暴風雨ガール 11
十一
数日後、今回の十日間ほどの調査で撮影した写真を添えて、とてつもなく長く詳細な報告書を作成し、京都のA社にそれを持参した。
「岡田さん、さすがね。依頼人の息子さん、勉強に打ち込むと両親に謝ったらしいのよ。やっぱり高校生でホテルはダメよね。相手の女子高校生は沢井真鈴って言うのよ。一人っ子ね」
「判明したんですか?」
「ようやく内偵調査の公簿が届いたの。ご両親と三人暮らしになってるわ」
「そうですか、やっぱり一人っ子でしたか」
「えっ?」
「いえ、何でもないんです」
あの部屋から彼女以外に出てきたところを見たことがないから、不思議だと思ってはいたが、一人っ子だったのだ。
しかしそれにしても両親らしき人物は見かけない。
その夜、金融業時代からの行きつけの小料理屋「安曇野」に久しぶりに顔を出した。
今回の尾行調査の内容がやりきれなくて、真っ直ぐ自宅兼事務所に戻る気持ちにはならなかったからだ。
「あら、いらっしゃい。いかがされていたのかしら?」
女将さんが微笑みながら訊いた。
「新しい商売を始めたら、すぐに仕事が入ったんですよ」
「それはありがたいじゃない、それで今度はどんな仕事なのかしら?」
「いえ、たいしたことはしてないんですよ。十日間ほど男の子と女の子を追っかけてただけです」
最初の生ビールを一気に三分の一ほど飲んでから私は言った。
「いったい、今度は何をしてるのかしら。高利貸しじゃないのは分かるけど」
「悪いことはしてませんよ」
「それは分かってるわよ。岡田さんは悪いことなんかできない人だから。幸子も言ってたわ」
女将さんは適当に「おすすめ」料理を出しながら言った。
四十代半ばの彼女は年齢を感じさせない無邪気さがある。
彼女の笑顔に惹かれてこの店に通う男性客も多いのだ。
社長は「一件落着。ともかくよかったわ」と言っていたが「そんなことがあるものか」と私は思っていた。
何が一件落着だ、冗談じゃない。それは依頼人の息子のことではないか。
依頼人の要望に応えたのだから関係がないといえばそうなのだが、私は彼女の行動の背景を知りたかった。
依頼人の息子とホテル「スイートキャッツ」に入ったときのふたりの楽しそうな様子は何だったのだ。
「依頼された範囲」は終わったが、私のこころの中では終わっていなかった。
生ビールを二杯だけ飲んで早々に店を出て、マンションまで帰る途中、有希子に電話をかけた。
「どうしたの?」
「いや、どうもしないよ。元気かな?」
「うん、お父さんが疲れやすくなってるから、散歩に付き合ったりね。でも暇だわ」
「開業後、すぐに仕事をもらえたんだけどね、ちょっと疲れた」
「無理しないでね。疲れているときにこの前の話で悪いんだけど、今度時間を作って、一度こっちに来て欲しいのよ」
私は「分かった」と言って電話を切った。
彼女の両親は、もう離婚させようとしているのだろう、それは無理もないことだった。
部屋に戻り、シャワーを浴びてからスマホを見るとマリーンという人物からLineが飛んできていた。
先日、Lineのアカウントを交換し合った彼女であることに気づいた。
そういえば今日、A社の社長が彼女の名前が沢井真鈴だと判明したと言っていたが、真鈴をマリン、つまりマリーンってことなのだろう。
「真鈴です。テストLineです」
Lineメッセージとともに、アニメの熊の頭に?マークがついているスタンプが送られていた。
メッセージは少し怒っているように揺れて見えた。
もちろん錯覚なのだが、駅員室での彼女の鋭い目つきが浮かんだ。
「届いているよ~」と僕は返信し、少し前に有料で買っていた名探偵のアニメのスタンプから「OK!」と両手を挙げているスタンプも送った。
でも、もう夜遅いからか、返信のLineは飛んでこなかった。
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