暴風雨ガール ④


        四



 依頼人の息子の尾行は数日何も動きはなかった。


 百七十センチほどの背格好に少し長めの髪、彫りの深い精悍な顔つきは、依頼人から預かった写真だけで十分確認できた。


 宝塚市の自宅を出て、阪急宝塚線の山本駅から電車に乗り、宝塚駅で今津線に乗り換え甲東園駅で下車し、真っ直ぐN学院に登校した。


 動きがあったのは調査の四日目だった。


 朝いつもの時刻に家を出て山本駅に入ったのだが、電車を待つホームが違った。

 宝塚方面ではなく大阪梅田方面のホームで電車を待ったのだ。


 数分後、急行電車が滑り込んで来た。本人が乗り込んだ同じ車両のひとつ隣のドアから乗り込む。

 まだ六時台だから混み具合はそれほどでもなかった。


 本人は車両の連結部分近くに立って本を読んでいた。私はつり革を持って外の景色を眺めながら、彼を右目の端に捉えた。

 電車が駅に着くときだけ彼から目が離れないように注意した。


 急行電車はいくつかの駅に停車し、そのたびに社会に関係している人々を積み込み、車内は次第に混み合ってきた。


 社会や組織に関係しない私は本人の位置に少し近づき、見失わないように注視した。


 三十分ほどで電車は阪急梅田駅に到着した。


 本人は気だるい歩き方で電車から降り、エスカレータで階下のフロアに降りた。

 すぐに改札口を出ずに同フロアのトイレに入った。

 しばらく遠目で待つ。


 ところが、五分経っても十分経っても出てこない。

 だが、見落としたはずはない。


 念のためトイレに入って確認をしたが彼の姿はない。

 少し焦るが絶対にトイレから出ていないと確信して外で待った。


 二十分近くも経ってからようやく本人がトイレから出てきた。


 N学院の制服から紺のジーンズに海老茶のラフなシャツに服装が変わっていて、バッグは消えていた。


 代わりに手提げの大きな紙袋を持って出てきた彼は、改札口を出て同じ階の東隅にあるコインロッカーへそれを放り込んだ。


 すっかり服装が変わり、イメージまでも全く違って見えた。まるで彼が探偵みたいだなと私は思った。


 エスカレータを降りて、梅田地下センターへ出て東梅田方向へ歩いた。


 途中、セルフサービスの喫茶店に入りトーストと卵のモーニングサービスを食べはじめた。

 私も離れた席に座り、同様のものを注文した。


 彼はどこへいくのか、仕事を忘れてこの日の行動に興味深くなってきた。


 本人は午前八時半を過ぎるまでコーヒーショップで粘り、その間ずっと本を読んでいた。


 店内は四人がけのテーブル席がおそらく三十はある大きな規模で、サラリーマンやOLが出勤前のコーヒーを飲み、ほとんどが十五分程度で店を出た。


 彼らや彼女たちは会社組織に関与しているレギュラーな人たちだ。

 私と本人だけがこの一時間半ほど、社会の動きとは無関係な存在のような気がした、つまりイレギュラーだ。


 九時少し前にようやく本人は腰を上げ、梅田地下センターを東方向へ歩き出した。


 手にはずっと読み続けている文庫本が一冊、直線の見通しの良い地下通りなので、私は二十メートルほどの距離を開けて尾行を続けた。


 やがて彼は「泉の広場」で立ち止まり、中央にある円形の大きな噴水スペースの縁に腰をかけて再び本を読み始めた。

 誰かを待っている様子に思えた。


 九時三十分になった。


 本人は同じ姿勢で本を読み続けていた。

 するとそこに一人の女性が歩いてきた。


 ぼんやりと張り込んでいたが、緊張感が戻ってきた。

 うつむき加減に近づいてきた女性は、私には「少女」に見えた。


 髪の毛は首までの短め、背は彼の肩位なのでやや小柄な感じ。


 薄いピンクのスニーカーを履き、本人と同じようにジーンズ姿でスニーカーと同色のシャツをラフに着こなしていた。


 だが、少女がこちら側を向いたとき、私の目が点になった。

 同じマンションの五階に住む、あの女子高生だったのだ。


 こんな時間に学校にも行かずに、いったい何をしているんだ?

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