第5話:一歩前進、止まったり

 第5話:一歩前進、止まったり


 お母さんに言われた日曜日。

 何があるのか分からないけど、外に出かけるのだけは教えてくれた。

 のんびりと着替えながら今日までに上げた動画を眺める。

 今の投稿頻度は二日に一本。

 たぶん少ないんだろうけど、楽しいし、良いかなって。

 Gガンのドモ○、シャイニングゴ○ドフィンガーの前口上と叫びだったり。

 CC○くらの木之本○、カードを使う時の口上だったり。

 イナ○レの円○守、ゴッド系キーパー技を数個連続でやったり。

 楽しすぎる。


「正ちゃん、準備できた?」

「うん……今行く……」

「外で待ってるわねー」


 パタパタと遠ざかって行くのを聞きながら靴下を履く。

 スマホと財布を持っていざ外へ。


「お待たせ……」

「ううん、私も今来たところ」


 …………本当にどこに行くんだろ?


 …………

 ……


 お母さんと二人で電車に揺られながらガタンゴトン。

 到着したのは秋葉原、日曜日だからか人の数が凄い。

 あ、歩行者天国でストリートダンスやってる、典型的なオタクみたいな格好の人達だ。

 アフロさんにキノコ眼鏡さんにバンダナ糸目さん、グルングルンすごい。


「ほらこっちよ、行きましょう?」

「あ、うん……」


 お母さんが僕の手を握ろうとして途中で止める。

 どうしたんだろうと思いながらその手を握って隣を歩く。

 心なしかお母さんの顔がふやけてる気がする。

 久しぶりに手を繋いだからかな。


 喋りながら歩くこと数分、到着したのはPC店。

 どうしたんだろ? 仕事で使う何かを買いに来たのかな?


「店員さん、ちょっといいかしら」

「いらっしゃいませ、いかがなさいましたか?」

「お金に糸目はつけませんので今作れる最高クラスのゲーミングPCと、オススメの一番良いモニターを三つ、三画面にしますのでそれ前提でお願いしますね? あとウェブカメラも一番良い物をちょうだい。 それからゲームもするだろうからコントローラーと、キーボードとマウスは光る奴が格好いいかしら? それから……あれと……これと……それと……」

「かかかかかしこまりました! 各売り場担当総動員で全力で組ませていただきます!」


 ……何が起こってるのか分からない。

 目の前を何人もの店員さんがあっちにバタバタ、こっちにバタバタ。

 上へ下へ慌ただしく指示を出し始めた。

 ギャラリーも集まってきてるし、ただ事じゃないのだけは嫌でも分かった。


「正ちゃん、時間かかるみたいだから一旦次のお店に行きましょうか」

「え……あ……う、うん……?」

「ふふふ、楽しいわね♪」

「……そうだね……楽しいよ……お母さん……♪」

「「「「「「きゅんっ!!!」」」」」」


 うわっ周りの人がバタバタ倒れだした! なになに!

 店員さんも何人か居るけど大丈夫なの?! 警察? 消防? 救急車!


「あわわわわわ……」

「ぶふっ! だ、大丈夫よ正ちゃん……ふふふ……行きましょう」

「あわわ……大丈夫なのかな……」


 手を引っ張られるままお店を出たけど、流石に心配だよ……。

 お母さんはずっとクスクス笑ってるし、もう何がなんだか……。


 手を繋ぎ直してまた隣を歩く。

 ほどなくして到着したのは……楽器店?

 誰か楽器やってたっけ?


「店員さん、すみません」

「はい、何かお探しでしょうか?」

「プロ用マイクってありますか?」

「NeumannU87Aiが代表的になりますが、ご希望の製品はなんでしょうか?」

「あ、それです、在庫はありますか?」

「少々お待ちください……そうですね、当店に一つ、一番近い支店にもう一つありますね」

「支店さんのはこの後買いに行きますので取り置いてもらって、このお店のは今いただきますね。 あとマイクスタンドと天井から吊るすのに使えるスタンド、オーディオインターフェースはFireface UFXIIを。 あ、でも一応相談したいです、それから録音とか編集に役立つソフトってあります? あと設置サービスとかあると嬉しいんですが……それから……あと……こういう……」

「はははははい! 各担当部署の者を呼びますのでお待ちください!」

「あれ……デジャブ……?」


 また店員さんがあっちこっちにバタバタドタドタ。

 また他のお客さんが集まって来ちゃってる……恥ずかしいよう……。


「なんか緊急会議開くから時間欲しいですって」

「緊急会議……!」

「時間できちゃったし、ご飯食べに行きましょうか」

「うん……あの……ワガママ言って……良いかな……」

「あら珍しい、どうしたの?」

「その……メイド喫茶……行ってみたいな……って……」

「えっ! …………メイド喫茶って母親と行くものなのかしら? いやでも別にやましいお店じゃないし、メイドさんが居るただの喫茶店なわけだし、でも母親と? いいの? 最初はこう恥ずかしそうに行くものじゃないの……? どうしよう分からない間違ってない? ねえ間違ってない?!」


 ブツブツ言いながら俯いちゃったと思ったら、大きい声で周りに問い掛け出した。

 ビックリした……。

 釣られて周りを見ると、どうなんだろうとか、別に悪くないんじゃとか聞こえてくる。


「せ、拙者は悪くないと思うでござる!」

「そ、某も自由意志ではないかと……母上殿も楽しい思い出になるのではと……」

「いんじゃね? ママさんも楽しんじゃえば」

「だよね、あーしもそう思う。 たっくんと行った時なに気楽しかったし」

「オタクさん方、バンドマンさん方、オススメのお店を是非……」


 集まってる人たちの方に向かって歩いて行くお母さん。

 コミュ力お化けってこういう人のことを言うんだろうね。

 僕にはとてもじゃないけど真似できそうにないや……。

 一頻り話し終わったのか、お母さんが戻ってくる。

 というか、話の輪の中に店員さん居なかった?


「お母さんも楽しむことにしたわ、めいどり○みんっていう大人気店があるんですって」

「あ……行きたかったところ……」

「良かったわ、行きましょうか。 みなさんありがとね!」

「あ、ありがとう……ございます……」

「「「「「「きゅんっ!!!」」」」」」


 またバタバタと人が倒れていく。

 流石にもう驚かないよ。

 ちゃんと僕も学習してるんだから、天丼っていうんだよそういうの。

 倒れている人に小さく手を振って、お母さんの手を握ってお店を後にした。



 ----


 拙者はメイド喫茶のプロ、メイドに土産という者でござる。

 拙者を知る者は皆「土産さん」と呼ぶ。

 今日も今日とて聖地めいどり○みんへ赴き、女神みかりんに会いに行く。

 本日は晴天なり、絶好のメイド喫茶日和、善哉善哉。


 颯爽と入店し、拙者の女神みかりんを探す。

 出勤であることは既に把握済み故、休憩でなければ居るはずなのだが……居た!

 ふっふっふ、拙者との逢瀬を待ち望んでいたという顔をしておりますな、ふっふっふ。

 拙者は颯爽と歩き出し、颯爽と着席し、颯爽且つスマートにメニューを開く。


 やはりここは、ふたご○くまたんオムライスか……。

 いやしかしハンバーグもカレーも捨て難い……このくまたんが良いんでござるよ。

 うむうむ悩んでいると、周囲から音が消えたことに気が付いた。

 どうしたのかと思い周りを見ると、皆一様に入口を見て固まっているではないか。

 釣られて視線の先を見ると、この世の者とは思えない絶世の天使が降臨なさっておられた。



 ----


 モデルさん? お人形さん? 貴族様? 天使様? 女神様?

 分からない、目が離せない、なにあの美少女!

 思わず私は入口へと走り出し、入口の右側に立って姿勢を正す。

 私の行動を見た同僚たちがハッとして左右に伸びる壁を作り出す。


「「「おかえりなさいませ! 奥様! お嬢様!」」」


 寸分のズレもなく、一斉に皆の頭が下げられる。

 他のお客様から感嘆の声が上がるが気にしていられない。

 これは一大事だ、天使様二名のご来店だ!


「わたくしメイド長を務めております、みかりんと申します」

「は、はあ」

「お席にご案内致しますので、どうぞこちらへ」


 今までの人生で一番のカーテシーが決まる。


「これが……メイド喫茶……すごい……すごい……」

「そ、そうね、たしかに凄いわ」


 お嬢様天使様は少し緊張しているのでしょう、お声も小さくたどたどしくなっているわ。

 奥様天使様は……あれ、奥様? お姉様? でも母性がこれでもかと溢れてるし……。

 うん、奥様天使様はきっとこういう場に不慣れなだけに見受けられるわ。

 私がしっかりとご案内しなければならないわね、大役よ!


 …………

 ……


 天使様が着席されて、仲良くメニュー表を眺めていらっしゃる。

 なんて素晴らしい姿なのかしら、涙が出そうだわ。

 そんな事を考えている間にお店の中も普段の喧騒を取り戻そうとしていた。

 眼鏡バンダナに大量の汗をかいている……土産さんでしたっけ? 天使様を凝視してます。

 なんでしょう……無遠慮で汚らわしい……ゴミが……おっとごめんあそばせ。


「みかりんさん、よろしいですか?」

「はい、奥様」

「この、ふたご○くまたんオムライスと、カルボナーラを。 飲み物にメロンソーダとホットコーヒー。 食後に森の木陰○うさちゃんパフェください」

「かしこまりました、しょうしょ」

「あと」

「! ……はい!」

「メロンソーダには、みかりんさんが素敵な名前を付けて持ってきてちょうだいね?」

「お、お母さん……」

「……かしこまりました!!」


 周りが一気にザワつく。

 同僚達も喉を鳴らして息を呑んだのが伝わってくる。

 これは、天使様からの試練だ……乗り越えねば……!


 …………

 ……


 ドリンクは最初に提供される。

 いきなり、いきなりだ。

 心臓がドクドクと早鐘を打ってくる。

 ふう……みんな、行ってくるね!


「お待たせ致しました、ホットコーヒーです」

「ありがとう」

「お待たせ致しました……草原で眠るひよこちゃんソーダです」

「か、可愛い……」

「いいじゃない、好きよ」

「やった!」


 このお店で提供するメロンソーダは、丸いバニラアイスが乗ったフロートがデフォ。

 本来はないんだけど、他の商品みたいにひよこの顔を付けてあげた。

 この対応が功を奏したのか、天使様方からお褒めの言葉を賜れた。

 ああ、幸せ……。


 …………

 ……


 その後はメインが、最後にデザートが運ばれ、終始和やかに楽しげに食事をされていた。

 口数少ないお嬢様天使様と、明るくも和やかな奥様天使様。

 はあ尊い……崇め奉りたい……お持ち帰りしたい……。


「みかりんさん、お会計おねがいします」

「かしこまりました、奥様」

「ありがとう……ございます……」


 お礼をいただいてしまった、嬉しすぎる。

 はあ、この至福の時間がもう終わってしまうのかと思うと、ちょっと寂しい。


「いってらっしゃいませ、お嬢様、奥様」

「ま、また……」

「みかりんさん、一つ訂正いただきたいんですが」

「え……?」

「お嬢様と奥様じゃないわよ、私たち」

「お、お母さん……僕気にして……ないから……」

「ぼ、僕……?」

「この子、私の息子だから、ご主人様だから。 次は気を付けてね?」

「「「「「「ええええええええええええええええええええええ!!!」」」」」」


 いやいやいやいや、え? 嘘でしょ?

 男の子? 誰がどう見てもまごうことなく女の子でしょ?

 声だってそうだし、女子小学生でしょ? 娘さんじゃないの?

 あれ? あれれ? 目と頭がおかしくなったのかな?


「この子、こう見えて男子高校生だから。 十五歳だから。 あ、ちんちん見る?」

「ちょっ……! お母さん……!」

「ふふふ、さすがに冗談よ」

「す……」

「「す……?」」

「す……好き!!」

「逃げるわよ正優!!」

「わっ……」


 ロリショタご主人様に抱きつこうとしたら、奥様天使様の手でかわされてしまう。

 すごい速さで遠ざかっていくのを、私は指を咥えて見ていることしかできなかった。

 ……セイユウ様というのですね、私のご主人様♪

 次はいつ会えるのかしら♪


 …………

 ……


 その後、私たちメイドの間で伝説の存在と化したセイユウ様親子。

 見かけたという話も全然聞かないし、普段からアキバに来てるわけじゃないのかな。

 あのゴ土産さんが毎日うろついて探してるって言ってた、死ねばいいのに、汚らわしい。

 それから、


「無茶振り……」

「私も楽しむって言ったでしょ? お母さんなりに楽しんでるつもりなのよ」

「それにしたって……」

「あんなお貴族様を迎えるみたいにされちゃったらさ、奥様ムーブしたくなるじゃない?」

「まあ……わからなくも……ないけど……」


 という話をしていたというのを後から聞いた。

 良い、最高だったから良い、全然許せる!

 むしろ早く、早くまたのご来店お待ちしております!

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