第26話:夏の承接

 第26話:夏の承接


 夏祭り当日。

 みんなと集まるのは夕方からだから、まだまだ時間がある。

 投稿日でもあるし、録音したり動画編集の勉強をしながら時間潰そうかな。


 初めて配信してからは動画に顔出しもしてて、フォローもノックも増えてきてる。

 たくさんの人に見てもらえて本当に嬉しい。

 数字は気にしてかなったけど、やっぱり目に見えて増えてくれるのは感動するね。


 そんなこんなで撮影と録音をして、効果とかエフェクトで遊んでみたりした。

 古い作品はセピア色にしてみたり、静かでシリアスな作品はモノクロにしてみたり。

 迫力があるセリフで集中線を出してみたりと、なかなか弄りがいがあってかなり楽しい。


 あっという間にお昼になってて、焦って一階に降りた。

 朝ごはんも食べてなかったし、食事はちゃんとしないと大きくなれないからね。

 十五歳だけど、まだ希望はあるはず……高校でも背が伸びたって話は聞くし。


「あら正ちゃん、今起きたの?」

「いや……動画撮ってたら……こんな時間に……」

「好きなことをするのはいいけど、生活リズムは崩しちゃダメよ? おっきくなれないんだから」

「うん……気を付ける……」

「お昼どうする? 何か作ろうか?」

「大丈夫……チャーハン……作るから……」

「そう? ベーコン賞味期限近いから、贅沢に使っちゃっていいわよ」

「わかった……」


 ベーコンか……ゴロゴロ入ってるのも美味しいし、ピリ辛ゴロ肉チャーハンにしよ。

 甜麺醤、醤油、大蒜、生姜、胡椒を混ぜておいて、ベーコンをゴロゴロ切っていく。

 出しておいた卵をチャカチャカといてる間に、フライパンに油をひいて強火にかける。


 ベーコンを炒めて、合わせた調味料を絡め炒めて一旦ボールに退避。

 卵をジュワッと入れて半熟くらいでご飯を投入、解れたら豆板醤を入れて馴染ませる。

 よく混ざったら味付けベーコンを入れて最後の仕上げ、刻んだ万能ねぎを入れたら完成!


 うん、会心の出来だと思う。

 良い匂いに釣られたのか、優香が皿を二枚用意して待ってた。

 良いんだけどさ、無言で催促してくるのは、さすがにちょっと違うと思うよ?


「うん……上出来……」

「んまーい! はー、やっぱりお兄ちゃんのチャーハンはハズレ無しだわー」

「はいはい……ありがとうね……」


 そんな風にお昼を過ごしてると、洗い物中にお母さんがリビングに来た。

 手には紙袋を持ってて、すごいニコニコ顔でこっちを見てくる。


「どうしたの……?」

「ふっふっふー♪ お待ちかねの甚平持ってきたわよ♪」

「私の浴衣は?」

「もちろんあるわよ? ほら、着付けてあげるからおいで」

「わーい! ありがとう!」

「ありがとう……」

「クラスの子たちと浴衣でお祭り見て回るんだー」

「そっか……僕も……楽しみだな……」

「甚平の方が涼しいし、それ着て過ごしなさいな」

「うん……そうする……」


 ちゃちゃっと洗い物を済ませて、甚平を持って自分の部屋に。

 時間までは動画を見ながらのんびり過ごそうかな。



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「良奴、そろそろ上がっていいよ!」

「え、もうそんな時間か!」

「家で着替えてから行くんでしょ? 待たせないようにするんだよ!」

「わかった! ありがとう!」


 気付けばもう十七時、一回帰って着替えて、ゆっくり歩いても十分間に合うかな?

 余裕持って上がらせてくれた母ちゃんに感謝だな!

 パパっと屋台を任せて、ちょっと足早に家に帰った。



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「さて、そろそろご主人様の元へ参りましょうか」

「あれ、海香里ちゃんでかけるの?」

「今日は夏祭りに行くので、今から出れば丁度いいかなと」

「あらそうなの? お祭りいいわね」

「電車移動ですから、混雑嫌いな母さんには辛いんじゃないかしら」

「うっ……お土産期待してるわ、あと可愛い子達の写真も♪」

「はあ……行ってきます」


 鞄に特注の衣装を入れて、戦闘服を纏って出発。

 ご主人様は浴衣は着ないと言ってましたが、甚平姿もきっと素晴らしいことでしょう。

 自慢の一眼レフもしっかり持ちましたし、いざ行かん我が聖地へ!



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「正ちゃーん!」

「ネコちゃん……いらっしゃい……」

「お母様もこんばんわですー」

「はいこんばんは、浴衣可愛いわね♪」

「うん……おっきい猫さん……可愛い……」

「こら、浴衣だけ褒めてどうするのよ……ごめんね? きてぃちゃん」

「気合い入れて選んだんで嬉しいですー。 正ちゃん褒めてくれてありがとー」

「ネコちゃん……似合ってて……可愛いよ……素敵……」

「はうっ!」

「あらあらまあまあ♪」


 胸を抑えて仰け反っちゃった……褒め方下手だったかな?

 でも、猫柄を着たネコちゃんは本当に可愛くて、すごくドキドキ。

 上手く褒められてなかったなら、どこかで挽回したいな……可愛いって気持ち伝えたい。


 ネコちゃんとテレビを見ながらソファで寛いでると、ノートくんとみかりんさんが来た。

 ノートくんは涼し気な色の甚平を着ていて、みかりんさんは……メイド服?

 あれ? 普段通りの格好だ。


「奥様、着替えをしたいので脱衣所をお借りしてよろしいでしょうか?」

「いいわよ? でも着替えならこっちの部屋を使いなさいな」

「ありがとうございます、お借りします」

「どうぞどうぞ」


 あ、持ってきてたんだね、メイド服は戦闘服って言ってたから外せなかったのか。

 数分ゴソゴソ音がして、静かにドアが開いてみかりんさんが出てきた。


「大変お待たせ致しました」

「おお、すごいな!」

「キレー」

「みかりんさん……素敵です……」

「お褒めいただき、ありがとうございます」

「和服とメイド服の融合ってできるものなのね♪ 素敵だわ♪」

「元々和風メイド服というのは存在していますが、こちらは今回のために特注しました」

「気合いの入り方がすごーwww」

「私はどんな時でもメイドですので、妥協は致しません」


 澄ました顔で言ってるように見えたけど、褒められたのは嬉しかったみたい。

 耳が赤くなってたし、声もちょっと弾んでた。

 ネコちゃんの撮影会が終わったのを見計らって、僕達はお祭り会場へと向かった。



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「秀吉くん、お待たせ」

「いや、全然待ってないよ。 浴衣すごく似合ってる」

「ありがとう……秀吉くんも浴衣格好いいよ」

「……ありがとう」


 お祭りの雰囲気を楽しみたいから、今日は駅で待ち合わせ。

 商店街に近いお店ほど店先でテイクアウト商品を売ってたりするし、見て回るのも楽しい。

 彼氏とこうして歩くのも夢の一つだったから、すごく楽しみにしてたの。


 ゆっくりのんびり歩きながら軽く飲み食いをして、たくさんの人とすれ違う。

 誰もみんな楽しそうな幸せそうな顔で、自然と私達も笑顔になってしまう。

 それがまた幸福感を生んで、この時間がかけがえのないものものになっていく。


 お互い心の底から笑うことが少なかったような気がする。

 言い方は悪いかもしれないけど、変わり映えのしない毎日だったからなのかな?

 そこに不満は全くないし当然の日常、それもまた幸せの形だと思うし。


 ただ、彼氏の家庭環境を考えると多くを望まないようにしていたのかも。

 こうして笑えるっていうのも、やっぱり大事で必要なことなんだと実感した。

 これからは私が笑顔を生めるように、ちょっとの努力をしていこうと思う。


 そんな風に近い将来に思いを馳せていると、見知った顔が視界に飛び込んできた。


「正ちゃん……?」

「どうしたんだ、乙女」

「あ、いや……なんでもない」

「ん……?」



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 確かに『せいちゃん』と言ったのが聞こえた。

 視線を追った先には甚平を着た可愛らしい少女。

 知り合いか何かなんだろうか、呼び方的にも親しい間柄のような気がする。

 もし友人なら普通に声をかければいいのに……僕と居るから遠慮したのかな?


 そんな風になんとなしに考えていたら、唐突に頭に衝撃が走った。

 ちらりと視界に映った彼女も苦悶の表情を浮かべて倒れかけている。

 いったい何が起こったのか、上手く思考が回らず分からないまま意識を手放してしまった。



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「乙女……?」

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