第27話:夏の転調

 第27話:夏の転調


 気付いたら走り出していた。

 見間違いだと思いたかった。

 それを確認したかったからなのか、自然と足が動いていたんだ。


「クッキーくん!」

「正ちゃん!」

「ご主人様!」


 背後から声が聞こえた。

 僕を呼び止める焦ったような声。

 気付きながらも、止まることも振り返ることも返事をすることも出来なかった。

 乙女……秀吉……違うと言ってほしい、人違いであってほしい。


 引きずられるように路地裏に連れていかれる光景。

 どう考えても普通じゃない。

 介抱されているというよりかは、連れていかれているような、まるで誘拐のような。

 頭が正常に回らない、正しい判断ができてるか分からない、それでもとにかく走らなきゃ。


「正ちゃん!」


 誰かに手を掴まれて、強制的に行動が制限される。

 ハッと後ろを見ると、眉根を寄せたネコちゃんが僕を見ていた。


「僕……行かなきゃ……」

「何処に!」

「乙女が……友達が……」

「落ち着いて! ……何があったか分からないけど、一回落ち着いて!」

「あ……ごめ……」

「ご主人様……」

「クッキーくん……何かあったんだな? 顔が真っ青だぞ」

「その……」


 頭が整理できないまま、僕が見たことを必死に説明した。

 少しずつ理解してくれたのか、みんなの顔が険しくなっていく。

 人通りが疎らなこの場所で、勘違いであってほしい……。


「追いかけたい理由はよく分かった。 でも、一人じゃどうにもできないだろ?」

「それは……」

「もしかしたら介抱されてただけかもしれない、だから今はまだ大事にはできない。 ひとまず俺たちみんなで追いかけよう! 確信が持ててから警察に通報したって遅くないんだからな!」

「……うん……」

「四人バラバラに探そう。 黒服二人に浴衣の男女、何か分かったら逐一LIMEに連絡を入れる、それでいいな?」

「おっけー!」

「分かりました!」

「みんな……」

「引き止めて悪かったとは思うが、危険な事なら止めないとと思って俺がネコちゃんさんに頼んだ……ごめん」

「……大丈夫……冷静じゃ……なかった……ごめん……」

「……一時間経っても情報が無かったら、ここに集合な!」


 冷静じゃなかった。

 僕一人じゃないのに、周りが見えてなかった。

 最悪の事態を想像できてなかった、本当に申し訳ない。


 こうして予想だにしていなかった捜索劇の幕が上がった。



 ----


「……ああ…………余計なのが…………支障はない…………任務は続行だ……」


 頭がガンガンしてクラクラする。

 視界もボヤけてるし、なんだか思考もかすみがかってるみたいだ。

 体も動かし辛いし、自分の体じゃないみたいだ。


「追手は居るか?」

「いえ、それらしい人影は見当たりません」

「よし、予定通りC地点へ移動する」

「了解」


 聞き覚えのない二人の男の声がする。

 駄目だ、また意識が……。

 沈んでいく意識の中、隣で倒れる乙女の顔が見えた。



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 良奴:スーパービスコス前で黒服二人を見たって!

 猫子:ガススタ前でも! ビスコスから近いよ!

 冥途:ゾウさん公園で四人を見たそうですが、何が近いのかちょっと分からないです

 良奴:ゾウさんならビスコスもガススタも近くないな……

 正優:ゾウさんの方に移動します、可能性が高そうなので

 猫子:あーしもそっち行く! そっからまたバラけたがいいっしょ!

 良奴:俺も向かうから、一旦集まろう!



 ----


「丁寧に扱えよ」

「分かってますよリーダー」

「取り引き前に傷でも付けたら問題だからな」

「りょーかい」

「はあ……もうちょい真面目になってくれたら最高の相棒なんだがな……」

「何か言いましたか?」

「いや、何も」


 またあの二人の声だ。

 ここは……倉庫か? 埃っぽくて油の匂いがする。

 まだ頭が痛くて、思考がハッキリとしない……。


「おかえりなさいリーダー」

「戻った、ターゲットは無事確保出来た」

「それはよかった。 オマケも居るみたいですね」

「一緒に居たから仕方なくな、友人は少ないと聞いていたから想定外だ」

「なかなか上物みたいですね」

「手は出すなよ? ボンボンは人質だが、この女はボンボンに対しての人質だ」

「人質の人質ですか、ややこしいですね」

「使えるモノは使う、それだけだ」

「なるほど」


 僕を使って金でも出させようってことなのか?

 しかも乙女を人質だなんて……なんて情けないんだ。

 よし、だんだん思考がクリアになってきたぞ、なんとか状況を脱しなければ……。


「おい、起きてるんだろ? さっきから視線でバレバレだ」

「……アンタ達の目的はなんなんだ」

「世界的大企業の御曹司、そんなお前を誘拐したんだ、身代金以外あると思うか?」

「……だろうな」

「ついでに会社まるごとぶっ潰れてくれりゃ万々歳なんだがな」

「父さんに潰された会社の残党か何かか? 哀れだな」

「……立場ってもんを分からせないといけないみたいだな」

「十分理解してるさ。 だけど、こんなん悪態つかなきゃやってられないだろ」

「はっ! せいぜい絞れるだけ絞らせてもらうさ。 存分に役に立ってもらうぜ? 御曹司さんよ」

「ちっ……」


 本当に最悪だ。

 せめて、どうにかして乙女だけでも逃がす方法はないだろうか……。



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 良奴:こっちは駄目だった

 正優:こっちも。 一回ゾウさんに引き返す

 猫子:アカンボホンケ近くでそれらしい人見たって!

 良奴:すぐ向かう!

 冥途:こちらも目撃情報ありましたが、ひどく曖昧だったので一旦合流します

 正優:みんなありがとう、僕も向かうね


 着実に近付いてる気はするけど、まだ確証もないし不安ばかりがつのっていく。

 どうか間違いでありますように。

 どうか思い過ごしでありますように。

 どうか……どうか……。



 ----


 お祭りに来てからお兄ちゃんの姿をみかけてない。

 もうとっくに着いてるはずだし、見過ごすとかありえないんだけどな。


「おばさん、お兄ちゃんたち来ませんでしたか?」

「あら優香ちゃん! 正優くんならまだ見てないよ!」

「そうですか……ありがとうございます」

「見かけたら、探してたって伝えとくね!」


 本当にどうしちゃったんだろう?

 変なことに巻き込まれてなければいいんだけど……。

 一応お母さんに連絡入れとこ。

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