第7話:その先へ、動きだす
第7話:その先へ、動きだす
復帰予定日の一週間前。
もう来週は学校に通う。
芹崎先生にも伝えてあるから、当日は早めに行って職員室で先生に挨拶。
それから校長先生に会って、ホームルームの時間に一年B組へ。
今はまだ緊張とかないけど、上手く喋れるか不安だな……。
動画投稿は相変わらずしてるけど、再生数もノック数も雀の涙。
でも全然気にしない。
今は僕が楽しければそれで良いし、家族がたくさん褒めてくれるから。
それに、僕の中で新しいことに手を出し始めてる。
PCくんを有効利用できるようになってきた。
シンプルに録音を試したり、動画編集について調べて実際にやってみたり。
録り溜めとか、エフェクトで面白いことできないかとか、歌ってみたり。
大量に追加されたフォントを見たり、自分を撮影してみたり……これはうん、無理だった。
撮られながら何したらいいか分からなくて、あわあわした映像だけが残ってた。
撮られ慣れてなさすぎて、レンズ向けられるとあわっちゃうみたい。
そんなこんなで投稿数も現時点で二十件。
今日の投稿は二十件突破記念で、PCの方で録音と編集をして上げてみようと思う。
今回はただの声真似じゃなくて、主題歌を登場キャラの声でサビだけ歌ってみようかと。
歌は上げてなかったし、記念に一回お試しで。
楽しそうでワクワク。
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お兄ちゃんの部屋の扉を見たら【録音中】の札が出てた。
わかりやすくて本当に助かる。
邪魔したくないし、わたしのせいでリテイクとか絶対泣く。
今回はなんの声真似やるのかなー♪ 楽しみだなー♪
るんるん気分でキッチンに。
りんごジュースを注いでソファでテレビ見ながら気長に待機。
晩ごはん前には上がるだろうし、食べ終わったらお母さんと見なきゃ!
ふんふふ~ん♪ 晩ごはんもなにかな~♪
…………
……
「ただいまー」
お父さんとお母さんが揃って帰ってきた。
同じくらいのタイミングでお兄ちゃんも降りてくる。
「おかえりー」
「おかえり……」
「晩ごはん今から作るからねー、優さんのチャーハン」
「ちさ子の中華スープ」
「お湯かけるだけのやつね、超簡単!」
「それならコーンスープがいいなー」
「なにおう? お母さんの中華スープが飲めないってのかい?」
「やーめーれー」
脇こちょこちょしてこないで!
胸に指当たってるし! まったく!
「ほれほれ、着替えてくるから机拭いたりしといて」
「はーい」
…………
……
晩ごはんのメニューが机に出揃う。
いただきますして食事開始。
「今日はどうだった?」
「んー、マキちゃんと駄菓子屋行ったくらいかなー」
「あらいいわね、おばあちゃんまだ元気にしてるかしら」
「元気だよ、今日ヤンキー投げ飛ばしたって笑ってたし」
「相変わらず嘘か本当か分からない逸話が増える人よね」
謎が多いおばあちゃんだからね、駄菓子屋さんの。
轢かれそうな猫を助けたとか、強盗返り討ちにして突き出したとか。
岩殴って砕いたとか空中で五歩歩いたとか、意味分からないのも多いけど。
唯一目の前で実際に見たのは、河川敷で軽快にダンボールサーフィンやってたのくらい。
「そういえば、もう一つあった」
「ん?」
「お兄ちゃんが今日投稿した」
お母さんがおもむろに立ち上がって、家族共有PCに向かおうとする。
「ご飯ご飯、食べてからでしょ」
「いやだって、ほら、PCつけないと」
「逃げないから、食べてからにして? ほら座って座って、本来これ立場逆だからね」
「ちぇーっ」
渋々席に戻るけど、毎回コレだから困る。
まあわざとごはん中に言ってるのもあるんだけどね。
お兄ちゃんが顔真っ赤にするから。
今日も可愛い。
「はい、食べ終わったー。 今日も美味しかったですよ、優さん」
「うむ」
「わたしもごちそうさま」
「うむ」
「ごちそう……さまです……」
「美味かったか」
「うん……すごく……美味しかった……」
「うむ」
お父さんがお兄ちゃんの頭をポンポンする。
猫みたいに目を細めるのがマジでヤバい、反則だって……。
はーかわ、はーかわですわ、はーかわ!
目の保養をしている間にお母さんかPCに陣取ってた、出遅れた!
「そろそろ再生するけどいい? まだダメ?」
「ごめんごめん、再生して大丈夫」
「ちょっと音量上げとくね、はい再生っと」
~♪
「「…………え?」」
「ん……?」
「ど、どうしたの……みんな……?」
「「歌うまっ!」」
「うむ」
え、なにこれ、超上手いんだけど……。
そういえば、家族でカラオケ行ったことないかも。
反応からすると、お母さんたちも聞いたことないってことかな?
「アン○ンマンとか聴いたことあるけど、園児だったし……そういえばそれ以外聴いたことなかったわね……合唱コンクールとか仕事で行けなかったし」
「そう……だったっけ……」
「すごいわね、心臓止まるかと思うくらいビックリしたわ。 しかも声真似しながらでしょ? どんだけ高レベルなことやってるのよ」
「地声で下手な人なんて山ほど居るからね、お兄ちゃんすごい」
「は……恥ずかしい……から……」
顔全体真っ赤にしちゃって可愛いかよ!
っていうか本当に凄いなお兄ちゃん。
声真似自体がまず上手い、その上で歌が上手いから、元からある曲みたいに聞こえるよ。
でもたしかこの主題歌はカバーされてなかったはずだから、存在しないんだよね。
「その……今日ので二十本……超えたから……記念で歌ってみた……感じ……」
「そっかそっか、また歌ったりするの?」
「どうだろ……たまに……かな……」
「声真似の次に期待してるわね♪ 正ちゃんのお歌♪」
「うん……」
今日は何度も顔赤くしちゃう日なのね。
それにしても、声真似はリクエスト受けてくれるけど、歌はどうなんだろ……。
もし大丈夫なら今度お願いしてみたいなあ。
絶対キャラソン出ないキャラの歌声聴けるってことでしょ? ヤバくない?
あー沼っちゃう。
お兄ちゃんにもっと沼っちゃう。
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五月三十一日。
明日は学校復帰の日。
一回も着れてなかったけど、念の為出した制服のクリーニングを回収。
教科書は受け取れてないから、それは明日貰うから良し。
筆記用具だけ入れたカバンで登校……なんかちょっと変な感じがする。
ノートくんの先週分のノートはあと二日分あるから、まだお家にあっていいよね。
今週のは三日分で学校で受け取れるし、授業自体は追いつくの問題ないかな……たぶん。
問題があるとすれば実技系かな、音楽とか家庭科とか体育とか……。
さすがにノートとらない教科あるし、どうにかなってくれるといいんだけど。
ひとまず勉強終わらせてしまおう。
今日は観たい番組あるし、時間作っておきたい。
番組表で見てずっと気になってたから、絶対見逃したくないんだよね。
世界の猫ちゃん大集合! 可愛い・おもしろ・ハプニング! 厳選映像4時間スペシャル。
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「みっちゃーん、居るー?」
「んあー? どしたん、職場まで来るなんて珍しいじゃん」
「いや、携帯出なかったから、副業中かなって顔出してみたけどビンゴだったね」
「そゆことね、んで? 何か用があったんじゃなかったん?」
「んー、用事っていうか確認っていうか……」
歯切れが悪い同期につい鋭い視線を向けちまう。
普通に良い奴だし、見た目の割にストイックだし、信用できる奴。
でも頭の中でまとめてから喋るとこがあるから、たぶん今もそんな感じだと思う。
だが俺は、浮かんだらすぐ口から出ていくタイプだから、ついイラッとしちまう。
「二年前にやった『つけもの!』覚えてる?」
「覚えてる覚えてる、主人公の漬物屋の息子、
「OP覚えてる? ライス・オブ・チョップスティックだったと思うけど」
「そりゃ覚えてるよ、ミリオンいったんだぞ? アニメと関係ないところで」
「じゃあ曲とか歌詞もなんとなく覚えてるよね?」
「そりゃまあ……なんなんだよ急に二年前のアニメの話なんか持ち出してよ」
「これ聴いてみてくれない?」
「あ?」
差し出されたイヤフォンを耳にはめる。
話の流れ的に箸飯の『糠漬け流星群』を聴かされるのは分かるんだが……。
意図が分からんのよ意図が、いや聴くけどさ。
「再生押すね」
「おう」
~♪
「は? ……いやいや、なんだこれ。 おい王子、どういうことだこれ」
「反応的にみっちゃんが歌ったものじゃないってことだよね」
「そりゃカラオケで歌うことはあったけど、原曲とカラオケじゃオケが違うし」
「他で歌ったことは?」
「ちゃんとしたスタジオで歌わない限り、どこで歌っても音質の問題が出てくるだろ」
「ってことは、これは本物か……」
「俺が歌ってないんだから本物じゃねえよ、何言ってんだよ」
「ああごめん、本物の『声真似』で『歌ってみた』なんだな、って意味」
俺が歌ってない以上、俺じゃない誰かが歌ってるのは間違いない。
どこかで収録もしてない、俺自身で録音もしてない。
そもそも糠星は公式でカバーされてないから、箸飯の音源しか存在しない。
「正直聴いてみてどう思った?」
「自分で歌ったと錯覚はした、似てるっていうか、俺じゃね? って思ったよ」
「この声真似系ノッカーヤバいよ、声真似二十本に歌一本、どれもクオリティが本人レベル」
「ノッカー名は?」
「のなめ、年齢・性別不明、映像も白背景に黒文字オンリーだから外見も謎」
「謎しかないな……結局名前も謎だし」
「名前はのなめだって……」
「ローマ字にしろ、バカ王子」
「のなめをローマ字……NoNameって本当だ! ノーネームって名無しじゃん!」
「だろ? ティックノックは本名かそれに近い名前を付ける奴が九割だ。 その中で名無し」
「注意の必要はないけど、注目は必要だね、メチャクチャ面白いって意味で」
「だな、俺もそう思ったわ」
謎の声真似系ノッカーのなめか。
どんな奴なんだ? 容姿は? 年齢は? 声優業界に来るのか?
歌唱力もあるし歌手になるのか? 地声はどんなんだ? 謎だらけとか
この世に存在しない音源を生み出したノッカー、目が離せなくなりそうだ。
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