第一章:胎動

第8話:初登校

 第8話:初登校


 六月一日。

 約二ヶ月の長期休学からの初登校日。

 ある意味、僕にとっては入学式みたいなもの。

 校長先生の話も聞くし、初めて教室入るし、自己紹介するし、教科書とか貰うし、うん。

 緊張はしてないけど、不安はすごくある。


「大丈夫よ正ちゃん。 芹崎先生もノートくんも居るんだし、不安がる必要ないのよ?」

「そう……だけど……。 見た目は……どうにもできない……から……」

「私は中学校までとは違うと思うんだけどな、母親の勘だけど」

「……母親の勘……外れたこと……ないもんね……」

「絶対とか思わなくてもいいから、ちょっとだけ頭の片隅に置いておきなさいな」

「うん……」


 お母さんの言葉が心の真ん中にじんわりと染み渡ってくる。

 不安は完全には消えないけど、だいぶ軽くなった気がする。

 ほんわかと安心を感じていると、学校の校門前に到着した。


 …………

 ……


 お母さんと二人で職員室に移動。

 朝練の生徒以外はまだ登校してないのかな。

 HRの一時間前だし、当然と言えば当然なのかな。


「小山内くん、お母様、おはようございます」

「おはようございます、本日からよろしくお願いします」

「おはよう……ごさまいます……」


 先生へ挨拶しながらお母さんの背後から顔を出すと、芹崎先生が固まった。


「芹崎先生? どうしたんですか? 先生? 先生??」

「…………ハッ!」

「顔ものすごく真っ赤ですが、大丈夫ですか?」

「すみません、想像以上だったものでして……。 もう、大丈夫です」

「そうですか?」


 芹崎先生には僕の容姿や性格について話してある。

 それである程度イメージしていたんだと思うけど、実物が超えてきたってことなのかな。

 まあ嬉しくはないんだけど……僕は男らしくなりたいわけで……。


「まずこれが教科書と時間割表です。 それから廊下に個人のロッカーが置かれてまして、この鍵が小山内くんのになります、紛失しないように管理してください。 この後の流れは、私と学年主任と一緒に校長室に行って権田原校長とお話します。 HRの時間になったら教室に移動して、通常授業が始まります。 お昼休みに学級委員が校内を案内することになってますので、覚えておいてください」

「は……はい……」

「不安が多いと思いますが、可能な限りチカラになりますので!」

「ありがとう……ございます……」

「息子のこと、よろしくお願いします」

「はい!」


 芹崎先生とお母さんが軽く雑談をしている間に学年主任の先生が来て、一緒に校長室に。

 ものすごく優しそうな校長先生に挨拶して、お礼を言って、激励を貰って。

 なんだか、良い学校みたいで安心した。

 怖い先生方じゃなくてよかった。

 学年主任の先生からずっと厳しい視線が飛んでた気がするけど……。


「まもなくHRの時間になりますので、今日から頑張ってくださいね」

「はい……頑張ります……あ、あの……」

「どうしましたか?」

「僕……ティックノックやってるんですが……校則的に……大丈夫でしょうか……?」

「ほう、ティックノックですか。 方に触れる事をしていなければ特に問題はありません。 我が校は自主性・積極性・向上心を重んじる校風です。 なので、部活動もサッカー部や文芸部をはじめ、ゲーム部や光君を応援し隊、ツチノコ探索部隊涼鈴支部なんてのもあります。 ですので、法を守りつつ自由に取り組んでください。 それに、何を隠そう私もゴルフ系ノッカーですから」

「校長先生が……ノッカー……?」

「そうです、再生数は三桁前半ですが非常に満足しています。 自由に楽しく。 私は同士と一緒に笑顔になれる事に幸せを感じているんです。 そんな私を見て妻も喜んでくれていますからね、とてもいいものです」

「同じ……ですね……」

「ふふっそれは良かった。 私と小山内くんはノッカー仲間ですね」

「は、はい……!」


 ノッカー仲間。

 なんて良い響きなんだろう。

 校長先生とってところが恐れ多いけど。

 ほのぼの話している内にチャイムが鳴り響いた。


 …………

 ……


 校長室を出たところでお母さんは帰っていった。

 授業を覗くわけにはいかないからって。

 僕と芹崎先生は誰もいない廊下を二人で歩いて行く。

 辿り着いたのは三階の奥から二番目、一年B組。


「私が先に入って少し話をします。 すぐに呼ぶので、少しだけ待っててくださいね」

「わ、わかりました……」


 にっこり微笑んで教室に入っていく。

 あれ、どうしよう、急に緊張してきた……。

 大丈夫だと思ってたのに……。

 心臓が早鐘を打って耳の奥に響いてくる。


 不安に思ってるだけで実感がなかったんだ。

 小中の時の好奇の視線や心無い嘲りを思い出して、体が震えだす。

 乙女が居たから大丈夫だったけど、今は知り合い一人居ない。

 好意とか関係なく、本当の意味で心の拠り所になっていたのを今更実感してしまった。


「小山内くん? 小山内くん!」

「え……あ……はい……」

「大丈夫? 今日は止めておく?」

「あ……」


 先生に心配をかけてしまった。

 どこか辛そうな顔。

 心がチクリと痛む。

 思わずしゃがみ込んで、手で顔を覆ってしまう。


「ノートくん……勇気をください……大丈夫……大丈夫……」

「ノートくん? ……ちょっと待っててね!」


 足音が遠ざかっていく。

 意識も遠ざかっていくような気がする……。


「クッキーくん!」


 ふわりと何かが覆い被さる。

 温かい。

 じんわりと体全体に広がっていく。

 意識がすーっと戻っていく感覚。


「クッキーくん、大丈夫だから。 俺が……ノートくんが側に居るから」

「ノート……くん……」


 弾かれたように顔を上げる。

 スポーツ少年のような外見。

 底抜けに明るくも、優しく柔らかい笑顔。

 思わず胸に顔を埋めてしまった。



 ----


「田ノ上くん!」

「え?」


 今日はずっと登校してなかったクッキーくんが来る日。

 どんな奴が来るのか楽しみで、普段より早く起きたら親に熱でもあるのかって言われた。

 ふざけんなっつーの! 文通みたいなことしてたんだ、楽しみにもなるだろ!


 HRが始まって、クッキーくん、小山内正優が呼ばれる。

 ……あれ? 入ってこない。

 教室中がザワめき始める。

 先生が廊下に出たと思ったら大きな声がして、戻って来るなり俺が呼ばれた。

 どうしたどうしたと思いながら廊下に出ると、小さくて華奢な子供がうずくまっている。


「クッキーくんです、ひどく緊張してしまったんだと思います……」

「……っ! クッキーくん!」


 思わず抱き締めて背中を摩る。

 そうだよな、怖いよな……大丈夫、大丈夫だからな。


「クッキーくん、大丈夫だから。 俺が……ノートくんが側に居るから」

「ノート……くん……」

「えっ」


 綺麗な顔が突然目の前に現れる。

 どどどどどういうことだ? 女の子? 男じゃなかったのか?

 やばい心臓がドキドキしてきた! 大丈夫か? 聞かれてないか?

 おおお落ち着け俺、宥めてるだだだだけだ医療行為? だからももも問題ないから!

 せ、先生! 先生助けて!


「ふふふ、大丈夫よ? 正真正銘、紛うことなく男の子だから」

「そ、そうなんだ。 よかった……のか?」


 小さいし、細いし、撫肩だし、女声だし、美少女顔だし……。

 ごめん先生、安心要素がどこにもないよ。

 ……まあでも、悪くないか。

 守ってやらなきゃな、新しい弟ができた気分だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る