねてみることにした。


 その一帯には古くからの住宅が密集していたが、沢井家とは土手と道路とで大きく隔てられていた。


 何軒かを訪ねてみたが、平日の午前は不在がほとんどで、応対に出てくれた人もやはり沢井家のことは知らなかった。


 絨毯式に一軒一軒、丁寧に根気強く訪れてみる。

 そして一時間あまり経って、ついにひとりの老人から話を得た。


「市の所有地ですが、建物は今も残っていますよ。土手向こうでも同じ組でしたから付き合いはありましたな。

 駅の近くで川魚屋さんをされていたのですが、昔のように魚も獲れなくなってね。もうずいぶんと前に廃業されて、その後はスーパーの鮮魚店で働いていたようですが、病気で早くに亡くなりました。

 娘さんは何か重い病気で、徳島の療養所に入られましたな。息子さんは大阪に出られて、向こうで結婚したと風の便りに聞きました。しかし、古い話ですなあ」


 高齢だがしっかりした語り口調の老人だった。


 昔、真鈴の父一家はこんな川の畔で暮らしていたのだ。

 もちろん彼女がまだこの世に存在しないころだが、それにしても川縁に廃屋のまま放置されていた父の実家跡の光景が、私の脳裏にいつまでも焼き付いて離れなかった。


 老人が語ってくれた娘さんとは真鈴の父・沢井圭一の姉、つまり伯母にあたる人物のことだ。


 姉が徳島の療養所に入ったと老人は語っていた。

 病名や療養所について訊いてみたが、そこまでは知らないとのことだった。


 三枝さんから得た「徳島」のヒントがこの老人から回答が出た。

 おそらく真鈴の父は姉の療養所に立ち寄っていたのだろう。

 私は急いでT社の部長に電話をかけた。


「部長、先ほどの公簿をもう一度見てもらいたいのです。沢井家の原戸籍に沢井圭一の姉に当たる人物の記載がありませんか?」


「あるある、沢井悦子という姉がいるようやな。メモ、いいかな?生年月日は・・・」


「生年月日は要りません。今の住所を知りたいんです。附票があるはずです」


「附票だと、徳島県美馬郡穴吹町口山字宮内・・・穴吹療育園となっとるな。療育園というくらいやから何か病院のようなものなんかね?岡田君」


「そうかも知れません。部長、悦子はまだ生きていますよね?」


「死亡届がないということは、まだ生きているやろ」


 私は礼を言って電話を切った。


「早う、こっちへ帰って来なはれ」と部長はしつこく付け加えた。

 しかし、本当にそれどころではなかった。


 ほぼ駆け足で丸亀駅へ戻り、駅前でレンタカーを借りてすぐに向かった。

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