暴風雨ガール 18
十八
真鈴から何度も電話やLINEのやりとりをしているうちに、私は彼女に対して友達みたいな親しさを感じるようになっていたが、その感覚は次第に同志或いは戦友みたいなものに思えてきた。
おそらく私が有希子のことや妻の実家のことで悩んでいるのと同様に、真鈴も父や母のことで苦しみ続けているから、無意識のうちにそんな感覚になってきたのだろうと思った。
そのことは自然と「マリン」と呼ぶようになったことにも表れていた。
梅雨明けが宣言されて暑さが日に日に厳しくなってきた土曜日、昼過ぎに有希子から「すぐ近くまで来ているから」と突然電話があり、慌てて部屋を片付けて近くまで迎えに出た。
彼女は「暑い、暑い」と言いながら私の部屋に来て、「思ったよりいい事務所じゃないの。キチンと片付いているし」と珍しく褒めた。
私はソファーに腰を落として、有希子が部屋の隅々まで見て回る姿を追っていると、つい二か月ほど前まで一緒に暮らしていたことが懐かしく思えて、思わず立ち上がって彼女を抱きしめようとした。
「だめよ、キチンとなってからね」
有希子は私の腕からするりと抜けて、困ったような顔をした。
おそらく義父母が様子を見て来いと言ったのだろう。
彼女との距離は、私が思っている以上に遥か遠くになってしまっているように思った。
「どうしたの、ぼんやりとして」
「いろいろと考えることが多くてね。こんな暑い日だというのに」
「変な人」
有希子は一時間余りいて、上本町のデパートで買い物をして帰ると言って部屋を出ていった。
彼女が去った部屋の中には、巨大な空白が浮かんでいるような気がして、私の気持ちを大きく落ち込ませた。
有希子が帰ってから、ベッドに寝転んで本を読んでいたらスマホがブーブーと震えた。真鈴からだった。
「どうしたんだ?」
「今から会いたい」
「こっちへおいでよ」
「嫌だって!」
「じゃあ、いつもの場所で待っていたらいいのかな?」
「それでいい」
「何時ごろ?」
「三時ごろじゃだめ?」
「問題ない」
「じゃあ」と言って彼女は電話を切った。
まるで同級生に電話をかけるように、四十歳になろうとしている私に三日をおかずに電話をかけてくる。完全にイレギュラーだ。
午後三時、真鈴はいつものようにきっかりの時刻に、突如として待ち合わせの場所に現れた。
私は口癖のように「お腹、空いていないか?」と訊いた。
真鈴は「フー」といったふうに肩でため息を吐いたあと、「岡田さんはいつもそうね」と言って呆れた。
私たちは天満駅の近くのマックでバリューセットをふたり分買って、再び扇町公園に戻って食べることにした。
梅雨明け宣言のあと、太陽はこれから真夏に向かって右肩上がりへの助走に入っているかのように、強烈なエネルギーを発揮しはじめていた。
木陰の芝生に座ってダブルチーズバーガーとマックポテトを食べてコーラを飲んだ。
周りからはこの光景はどう見えるのだろう。
私たちの前を人々が行き交っていた。
正面の芝生では女の子が数人でバドミントンの羽を追っていた。
中央のコンクリート広場の隅では、老人や子供たちが歩いているというのに、数人の若者が緩やかなスロープを利用してスケートボードで遊んでいた。
「急にどうしたんだ。何かあったのか?」
「あのね、岡田さんはひとりで調査の仕事をしているから、すごく忙しいと思うんだけど、どうしてもお願いがあるの」
「忙しくはないよ。で、頼みって何?」
私はダブルチーズバーガーを頬張りながら訊いた。
真鈴は私の目を見てから視線を外し、口を窄めてストローでコーラをひと口飲んだ。そして言いにくそうに切り出した。
「実はお父さんを捜して欲しいんです。でも調査の費用がないの」
「そんなの分かっているよ」
「だから、私を好きにして。私、岡田さんだったらいいから」
「は?」
「私、今は両親が家にいないから生活が苦しくて、でも表向きは両親がいることになっていて・・・市の補助なんかも受けられなくて、いろいろと大変なの。親が残した少しの預金と私が何かで調達しないといけないんだけど、なかなか難しいのよ」
真鈴は視線を地面に向けたまま、言葉のひとつひとつを確かめるようにしながら言った。
「私を好きにしてって、何を言い出すんだ」
「冗談で言っているんじゃないの、真面目よ。私を尾行して、どんなことをしていたか知ってるよね。私はそういうことをしていたの。
そういうことの内容は、きっと岡田さんが思っていることとは違うんだけど。でも、男の人とホテルに入ってお金をもらっていたのは事実よ。調査ってすごくお金がかかるんでしょ?だから父を探してもらう費用は私の身体。岡田さんとなら、我慢できるから」
「我慢できるからって・・・ひどいな、それは」
「ごめんなさい、岡田さんなら、いいから」
真鈴は正面を向いて、遠くを見るように目を細めた。
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