暴風雨ガール ⑩
十
彼女に腕を掴まれたままエスカレータを降り、一階の改札口近くにある駅員室へ入った。
途中の様子を見た人々には、痴漢を捕まえた勇敢な女の子といやらしい中年男に映ったかも知れない。
駅員室の奥の部屋が駅長室になっていた。
「警察を呼んでください」
強い口調で言う彼女の勢いに、駅員が慌てて110番したようだった。
「何で警察なの?」
「何でって、私をずっとつけてますよね。自宅を出てから、ずっと。ストーカーじゃないですか!」
彼女はしきりに「なぜ私のあとをつけるの?」と執拗に訊いてきたが、私は警察が駆けつけるまで余計なことは一切喋らなかった。
駅員たちも慌てた素振りのない私の態度に、どう取りあったらよいのか分からない様子だった。
この場をどう収拾すればいいのだろうと、憂鬱な気分で考え続けていると、まもなくふたりの警察官が到着した。
「痴漢じゃないんだよね?」
着いてすぐに年配のほうの警官が私と彼女とを交互に見て言った。
「違います。ストーカーです!」
「ストーカー?」
若い方の警官が「あなたは彼女のあとをつけていたのですか?」と私の方に向き直ってから訊いた。
「ちょっと別の部屋に、いいですか?」
年配の方の警官に隣の駅員の控室へ来てもらい、やむなく事情を説明した。
「実は興信所なんです。頼まれて彼女を尾行しているんですよ」
岡田光一調査事務所の名刺をその警官に手渡した。
「なんだ、探偵さんですか。尾行、彼女に気付かれたんですね。アハハ、そりゃあ大変ですな。いや、これは失礼。笑いごとではありませんな」
「いえ・・・」
「そんなら、あの子にちゃんと説明しておきますよ。しかし尾行も大変ですなあ」
年配の警官は苦笑いをして言った。
「それでは彼女にちょっとお詫びだけでもしておきます」
「いや、私たちが彼女に説明しておきましょう。依頼人のことを口外できないのは存じています。そうですか、探偵さんでしたか」
年配の警官とともに再び駅長室へ戻った。
彼女は若い方の警官と話をしていた。
「あの人、私と同じマンションに住んでるの。朝からずっとついてくるんです」
といった言葉が聞こえた。
彼女は私の姿を見て強い視線で睨んできたが、ポーカーフェイスを保ったまま椅子に座った。
「お嬢さん、この人は興信所の方なのですよ。頼まれてあなたを尾行したわけですね」
「すみません、私が説明します」
警官は「分かりました」と頷いた。
「君を何日か尾行したことは事実です。残念ながら気づかれてしまったんだけど、気分の悪い思いをさせたことについてはお詫びします。許してください」
私は椅子から立ち上がって彼女に深く頭を下げた。
「お詫びなんて要りません。誰に頼まれたか言ってください」
彼女は射るような強い視線をこちらに向けて言った。
ふたりの警官も部屋の隅にいた駅長も言葉を挟まず、私と彼女のやりとりを見守っていた。
「ともかく私の失敗でこんなことになってしまって、謝るしかないんだ。もし個人的に何か訊きたいのなら、いつでも連絡してくれたらいいよ。今回のことはあまり突き詰めると君の不利になることもありからね」
「不利って、どういうことですか?」
そう言いながら、彼女は私の手から名刺を受け取った。
「分かりました、電話をしてもいいのですね。拒否されるんじゃないですか?」
「いや、目と鼻の先だし、僕の部屋に来てくれてもいいよ。遠慮なく」
「何言ってるんですか、訳わかんない。Lineやってます?」
「Line?」
「スマホのアプリですよ、Line」
「ああ、一応」
「じゃ、教えてください」
私はポケットからスマホを取り出し、Lineのアプリを開いた。
「ふるふるの機能があるでしょ、そこを開いてください」
彼女の言う通り素直にふるふるの機能を開き、互いのスマホを近づけて軽く振るとすぐに感知した。
いったい私は何をしているのだろうと自分を呆れたが、ともかく彼女とはLineでつながった。
「本当にLineしてもいいんですね?」
「いいよ、いつでも」
駅長室を出て彼女と別れた。
「同じマンションなんだから、一緒に帰らないか」と誘ってみたが、「バカ言わないで」と一蹴されてしまった。
彼女は改札口から出ず、エスカレータでホームへ上がって行った。
しかしこの日はいったいどこに行こうとしていたのだろう。
尾行に気づかなかったなら、また男とホテルに入っていたのかもしれないと思うと気分がスッキリしなかった。
それに、たとえ依頼人には分からないにしても、久しぶりの尾行が発覚という情けない結果で終わったことも憂鬱な気分の原因だった。
しかも女子高生に捕まってしまったことが探偵としてのプライドを叩き潰された気がして、私はすっかり落ち込んでしまった。
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