暴風雨ガール ⑤


        五


 優秀な高校に通っている彼女、もちろん名前もまだこのときは知らなかったのだが、事務所開設後の最初の仕事が尾行、そして依頼人の息子と合流したのが彼女だ、私は何か予めシナリオが作られていて、それに従って動いているような錯覚さえ感じるのであった。


 学校はどうしたんだ、君はあの部屋で家族と住んでいるのではないのか、いったいどうしたっていうのだ、などと驚いている時間などなく、ふたりはいずみの広場を上がって新御堂筋を少し下り、それから左折した。


 この先には大融寺と兎我野町のホテル街がある。

 先日彼女が中年のサラリーマン風の男と出てきたホテル・キャンディポケットはこの一筋南側の通りだ。


 気づかれないようにかなり距離を開けて尾行を続ける。

 ふたりはいつの間にか手をつなぎ、笑いながら親しそうに言葉を交わし、楽しそうな雰囲気が三十メートル後ろの私にまで伝わってきた。


 ポケットデジカメをショルダーバッグから取り出して、ふたりが手をつないで歩いている後姿を数枚撮影した。


 このままピクニックへでもいきそうな雰囲気だ。

 だが数分後、ふたりはホテル「スイートキャッツ」に飛び込んでしまった。


「なんだ、そういうことか」


 私は驚きと落胆とが入り混じった複雑な気持ちになった。


「午前十時四分だ。高校生が平日の朝からホテルだよ。有希子、これは完全にイレギュラーだろう」


 私は無意識に妻の名をつぶやいていた。


「おはようございます、岡田です。社長はいらっしゃいますか?」


 私はふたりが入った「スイートキャッツ」の出入り口が窺える遠目の位置に立ってから京都のA社へ電話をかけた。


「おはようございます、岡田さん。どうされたのかしら?」


「社長、宝塚の男子高校生の件ですが、今朝は学校へは行かずに梅田の泉の広場で女性とおち合って、さっきホテルに手をつないで入りましたよ。どうしますか?」


「ホテルって・・・制服のまま?」


「そんなわけありませんよ、ちゃんとトイレで私服に着替えてバッグをコインロッカーに放り込んでからの行動です。用意周到」


「そうなの・・・」


「どうします?ふたりが出て、別れたあとのことです。相手女性の家を割り出しますか?」


「そうしていただけるかしら。ともかく依頼人に状況報告をするわ。なにかあれば連絡します」


 社長は電話を切った。


 相手女性の家は割り出す必要がない、私と同じマンションの同じ階に住んでいるのだから。


 だがそれを社長には言えるはずもない。


 しかし、いつ出てくるかも知れないふたりをこんなところでずっと立ちん坊か、これは目立って仕方がない。


 周囲を眺めてみると、「スイートキャッツ」の並びには寿司店と高野山真言宗のお寺、向かいの並びは「ホテル・アメリカン」とその隣も「ホテル・スイートゲート」といった具合だった。


 ちょっと離れたところの四つ辻の向こうの角、つまり「スイートキャッツ」の対角線の位置に喫茶店「モア」があった。


 私はともかく店に入ってみた。


 すると窓際の席からホテルの出入口が窺えた。


 かなり遠めなので一瞬の油断で見落とす可能性があるが、見落としたところで相手女性の自宅は分かっているからどうにでも報告できるわけだ。


「ちょっと仕事の関係でこの席で二時間ほどいたいんだけど、かまわないかな?もちろんコーヒーはお代わりするから心配ない」


「お昼の間だけ少し混みますけど、お客様がそれでよろしければかまいませんよ。お代わりは気になさらないで下さい」 


 コーヒーを持ってきてくれた女性はニコッと笑って言った。


 私は朝から二杯目の熱いコーヒーを飲み、一ヶ所しかないホテルの出入口をジッと見続けた。

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