第25話:夏の起点

 第25話:夏の起点


 四月の中頃から彼女の様子がどこかおかしいように感じる。

 ボーッと上の空になったかと思えば、どこかソワソワしているような。

 月曜日には元に戻って、日が経つ毎にまたボーッとしてソワソワして……。


「何かあったのか? ボーッとしてることよくあるけどさ」

「ご、ごめん! なんでもないよ、ちょっと考え事してただけだから」

「前にも同じこと言ってたけど……」

「ホントになんでもないの、ごめんね?」

「そうか……」


 モヤモヤが胸の真ん中に溜まっていく。

 ただ、浮気とかじゃないのは信じてる。

 そういう事をする子じゃないし、別れるつもりならキッパリ口にする性格だから。


「乙女がそう言うなら信じるけど、僕にできることがあるなら言ってくれよな?」

「うん、ありがとう秀吉くん。 その時は頼らせてもらうね?」

「ああ……」


 彼女を家まで送って、真っ直ぐ自宅まで帰る。

 PS《プレイスイッチ》5を起動してギルティ・ガイズを読み込む。

 この溜まったモヤモヤをどうにかするために、格ゲーにぶつけて解消するしかない。

 ゲーセンに行ってもいいけど、イライラしてるところを彼女に見られたくないからな。


 そんなに話せないことなんだろうか?

 一日や二日ならまだしも、もう数ヶ月こんな感じだし普通じゃない。

 でも無理に聞き出して険悪な感じにはしたくないし……ちくしょう! どうすれば!


「秀吉、帰ってたのか」

「父さん……どうしたの?」

「怒鳴り声が聞こえたから何事かと思ってな、何かあったのか?」

「いや……なんでもない、ごめん」

「ならいいんだ……私も母さんも会議があるから会社に戻る、晩御飯は自由にしなさい」

「わかった、適当に済ますよ。 いってらっしゃい」

「ああ、いってくる」


 静かにドアが閉じられて、二人が会社に向かって行った。

 社長と秘書であり夫婦でもあるせいで、食事中でも仕事の話ばかりしてる。

 昔は面白くもないし嫌だった記憶しかなくて二人共嫌いだった、今は違うけどな。


 とはいえ、どこか壁を作ってしまってるんだとは思う。

 恋愛の話なんか一切したことないし、学校の話も成績のこと以外した記憶が無い。

 行事に来たこともないし、家族でどこかに出掛けたりもしたことがない。

 家族らしいことをしたことがない、家族のような何かなんだろうなと思う。



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 正ちゃんと会わなくなってから随分と時間が経った。

 未だに泣きながら走っていく姿が忘れられなくて、同じ背格好の子を見ると思い出す。

 その度に胸がチクリと痛んで、彼氏に嫌な思いをさせているのかもしれない。

 だって、二人で居る時に別の男の子の事を考えてるんだもん……。


 忘れたいんじゃなくて元の関係に戻りたいだけ。

 友達以上で、姉妹とか家族みたいな、ほんわか幸せな時間が流れる関係。

 また一緒に遊びたいし、私が作ったスイーツを美味しいって食べてもらいたい。


 優香ちゃんとお母様とは、たまにスイーツのお裾分けで会ったりはしてる。

 その時に近況を聞いてて、六月に学校に行くようになったとは聞いてる。

 ただ、徒歩の正ちゃんと電車の私では家を出る時間が違うから、偶然バッタリもない。


 動画投稿を始めたのも聞きはしたんだよ。

 アカウントも聞いたしティックノックっていうのもインストールした。

 でも未だに見れてない私が居る。


 会って喋って安心したい、顔を見て声を聞いて安らぎたい、笑顔を見てほっこりしたい。

 そんな気持ちと同じくらい、どんな顔で会えばいいか分からない、もし拒絶されたら?

 そんな思いが湧いてきて、動画を見る勇気が出てこなくて、憂鬱な気持ちで過ごしてる。


 そんな事、彼氏になんて説明すれば良いか分からないよ。

 正ちゃんの告白に未練があるように聞こえるし、普通に快く聞ける内容じゃないよね。


 正ちゃんを泣かせてしまった事への後悔。

 見る、聞く、会う、喋る勇気が出ない不甲斐なさ。

 そんなグズグズとした自分自身への嫌悪感。

 暗い感情が今の私を作っていて、彼氏の心の負担になっている。


 早くこの暗い気持ちをどうにかしなきゃ……。

 少しでも明るく、彼氏に心配をかけないように……。



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 彼女からLIMEが来た。

 いつもは僕からデートに誘ってるけど、今回初めて誘われる側になった。

 どうやら彼女の地元で夏祭りがあるらしく、一緒に行きませんか? と。


 めちゃくちゃ嬉しかった。

 陰鬱とした、胸の真ん中に溜まったモヤモヤが全部一気に晴れ渡った。

 誘ってくれた事もそうだけど、何か一つ気持ちに変化があったのではと思えたからだ。

 もちろん返事は即答でイエス! 普段使わないスタンプまで送ってしまった。


 せっかくだから甚平を着て出掛けようか?

 彼女も浴衣を着てくるかもしれないから、浴衣の方がいいだろうか?

 どうしよう、初めてのデートの時のようにテンションが上がってしまう。


「ただいま」

「ああ、おかえり兄さん」

「……ニヤニヤしてどうした、気持ち悪いぞ?」

「え? あ、ホントだ、戻らない」

「珍しいな、何かいい事でもあったのか?」

「夏祭りに誘われただけだよ……彼女に」

「はあ! お前女居たのか! うわマジか……そんな気配欠片も感じさせなかったじゃん」

「隠してたわけじゃないけど、そういう話する空気じゃないじゃん、うちって……」

「あーまあな。 はあ……まあでも良かったわ、ちゃんと学生らしい青春できてたんだな。 なんか安心しちまった」

「ありがとう……。 ……兄さん、晩御飯適当に済ますけど、久しぶりに外食どう?」

「はいはい、行きますよ。 たっぷり事情聴取させてもらうからな」

「ははは、だったらカツ丼屋の方が良さそうかな」

「ぶっ! ははは! ほら行くぞ、今日は奢ってやるからさ」

「あ、待ってよ兄さん!」


 兄さんとは普通に会話したりゲームしたりするけど、兄さんと父さんの関係は最悪だ。

 会社を継ぎたいなら継げばいいし、他にやりたいことがあるなら全力でやりなさい。

 二人とも同じ言葉、同じ言い方をされたけど兄さんはネガティブに受け取ってしまった。

 超が付く有名な大企業だからか、今でも期待されてないと思っているらしい。


 僕は、父さんは僕を尊重してくれてる、やりたい事を応援してもらえる、そう捉えた。

 そんな僕と兄さん。

 恋愛話がきっかけの久しぶりの外食、不思議とワクワクが止まらなくなっていた。



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「正ちゃん、夏祭りは浴衣で行くの?」

「今年は……甚平がいい……かな……」

「そう? 優香の浴衣買うから、一緒に買っておくわね♪」

「うん……ありがとう……」


 みんなも浴衣とか甚平で来るみたいだから、僕も一緒に。

 どんな出店があるのかな、射的があったらいいな。

 型抜きとかもやりたいし……あ、ノートくんのお店も行きたいな。


 ワクワクとドキドキが合わさって、今日の動画はちょっとテンション高かったかも?

 はやく夏祭りの日にならないかな。

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