第37話:初コラボ配信後

 第37話:初コラボ配信後


「のなめ、やってくれたな」

「そうですね、まさかあんな卑怯な手を使ってくるとは思いませんでしたよ」

「あわわわ……」

「まあまあ、まんまと引っかかる方も引っかかる方っすから」

「ぐっ……あんなの聞き分けられるわけないだろ」

「……言い返せないのが非常に悔しいです」

「みかりんさんを対戦相手から外したのに免じて、今回は勘弁してください!」

「どういうことですか?」

「私、ぽよぽよ6の日本公式大会でチャンピオンだったんです、世界大会は残念ながら五位でしたが」

「このメイド、マジで何者なんだよ……」


 ぽよぽよ対決が決まった時に聞かされてビックリしたよ。

 メイドさんでアニメ・声優オタクで廃ゲーマー。

 濃すぎるくらい濃いけど、同時に個性いっぱいで素敵だなって思う。


「あ、ありました。 このミカリというのがそうですかね?」

「そうですね、記録が残ってましたか」

「公式サイトに載ってました。 確かにメイドさんが相手だったら絶対勝てなかったですね」

「なんだこのやり場のない悔しさは……」

「ごめん……なさい……」

「……はあ。 大人気なくて悪かったな、諸々全部込みで楽しかったよ」

「僕もです、本当にありがとうございました」

「いえ……僕も……楽しかった……です……」


 お二人と握手を交わして、サインまでしてもらった。

 宣言通り野菜ジュースも作ってもらったみたいで、満面の笑みで帰っていった。

 次はいつコラボできるかな? とっても楽しみだな。



 ----


「それで光彦くん、のなめ君は我が事務所に引き込めそうかね?」

「あー、分からないってのが正直なところですね」

「どういうことだね?」

「まず直接的な勧誘はしてません。 俺達はスカウトマンじゃないですし、それはしなくていいと社長も言ってましたから」

「うむ、それで?」

「業界に興味があるか聞いたら、声優に興味があるとのことでした」

「それは僥倖じゃないか!」

「いえ……のなめはアニメと声優が大好きなオタクなんですよ」

「それがどうしたね」

「『声優』に興味があるのであって、『業界』に興味があるわけではなさそうってことです」

「ふむ……ややこしいな」

「いちオタクとして声優に興味がある、と言ったように僕は感じました。 自分がなるビジョンがそもそもないのか、そういう話だと気付かなかったのかは分かりませんが、社長が知りたい答えではなかったので『分からない』と結論付けました」

「そういうことです!」

「なるほど。 直接話した感触的にはどうだね?」

「今を楽しみたいように感じましたね」

「僕もです。 まだ十五歳ですし、仲間との時間を楽しみたいように感じました」

「しかし将来の夢を意識する年頃でもあるだろう」

「それは俺達に言われましても……将来声優になりたいのかも知りませんし」

「聞かなかったのか? 大事なことだろう? 何故聞かない」


 あー、みっちゃんがイライラし始めてますね。

 爆発する前にどうにかしたいですが……さてさて。

 ひとまずヘルプだけは頼んでおきましょうか。


「話の流れもありますし、俺達が勧誘していると疑われるのもマズいでしょう」

「疑われるかどうかは君の話し方次第だろう? 聞くべき事を聞いていかに引き入れるかを考える、それがやるべきことではないのかね。 私が言っている事は間違っているか?」

「だから俺達が無理やり……」

「あーた!」


 社長室のドアがバンッと開かれて、一人の女性がズカズカと入ってきた。

 ふう、爆発前に間に合ってくれたようですね。


「と、富江!」

「あーた、のなめちゃまに何をしようとしてるザマス?」

「わ、私は事務所の将来を考えて……」

「のなめちゃまの将来をあーたが決めていいわけがないザマしょ! 声優になりたいなら支えてあげる! 違うなら潔く引く! 違うザマスか!」

「だ、だからそれを判断するための……」

「いかに引き込むかを考えると言ってたザマしょ!」

「それは……」

「あんなに可愛らしい良い子を無理やり引き込むようなこと、あたくしが許さないザマーーース!」

「は、はいー!」

「……あーた方は今のスタンスのまま接するザマス。 あたくしものなめちゃまが来てくれたら嬉しいザマスが、将来を決められるのは本人だけザマス。 受け入れる準備はありますよとこっそりアピールするだけで十分ザマス」

「「わかりました」」

「あーた……帰ったら分かってるザマスね……」

「はい……」

「のなめに強力な味方ができたな……」

「富江さん信者化してませんか……?」

「……敵よりいいと思おう、うん」

「……ですね……僕達も気を付けましょう」

「……おう」


 翌日、毎日出社してるはずの社長を見た人は居ませんでした。

 あの後ご自宅で何があったのかは……僕達は知りません。

 ご夫人から? 怖くて聞けませんよそんなの……。


 更に数日後、正式に社長から同じように命じられました。

 あくまで受け身で無理強いは絶対にしない、本人が自分から望んだら支えてあげなさい。

 そんな感じで綺麗な社長から朗らかな笑顔で言われたのは絶対に忘れません……。



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「富江……その……」

「分かるザマスよ、あーたの会社を思う気持ちは」

「なら!」

「でも、違うザマしょ。 あたくしもあーたも、違うと知ってるはずザマしょ」

「それはどういう……」

「望まない教育、望まないお見合い、望まない結婚、そうして結ばれたあたくし達が同じ事をしてどうするザマスか……」

「……それは……」

「あーたの思いは否定しないザマス、社長として間違っていませんし正しいものでしょう。 ですが、あの子が望まないなら無理に引き込むのは間違ってるザマス。 あたくし達だけは、あの人達と同じことをしてはいけないザマス」

「……そうだな……そうだったな……すまない」

「あの子達の前だから強く言いましたが、思い出してくれたならそれでいいザマス。 あたくしは、会社の為に必死に頑張れるあーたを好きになったんですから……」

「富江……私は自分を見つめ直さないといけないようだね……側で支えてくれるかい?」

「ええ、喜んで」

「ありがとう……久しぶりに二人で温泉にでも行こうか、数日くらいなら息子達も許してくれるだろう」

「そうザマスね」


 二人は静かに笑い合い、温泉旅行の計画を立てた。

 不在の間は息子夫婦が社長代理として、秘書と協力して事務所を支えたという。

 それ以降社長は、まるで憑き物が落ちたかのように穏やかな性格に戻った。


「のなめちゃまの好きなお菓子のリサーチは急務ザマスね」


 後に自分の妻がファンクラブを立ち上げることなど露ほども知らずに……。



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「松下、あれから何か情報手に入れたのか?」

「その……まだ何も……」

「探りは入れられてんのか?」

「東京じゃないか、っていう推測くらいで確信はまだっす……」

「焦って失敗は困るが、悠長に構えんのだけはするなよな」

「はい……」


 グラビアアイドル事務所『フライアゲハ』の一室で行われる密談。

 他のスカウトマンに情報を渡すまいとコソコソしているが、進展はない様子だった。

 雲を掴むような無茶なオーダーに奔走しているからだろうか、松田は少し窶れていた。


「……はあ。 俺が担当してる子がコラボしたいって社長に言ってくれって来たから、お前にも噛ましたる」

「マジですか!」

「許可が出たら、コラボ交渉はお前に任すからしっかり物にしろよ?」

「あ、ありがとうございます!」

「協力くらいしかできんからな、首繋げるかはお前次第だ、忘れんなよ」

「はい!」


 逆に何故そこに目がいかなかったのかは大いに疑問である。

 しかし、この提案が運命の分かれ道である事に松下は気付けないのであった。

 更に首を絞めるのか、首を繋ぐのか、その結果は全て松下の手にかかっている。

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