第39話:腐女子の場合
第39話:
八月上旬の某日。
「ついに明日ね……」
「そうだね、やっとだね」
「明日から三日間、暑い夏になりそうね」
「そうだね、熱中症対策しないとね」
「睦海にも売り子頼んだし、準備は万全だよね!」
「そうだね、最後に荷物チェックやっとこうね」
同人サークルやそれを求めるオタク、コスプレイヤーが熱狂する三日間。
オタク界隈がザワつく最も暑い夏、夏コミが始まろうとしていた。
腐女子グループの優子と珠利が在籍する『豚薔薇に逝く』もサークル参加する。
一日目は同人誌の販売をローテーションで回し、リーダー達数名は買いに専念。
二日目、三日目はサークル総動員で買いに回る手筈となっている。
この完璧なシミュレーションに優子は二チャリと笑うのだった。
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珠利さん経由でサークル手伝いを頼まれてしまいました。
元々夏コミには行く予定でしたし、それ自体は良いんですが、まさか参加側に回るとは。
経験がないことですし、貴重な体験をさせて貰えると思って頑張りたいと思います。
「おはようございます、お待たせ致しました」
「え、あの……どちら様でしょうか?」
「優子酷くないですか? 私ですよ、睦海です」
「え! なっ! だって顔が!」
「売り子を頼まれたのに、化粧の一つもしないわけにはいかないじゃないですか……。 しなかったせいでお客さんが寄り付きませんでしたなんて嫌ですから」
「いや、まあ、そうかもだけど……ソバカス消して化粧しただけで、こんなクール美人になるなんて聞いてないっていうか……」
「お世辞は結構ですよ、それより時間は大丈夫なんですか?」
「そうだった、水分とかある? 忙しいとマジで離れられなくなるからトイレにも行っておいてね? あと購入リストちょうだいね、リーダー達が代わりに買いに回ってくれるから」
急に捲し立てるように喋らないでほしいですね、まったく。
水分は念の為三本買ったし、トイレはさっき行ったけどもう一回行った方がいいですかね?
購入リストは持ってきたから渡して……健全なのしか買わないですよ? 未成年ですから。
興味? ないですね、私はリアル志向なので紙の上の薔薇には惹かれませんので。
最近の推しですか? そうですねやはりここ最近最熱なのは良奴×正優ですかね、逆も興味深いですがこのカプは受け攻めが性格ではっきりしているのが良いといいますか逆カプが駄目なのではなく王道イズビューティフルなわけでしていや異論は認めますよ逆もまた尊いものであるからしまして……ごほんっ!
大変失礼致しました、取り乱しました。
ちょっと離席させていただいて、お花を摘んでから準備いたしましょうかね。
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あたしの名前はローズ、勿論ペンネームよ。
売り子をカルピとバラミに任せて、フィレ、モモ、ターンと一緒に戦場を駆けるわ。
託されたターゲットリストを手に、全てのミッションを完遂してみせるわ!
「点呼!」
「いち!」
「に!」
「さん!」
「ターゲットリストは持ったか!」
「「「いえっさー!」」」
「ルートは確認したか!」
「「「いえっさー!」」」
「軍資金を渡す! 一人ずつ前へ!」
「「「いえっさー!」」」
「健闘を祈る!」
「いえっさー!」
「無理はするなよ!」
「いえっさー!」
「ターンは初めてだな、体調管理はしっかりな!」
「いえっさー!」
「間もなく時間だ! 各員健闘を祈る!」
「「「いえっさー!」」」
夏冬恒例の掛け声が周囲に響き渡る。
ちょっとした名物になってしまったせいか拍手が起こってますわ。
これもまた気合いが入るというもの、絶対にやり遂げてみせますとも!
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遂に開場が宣言され、まるで統率された軍隊のように人がなだれ込んでくる。
大手サークルである『豚薔薇に逝く』も即座に行列ができあがった。
壁サークルだけあって、その長蛇の列も見事なものである。
そんな人の壁、波、渦をくぐり抜けて買い班が行く。
大手を優先的に回り、買い漏らしがないよう回る。
並んでる間に水分補給をする姿は、まさに戦場の狼のようであった。
販売班と買い班が奮闘する中、他の腐女子グループの面々が個別に来ていた。
お互い夏コミに来ている事を知らず、各々欲しい同人誌を求めて移動中。
ただでさえ暑い中、更なる熱気にあてられてバテてしまうのは仕方ないことであった。
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「睦海、珠利、ちょっと列が乱れてきたから一瞬整理に回るね!」
「わかりました! 新刊一冊ですね、千円です! 写真はお断りしてます!」
「そうだね、お願い! コピー本は五百円です!」
「はみ出さないようにお願いします! すみません、こちらに詰めてください!」
混沌とする中、なんとか冷静さを保ちながら接客をこなしていく。
こんなに忙しいなんて聞いてないですよ!
大手サークルなのは知ってましたが、ここまでだなんて想像してませんでした!
水分補給するのも一苦労ですし、列が途切れる気配がまったくありません。
というか、ダンボール何箱あるんですかこれ、本も無限に出てくるんですが!
計算が簡単なのが唯一の救いです! でも! 大変過ぎますよ!
「戻った! こちら再開します、お待ちの方どうぞ!」
「おかえりなさい! 新刊とコピー本で千五百円です! 写真? お断りしております! 次の方どうぞ!」
「そうだね、おかえり! 新刊千円です!」
なんで写真求められるんですか!
後ろ見たら迷惑だって分かるじゃないですか!
なんなんですかもー!
また写真!
イライラしますー!
「写真は! お断り! しています!」
「お、落ち着いてくださーい! お客さんも買わないなら迷惑行為で突き出しますよ!」
「新刊千円です! 次の方どうぞ!」
「警備呼びますよ! 次の方どうぞ!」
「こちらもどうぞ!」
無意味に粘ってきましたが、他のお客さんが壁になってくれてなんとかなりました。
並んでいる誰かが呼んでくれたのか警備の人も来て、優しさに感動してしまいました。
こういう助け合いで成り立っているんですね、コミケは素晴らしいです!
ワタワタアワアワ接客をしていると、購入が終わった買い班の人が戻ってきました。
長時間喋って動いてを繰り返したせいか頭が上手く回ってなかったので助かります。
交代してゆっくり水分補給と食料補給、労働の大変さを痛いほど理解しましたよ。
そうして怒涛の夏コミ販売体験を終えた私達。
帰りにファミレスで打ち上げをして、本当の意味で一息つけましたよ。
これを年二回もやっている『豚薔薇に逝く』は尊敬しますよ、本当に。
冬コミですか?
……考えさせてください。
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「空氏、良い写真撮れたでござるか?」
「白枝氏、今回は良い収穫でありましたぞ」
「でゅふふ、明日も楽しみでござるな」
「そうでござるな、でゅふふふ」
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