暴風雨ガール 13

         十三


 扇町公園のキッズパーク側から入ると、たくさんの人たちがスマホを持って佇んでいた。


 相変わらず人気のポケモンに、みんなこころの大部分を奪われている。


 その人たちの横を通りすぎる私と真鈴は、第三者から見ると兄妹と思うだろうか?


 深刻そうな顔つきの兄と妹、或いは親子だと思うかも知れない。若い父親と高校生の娘・・・。


 扇町公園の北側の方には緑あふれた静かなスペースがある。

 その片隅に、中層の団地が周辺と不釣り合いな感じで建っている。


 昔は平屋建ての市営住宅が立ち並んでいたところだが、建て替えられて、住民はそっちへ優先的に入居している。


 公園内には二組の若者のバンドが、青空に轟き渡るほどの音響で激しいリズムの音楽を演奏していた。


 公園には季節の花が咲きほこり、まるでこの世に不幸など存在しないかのような堂々たる陽気と幸せな光景だった。


 私と真鈴は芝生の上に腰をおろした。


「さっきは何であんなに泣いたの?」


 周りではバドミントンをするグループや三脚を立てて本格的に公園の風景を撮影している人々などがいた。


「平和」という二文字が頭に自然と浮かんだ。


「差し支えなければ話せばいいよ。女子高生に目の前であんなに泣かれてしまうと、男として黙っているわけにはいかないからね」


 しばらく沈黙の時間が流れた。


 バンドが演奏する賑やかな音楽が離れたところで聴こえ、意外に心地良く感じられた。


「父は私が小学校六年生のときに急にいなくなってしまったんです。経営していた会社がうまくいかなかったみたいで、突然どこかに消えてしまったの。

 両親と三人で平凡に暮らしていたのに、何も言わずに急にいなくなって、そのあとはもう滅茶苦茶」


「お父さんは今も戻って来ないの?」


「もう六年以上」


「六年も帰って来ないの?それって失踪したってことだね。お母さん大変だ」


「母は精神的におかしくなってしまって、入院しています」


 私は言葉が見つからず、困った。


 父が失踪し母は入院中、つまり彼女は今ひとりで暮らしているということになる。


「じゃ、君はひとりであの部屋に?」


「父の会社の人たちや取引先の方たちが次々に家に来ました。

 母は突然の出来事が理解できなくてうろたえて、父が失踪してしまったと分かるとショックで倒れてしまうし、会社の整理で家は売り払って出ていかなくちゃいけなくなって、二ヶ月間ほどは安心して眠れなかったんです。

 ひとりの男の社員の方が心配してくれて、その人の口添えで今のマンションに引っ越してきたんです。でも、こんな話、岡田さんには興味ないことですよね」


 真鈴はそう言って、遠くの方を眺めた。

 彼女の視線の先には、小さな子供の親子連れが芝生に寝転んで、初夏の日差しを浴びていた。


「そんなことはないよ。調査の仕事って信じられないような依頼があるからね」


「探偵さんって、尾行以外にどんな調査があるんですか?」


「それはいろいろだな。所在や家出人調査っていうのがあって、つまり何かの事情で連絡が取れない人や突然失踪した人を捜す仕事なんだけど、ほんの少しの手がかりを頼りにね」


「見つかるんですか?」


 真鈴は興味深そうな表情で私を見た。


「もちろん見つけ出せないこともあるよ。でも諦めないで粘り強く追っていると大抵は捜し出せる。

 人って多くの悩みを抱えていて、こんな些細なことで姿を隠すんだなって驚くこともあるよ。ともかく君と知り合ったのも何かの縁だし、力になれるかも知れないな」


 真鈴は難しそうな顔をして、しばらく私の言ったことを考えているふうだった。


「父の会社は社員が十人ほどだったみたい。小さな会社だったけど、母の話だと製品の開発をしていたらしいの。

 特許とか何かが絡んでなかなか先に進まなくて、先に資金がどんどん要るから、自宅を担保にかなりのお金を銀行から借りていたらしいんです」


「資金繰りが大変だったんだね」


「うん、そうみたい。でも父は私たちには何も言わなかったの」


「心配かけたくなかったんだよ、男だから」


 真鈴は「男だから」という言葉を聞くと、不思議そうな目で私を見た。


「警察は動いてくれたのかな?」


「母が捜索願いを出したのだけど、事件性がないって判断されたようで、失踪届けを受け取ってくれただけでした」


「そうだろうなぁ、警察はね」


 警察は失踪者をいちいち追っている余裕はない。

 身元不明の人物が出た時に照会をかけるだけだ。でも、そういう実情を彼女には言わないでおこうと思った。


「私、父がきっとどこかで生きていて、必ず帰って来てくれるって信じているんです。

 でも母がずっと精神的に不安定な状態で、新興宗教って言うのかな、そこに入り浸っていたけど、結局、半年ほど前から入院しています」


 真鈴は目を細めてキッズパークの方向を眺めながら言った。

 そのとき私のスマホがブブーと震えた。妻の有希子からだった。


「今、大丈夫?」


「かまわないよ」


「実はこの前からの話だけど、両親が今度の日曜日あたりに来れないかって言うのよ」


「何だか急いでいるんだな、君の両親は」


「ごめんね、私は今のままでもしばらくは構わないのよ、でもふたりがうるさいのよ」


「分かった。仕事の入っていない日曜日、出来るだけ近い日曜日に君の家に行くよ」


 有希子はありがとうと言って電話を切った。


「彼女さんですか?」


「いや、別居中の嫁さんからなんだ」


「ふ~ん、岡田さんも大変そう」


 真鈴は少し微笑んで言った。


「いろいろと大変だな、お互い。まあ、仲良くやろうよ」


 私が言うと、真鈴は「そうね」と言って立ち上がった。


 私たちは並んで扇町公園を出て、同じマンションへ向かってゆっくりと歩いた。

 途中、彼女は遠慮がちにいろいろと質問をしてきた。


「なぜ、奥さんと一緒に暮らさないんですか?」


「なぜって、その・・・奥さんのお父さんやお母さんがね、もう帰って来なさいって言ったからね、仕方がないんだ」


「なぜ帰って来なさいって言ったのかしら?」


「そりゃあ、僕がヘマをしたからね」


 真鈴は「ふ~ん、そうなんですね」と言ったが、それ以上は訊いてこなかった。


「それより、君の話をもっと訊きたいな」


「私の恥ずかしい話を?」


「恥ずかしいことなんかないだろ、ひとりで頑張ってるんだから」


「そうね」


 真鈴は私の顔を見て微笑んだ。ようやく彼女が少しだけ白い歯を見せて笑った。


「岡田さんっておかしな人ですね。何か話し方がフワフワしていて。でもどうしてひとりで探偵なんかやっているんですか?」


「さあ?何でだろう、自分でもよく分からないんだ」


「私、これからも岡田さんにたびたびLineするかも知れません。かまいませんか?」 


「いいよ、いつでも」


「いきなり電話するかも」


「大丈夫。でもすぐ前の部屋なんだから、いつでも来ればいいよ」


「だから、女の子をそんなに簡単に部屋に呼ばないでくださいって、この前も言いましたよ」


「ごめん、でも近くだし」


 真鈴は公園での話以上には積極的に言いたがらず、私も無理には訊かなかった。


 彼女は家に帰っても父も母もいない。生活費や学費などはどうしているのだろう。


 訊きたいことがたくさんあったが、あまり言葉を交わさないままマンションが近づいてきた。


「ともかく、何か相談に乗れることがあるかも知れないからね。だから、もうおかしなことはやめなさい」


「えっ?はい・・・分かりました」


 言葉の意味が分かったのか、生返事なのか、真鈴の横顔を見てみたが、動揺した感じはなかった。


 エレベータで五階に上がり、別れ際に「もし何か手がかりがあれば、お父さんが今どこにいるのか調べることもできるよ」と付け加えた。


 真鈴は「ありがと」とポツンと言っただけで部屋に消えた。

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