暴風雨ガール 15

        十五



 私と真鈴はほとんど黙ったまま食事をして、食後に運ばれてきた熱いコーヒーを飲んだ。


 この間の会話は、今日の陽気のことと彼女の学校のことだけだった。


「母がいなくなってから学校をよく休むようになってしまったの。親しい友達もいないし、学校はあまり好きじゃないです」


 特に表情を変えずにポツリポツリと話をしながら、真鈴はエビフライ定食を付け添えのサラダの一切れまで平らげ、コーヒーを飲み干した。

 几帳面な子なのだと私は感心した。


「それで今日はどうしたの?」


「どうもしないの。ちょっと家にいると気持が塞ぎこんでしまって・・・。でも岡田さんと会えて元気が出そう」


「お腹も満足したし、ともかくここを出ようか」


「岡田さん、あきまへんで。捕まっても知りまへんで」


 店を出るときに伊藤氏が耳元で囁くように言った。

 冗談だとしても、私は呆れて言葉も出なかった。


 私たちは天神橋筋商店街を抜けて再び扇町公園に入り、中央の広場を横切って花壇の近くの陽のあたるベンチを選んで座った。


 平日の午後、暖かい太陽の下では営業を一息ついたサラリーマンや、近くの中学校や商業高校の生徒たちが思い思いにくつろいでいた。


「気持ちがふさぎ込んでいるときはいつでもおいでよ。事務所にはソファーがあるから、自由にしていけばいい。女の子を簡単に呼ばないでって君は言うけど、僕は安全パイだよ、分かるだろ?」


「どなたか事務員さんを雇わないんですか?」


「まだ始めたばかりだから、もう少し忙しくなったら電話番や事務をしてくれる人を探そうと思ってるんだ」


 仕事はA社以外にはもといた調査会社のT社からの下請けだけで十分忙しくなるだろうと考えていたが、有希子の両親の信用を得るためには、この仕事をなんとか軌道に乗せないといけない。


 だが、元来の怠け癖がときどき顔を出してくるのだ。


「沢井さんは高三だろ、来年大学受験だね。そろそろ受験勉強を・・・」


「私、大学なんかいきません。高校を出たら働くの」


 真鈴は私の言葉を遮るように言った。


「両親がこんな状態だし、お金がないから無理。卒業したら働くの。今日はありがとうございました。少し元気が出ました」


 真鈴はそう言ってベンチから立ち上がった。


 彼女と肩を並べて歩きながら、私ができることを考えているうちにマンションに着いてしまった。


 エレベータが上昇している間も彼女の父を捜す手がかりを訊きたいと思っていたが、結局この日はそのチャンスがなかった。


「今日はありがと。また連絡してもかまいませんか?」


「いつでも待っているから、本当に一度事務所においでよ。遠慮は要らないからね。近所のよしみだし」


 真鈴は小さく頷いてからクルリと背を向け、自分の部屋に消えてしまった。


 こころの中に消化されていない気持ちが明らかに残ったままだった。

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