第6話:止まったり、その先へ

 第6話:止まったり、その先へ


 お母さんと出掛けてから暫く。

 今日は五月のど真ん中。

 あの後は怒涛の日々が過ぎていった。


 道順的に楽器店に先に行って、商品発送を頼んで支払い。

 後日設置の件で話をするらしい。

 それからPC店に移動して、商品発送を頼んで支払い。

 これも設置の件で話をするみたい。

 結局帰りは手ぶらだった。


 それから何故かリフォーム会社に寄って、複数人のスタッフさんとお母さんが話す。

 なにやらコソコソしてて何の話かは聞こえなかった。

 合間合間にどこかに電話してたけど、本当になんなんだろう?

 一通り話し終わったのか、また二人で手を繋いでお家に帰った。


 次の日から僕はお父さんと、優香はお母さんと寝るようになった。

 なんでも、二階にリフォームが入るらしい。

 リフォームの必要なんて無かったと思うけど、何かあったんだろうね、きっと。

 どんな風になるのか楽しみ。


 それ以降は、昼の間に色んな人が出入りして、着々と工事が進んでいく。

 その間も届けられた勉強をやったり、たまに投稿したり。

 そのお陰か失恋の事はだいぶ忘れるようになっていた。

 思い出しても声が出ないなんてこともなくなったし、癒されてるのを実感してる。


 そして今日、工事が完全に終わって二階に上がれるようになった。

 まだ誰も帰ってきてないから、全員揃うまで我慢我慢。

 ……はやく帰ってこないかなあ。


「ただいま、お兄ちゃん」

「優香……おかえり……」

「今日で工事終わりでしょ? もう見た?」

「みんなで……見たいから……」

「そっ。 わたしもそうしよっと」


 優香はソファに飛び込んでゴロゴロしながらテレビをつける。

 お母さんとお父さんが帰ってくるのはまだだし、ゆっくり待ちましょうか。


 …………

 ……


「ただいまー」


 二人が揃って帰ってきた。

 お父さんがどこかソワソワしてるように見える、気のせい?


「あら二人共、なにやってるの?」

「お父さんとお母さんが帰ってきたら一緒に二階見に行こうって、お兄ちゃんが」

「うん……待ってた……」

「行こう」

「ふふふ、そうしましょうか」


 やっぱり楽しみにしてたんだね。

 ってことは、お父さん絡みのリフォームだったってことかな。

 どんな風になったのかな。


「部屋の配置とか広さはそこまで変わらないわ、当然部屋割りもね」

「はーい」

「わかった……」

「うむ」


 四人揃って二階に上がっていく。

 ん? 何も変わってないように見え……るけ……ど……。

 おかしいな、僕の部屋があった場所だけ明らかに変わってる。

 いやいやいや、あの重厚な扉はなに?


「ほら正ちゃん、あなたの部屋のリフォームをしたのよ? 一番最初に見に行きなさいな」

「え……そう……だったの……?」

「ふふふ、私たちからの応援プレゼントよ♪」

「受け取ってくれ」

「わたしは今知ったけどね」

「分かった……」


 扉の前に行くと、重厚な黒い扉に銀色のレバーが付いているのが分かった。

 レバーに太めの爪が付いてる、完全に密閉するタイプのアレ。

 ガショッと音を立ててレバーを横向きになるように持ち上げる。

 ゆっくり開けて電気を点けると……。


「なにこれ……すごい……」

「これは寝室兼防音室よ♪ 外からの音も、外に出ていく音も防いでくれるわ。 あとは天井とか床も防音処理をしてるから、家の中の音も部屋に入ってこないの。 あとは……アレね」

「パソコン……マイクとかも……凄い、なにこれ……」

「一緒に買いに行ったでしょ? 覚えてないかしら」


 忘れるわけがない。

 あの日からお家の中がバタバタしてたんだし。

 こんな凄いもの本当に貰っちゃっていいのかな……。


「良いに決まってるでしょ?」

「え……?」

「考えてることくらい分かるわよ。 母親の目を舐めちゃダメよ?」

「わかった……ありがとう……」

「PCは今作れる物で一番相性が良いパーツの最上級品を使ってるわ。 容量は気にしなくていいわよ? 五百テラ詰んでるから。 それとプロ御用達のマイクを二本、一つは天井から吊るしてモニターの前に、もう一つは移動できるようにマイクスタンドに。 PCとマイクの間には最新鋭のオーディオインターフェースを噛ませてあるわ、将来楽器やりたくなったら繋げられるし、マイク増やしたいならそれも可能よ。 スピーカーは立体音響用のスピーカーとモニター出力、ヘッドホン出力の切り替えができるわ。 モニターは三十インチ三つをマルチモニターに、作業の同時進行とか、動画流しながら作業したり色々便利に使えるわね。 他にもプロが使ってるソフト類とオフィス系も全部入ってるしボイ○ロイドとボー○ロイドも入れてるわ、いつ何時必要になるか分からないからあっても困らないでしょ? だから他にも色々入れてあるから確認しといてね。 ゲームコントローラーもあるから、PCゲームもできるわ。 あ、家族共有PCに入れてたマ○クラもアカウントとか諸々移行してあるから。 HDMI入力にも対応してるから据え置きゲームも取り込めるわ。 それと……あれも……これも……あと……」

「なんか……頭痛くなってきた……」

「気が合うわねお兄ちゃん……」

「うむ……」


 それからもう暫くお母さんは止まらなかった。

 途中で離脱したお父さんが晩ごはんを作り始めて、その匂いでようやく止まってくれた。

 僕は最後までちゃんと聞いたよ、大事なことだと思ったし、お母さんの優しさだから。

 ちなみに僕の寝室だから、普通にタンスとか本棚とかベッドも置かれてるよ。


「みんなごめんね? 話してたら楽しくなってきちゃって……」

「大丈夫……分からなくなったら……また教えて……ね?」

「うん、うん! 任せてね正ちゃん♪」


 優しく撫でられて、つい目が細くなる。

 やっぱり、お母さんの撫で方が一番優しくて好きだな。

 二番はお父さん、大きい手が気持ちいいんだよね。


「明日から……楽しみ……」

「そうね、気になるだろうけど明日の方がじっくり腰を据えてイジれるものね」

「うん……あとね……」

「ん?」

「……六月になったら……学校行くね……」

「「「!!!」」」


 みんなの視線が一斉に僕に向けられる。

 うん、そうなるよね、急だし。


「思い出しても……声出なくなるの……なくなったんだ……」

「うん……」

「みんなが……良くしてくれるから……思い出すのも……減ったし……」

「うん、うん……」

「乙女に会ったら……分からないけど……学校は……行きたいなって……」

「分かった、分かったよ。 頑張ったもんね、大丈夫になったんだね」


 お母さんが優しく抱き締めながら頭を撫でてくれる。

 たくさん心配かけちゃったな……。

 学校に関係ないことで休んじゃったし、ノートくんにもお礼言いたいし。

 校長先生も便宜をはかってくれたし、芹崎先生は僕のために泣いてくれたって。

 お礼を言いたい人もたくさんだ。


「お兄ちゃん、部活どうするの? 入るの?」

「部活……か……二ヶ月経っちゃうし……今更難しい……かな……」

「うむ……」

「まあそうね、ちょっと入り辛いかもしれないわね」

「それで言ったらクラスだってグループできてるんじゃ……え、大丈夫?」

「こーら、不安煽るようなこと言わないの! 事実だけど!」

「ちさ子もだ」

「大丈夫……最初は……ノートくんと……友達に……」


 ノートくん、まとめるの上手くて、抑えるポイントも書いてくれてた。

 分かりづらかったところとか、難しかったところを書いたら、説明を添えてくれた。

 すごく優しい人。

 だからきっと、友達にも……なってくれるかな。


「そうね♪ ノートくん、いつかお家に呼べるといいわね♪」

「是非呼びなさい」

「友達に……なれたらね……」

「初登校の日わたしが付き添おうかな……ぼっちになっちゃうんじゃ……」

「こらこら、その日は優香も小学校あるでしょ。 サボっちゃダメだからね」

「なら父さんが」

「優さんは作家さんと打ち合わせの後、社長交えて会議あるでしょ? 怒るわよ?」

「「ごめんなさい」」

「わかればよろしい」

「ふふふ……」

「お兄ちゃんが……声出して笑った……」

「まっ♪ 珍しいこともあるのね♪」

「うむ、うむ」


 優しさに包まれて、幸せな気持ちが胸いっぱいに満たされていく。

 その温もりをしっかりと感じながら、僕はベッドに潜るのだった。

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