第50話:真のオタク (7/2改稿)

 第50話:真のオタク


 突然のこと過ぎて何がなんだかよく分からなかった。

 如月さんが突然叫んで、ちょっと固まったと思ったら走り出してしまった。

 呆然とする僕の隣で、睦海さんも同じようにポカンとしてしまっていた。


「え……なに……?」

「分からないです……突然すぎて」

「拙者ちょっと行ってくるでござる!」

「せっ拙者も!」


 何かを察したのか、空くんたちが慌てて教室を出ていっちゃった。

 如月さんから嫌な雰囲気を感じてはいたけど、さすがに何もしてこないだろうと思ってた。

 だから気にしすぎちゃいけないなと思ってただけなんだけど……。

 ひとまずどうしたら良いか分からなかったから、僕たちはまた椅子に座ることにした。



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「どうしよう……どうしたらいいの? あんなこと……あぁ……」

「如月殿!」

「え……空くん……?」

「やはりここでござったか!」

「待ってくだされ空どの! ひぃ、ひぃ、居たでござるかー!」

「白枝くんも……」

「如月殿は悩みがあると必ずここに来ますからな、真っ先に向かって正解でござった!」


 私は一人で、階段裏にある用具入れに蹲っていた。

 誰も来ないし、静かだし、一人になりたい時は必ずここに来てた。

 そっか、覚えててくれたんだ……。


「私……私は……」

「みなまで言わずとも分かってるでござる」

「えっ……?」

「拙者たちも悪かったでござる、小山内殿が現れてから如月殿を蔑ろにしてしまったのでござるから」

「それは!」

「それだけじゃない!」

「空氏……」


 空くんの口調がいつもと違う、普通の喋り方で声を上げた。

 なんだろう、懐かしい感じがする……。


「竹井さんの事なんでしょ? 僕たちが仲良さそうにして、綺麗だとか言って……如月さんを一人にしてしまった!」

「そうでござる……拙者たちも悪いでござる」

「そんなこと……」

「そんなこと、あるんだよ。 僕は如月さんのファンだ、今でもその気持は変わってない。 でも気付いたら一人にしてしまってた、ファン失格だ」

「申し訳ないでござる……」

「僕はさ、小学校からずっとファンだったんだ……覚えてないかもしれないけど」

「え?」

「小中と同じ学校で、女子に囲まれてる姿を遠目に見てることしかできなかったんだけどさ、その時からずっとファンで推し続けてたんだ。 話しかけようと何度もしたんだけど、ほら、こんな見た目だからさ? デブで気持ち悪い顔してるから、迷惑かけちゃうかなって……」

「空氏、そんなことないでござる!」

「でも、一度だけ喋ったことがあるの覚えてない? 中学の頃に先輩の女子に因縁つけられて絡まれてた時……放課後の教室だった」

「あっ……」

「見てられなくて、気付いたら間に割って入ってさ、代わりにボコボコに殴られたんだけど……先輩たちが居なくなった後に保健室連れてってくれて。 そこでたくさん謝られて、大丈夫だって何度言っても謝ってきてさ、逆にめちゃくちゃ困っちゃってさ、ははは」

「覚えてる、覚えてるけど……怖くて、混乱してて、空くんだったっていうのは覚えてなかった……ごめんなさい……」


 たしかにそういうことはあった。

 先輩の彼氏から告白されて、私は別に興味なかったし彼女居るの知ってたから断った。

 それを聞いた先輩が「泥棒猫!」って仲間連れて迫って来て……。


「運動は苦手だったけど勉強は好きだったから、この高校受験して、滑り止めも受けてたけどここに決めたらさ、クラス分けに如月さんの名前があってすごくビックリしたんだ。 まさか同じ高校だったなんてって……一番最初に話しかけたのも僕だったんだよね」

「うん、覚えてる。 入学式が終わった後で誰かに話しかけようと思ったんだけど、なんだか怖くなっちゃって……そしたら空くんが……」

「ずっとファンだった、これからも近くに居られるんだって思ったら嬉しくて気付いたら話しかけてたっていうね、ははは、我ながら気持ち悪い事をしたとは思ってるよ、ごめんね?」

「そんなことない! 嬉しかったし……ぼっちにならなくて済むって安心したから……」

「なのに僕は小山内くんのファンにもなっちゃって、如月さんを一人にしてしまった。 これじゃあファン失格だよね……」

「空氏だけが悪いわけじゃないでござる! 拙者たち全員が悪いでござる! 一人だけが悪いなんてことは絶対にないでござる! 申し訳ない!」

「うぅ……でも私さっき竹井さんに酷いことを……あんなこと言うつもり無かったのに……」

「如月さんも小山内くんと仲良くしたかったんでしょ? それで竹井さんに嫉妬した。 夏休み明けに綺麗になったのも原因の一つかな? ……偽物って」

「な、なんで!」

「僕は……拙者は如月殿のファンでござるから! 動画でもよく言ってたでござる、お化粧はいかにナチュラルのままで可愛く見せるかだから、厚化粧で誤魔化した可愛さは偽物だよ? そんなのこれっぽっちも可愛くないよ? って」

「うん……そうだね、私嫉妬してた……一番可愛くないのは私だったんだ……」

「違うでござる、誰も悪くないでござる」

「え……?」


 真剣な顔で、私の顔を真っ直ぐ見てそう言い放った。


「嫉妬なんか誰でもするでござる、拙者たちなんかそれはもう毎日嫉妬塗れでござるし!」

「そうですぞ、そうですぞ!」

「竹井さんも、売り子をするのに失礼にならないようにって生まれて初めて化粧をしたそうでござる。 たくさん褒めてもらえて嬉しくて、友達にも見てほしくて今日化粧をしてきたんでござるよ? オタクをやっていても立派な女の子ですからな、至極当然のこと! 悪いことなんてないでござる!」

「そうでござるな、拙者もそうやって褒められたら舞い上がってしまうでござる」

「如月殿は、女の子が綺麗になりたいと思うのは罪だと思うでござるか?」

「そんなことない! 誰だって……私だってもっと可愛くなりたいもん!」

「……小山内殿と仲良くしているのを見て嫉妬してしまったのはしょうがないでござる。 それで酷い事を言ってしまったと思ったなら、謝ればいいんでござる。 逃げて、隠れて、目を逸らすのは……全然可愛くないでござる! 日陰者の拙者たちと同じでござる!」

「……!」

「今の如月殿に足りないのは、ちょっとの勇気ですぞ? 拙者たちを見るでござる。 怖い怖いと思っていたギャルたちと普通に話をできるようになったでござる。 ちょっとの勇気でこんなにも変われるんでござる。 拙者たちにできて、如月殿にできないわけがないですぞ」

「でも……」

「でももストと無いでござる! 拙者が大好きな推しは、可愛いを認められる人間でござる! 昔からそうやって友達を作ってきた、可愛いが大好きな推しでござる! 醜く嫉妬してても良い! お腹が真っ黒でも良い! ただ、可愛いにだけは嘘をつかないでほしいでござる!」

「空氏……トゥンク……」

「偽物だ、許せないと思ったなら……如月殿の手で本当の可愛いに変えてあげればいいんでござるよ! それがきっかけで小山内殿とお近付きになれるかもしれないと、打算的な気持ちがあってもいいんでござる! 下ばっか見て可愛いから目を逸らすのだけは、それだけはやっちゃいけないんだ!!」


 頬を殴られたような衝撃が心臓を打った気がした。

 普段を知ってたから偽物だと思った。

 許せなくて許せなくて、心が真っ黒になっていくのを感じていた。

 でもそれは違った……嫉妬心から目を逸らすために、勝手にそうだって決めつけてた。

 嫉妬に嫉妬を重ねただけで、竹井さんに酷い八つ当たりしてただけだった……。

 でも空くんはそれで良いって言ってくれてる。

 当たり前だと、普通だと、それでも見守ってくれると……。


 恥ずかしい、こんな自分が本当に恥ずかしい!

 何が【可愛いの伝道師moeka】だ……全然可愛いを認められてないじゃないか!

 嫉妬して、勝手に許せなくなって、暴走して……!

 ……竹井さん綺麗だったな……切れ長な目が黒い長髪と白い肌にマッチしてた。

 ソバカスを隠すために厚めにファンデつけてたけど、それも立派な努力の結果じゃん。

 偽物なんかじゃなかった、あれが竹井さんの心からの【可愛いなりたい姿】なんだ。

 それを否定して……大馬鹿者だ……。


「ありがとう空くん、目が覚めたよ。 竹井さん……まだ教室に居るかな……?」

「まだ居ると思うよ……でござるよ」

「ふふっ、なんで言い直したの?」

「あ、いや、これは……」

「空氏、拙者と学校以外で話す時は普通の口調ですぞ? 推しの前だとオタ口調でないと緊張してダメダメになるのでござる」

「バッカ! 白枝氏!」

「じゃあさっきも、たくさん頑張ってくれたんだ」

「ああああれは感情が昂ぶってですな、その……」

「嬉しかったよ、私のこといっぱい考えてくれてたんだなって……ありがとう」

「し、真のオタクは推しと共にあるんでござる! 困ったり悩んだりしてるなら一緒に頭を抱えて、喜んでるなら心から一緒に喜ぶものでござるからして……」

「空氏はオタクの鏡でござるな!」

「からかうなでござる! アルバム割りに家乗り込むぞ! 討ち入りじゃ!」

「ぎゃー! やめてでござるうううううう!」

「ぷっ、あはははは!」


 白枝くんが空くんに縋り付くのを見ながら、久しぶりにたくさん笑った。

 笑いながら涙が出たけど、これは嬉しさからだって分かってる。

 もう孤独も寂しさも感じることはないんだって安心したから。


 ティックノックはやってて楽しい。

 共感してくれる人たちのコメントを見て嬉しい気持ちが溢れるから。

 それでもやっぱり、隣で笑ってくれる人が居ないのには寂しさを感じてたんだ。

 それを空くんが、空くんたちが埋めてくれてたんだって気付けた。

 誰かが支えてくれるのを待つんじゃなくて、自分から飛び込む勇気が必要だって気付けた。

 空くんが思い切り背中を押してくれたからかな……。


 私は空くんの背中を見ながら廊下を歩く。

 竹井さんに謝るために教室を目指して。

 頬が熱いのもきっと、空くんのせだと思いながら。

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[Ep1]ロリショタ美少女系ノッカーが声無双する(仮題) 朧月 夜桜命 @mikoton

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