第4話:これから、一歩前進

 第4話:これから、一歩前進


 あれ、正ちゃんが何か楽しそう。

 どうしたんだろう?

 何か心境の変化があったのかな?


「優さん何か知ってます?」

「いや」

「ですよね……優香は?」

「知らな~い」

「あらそうなの? ……気になるわね」


 晩ごはん食べてる時の雰囲気がなんかこう……。

 楽しそうっていうか、嬉しそうっていうか。

 ちょっと前よりほんわかしてる気がしたのよね。

 聞いても大丈夫なことなのかしら?


「悩むわね……」

「待ったほうがいいんじゃないかな」

「あら、どうして?」

「お兄ちゃんの性格的に」

「俺もそう思う」

「んー……そうね、問い詰める感じになっちゃいそうだしね」


 気になるのは変わらないけど、そうね。

 悪いことしてる感じじゃなかったし。

 そういうことできる性格じゃないし。

 あんなにほんわかしてたら、そう待たずに話してくれるかしらね。


「優さん、お茶いります?」

「頼む」

「わたしもー」

「はいはい」


 引き続きゆっくり見守りますかね。

 話してくれたら、全力で応援しましょ。



 ----


 五月一日。

 キリが良いかなと思って準備に時間をかけることにした。

 ついに今日、第一歩を踏み出すよ。

 どうしよう、すごい緊張してる。


「すー……ふう……すー……ふう……」


 数回深呼吸して、録音ボタンに指を伸ばす。

 よし、覚悟はできた。

 もう緊張はない。

 いざ録音スタート。


 …………

 ……


 いざ録ってみると、思いの外あっさりというか。

 短い動画だからこんなものなのかな?

 すごい落ち着いてできたと思う。

 何回か再生してみたけど、クオリティも問題なさそう。


「次は編集か……」


 白い壁にカメラを向けたから、画面がホワイトボードみたいになってる。

 これなら文字乗せやすいしと思うし、良さそう。

 アニメのタイトルとキャラ名、あとはセリフの文字起こしっと。

 今回は大人気アニメだから、誰が聞いても分かってもらえるよね。


 文字の位置を細かく調整。

 色は黒以外もあった方がいいのかな?

 あ、カラフルすぎるのは駄目だ、黒と赤と青だけにしとこう。

 本当にホワイトボードだと思った方が、配置とか考えやすいや。


「こんな感じかな……あとは動画タイトル……プレビュー見て……」


 よし、問題ないかな。

 一本目だし、投稿重ねて調整とか変更していけばいいよね。

 うんうん、きっとそういうものだ。


 楽しんで作れたと思う。

 今の嬉しさを詰め込めたと思う。

 好きなことができる幸せな気持ちが伝わってくれたらいいな。


「よし……投稿……」


 数字は正直気にしてない。

 見た人が喜んでくれたなら、ノックが無くても構わない。

 楽しい、ふふふ、楽しいな。


 そうだ、優香に教えなきゃ。

 ありがとうって言わなきゃ。

 嬉しいって、幸せだって伝えなきゃ。

 部屋に居るかな?



 ----


 ベッドでゴロゴロしながら漫画を読んでたらノックが聞こえた。

 誰だろ?


「開いてるよー」

「優香……ちょっといい……?」


 お兄ちゃん!

 身だしなみ、髪の毛、よし!

 ドアオープン!


「どうしたの?」

「あのね……何かやってみればって……言ってくれたやつ……」

「ん? そんなこと……ああ、言ったねリビングで」


 モジモジして可愛い……なに、どうしちゃったの、誘ってるの?

 襲って良いっていうサイン?


「うん……ありがとう……楽しいし……幸せな気持ちに……なれたよ……」

「え? どういたしまして? ……何やったの?」

「その……ティックノックに……声真似投稿した……」


 なに! 顔赤くして! モジモジ!

 あーほんと美少女すぎて辛い、ヤバい、鼻血出そう!

 ……って、え? 投稿?

 ティックノック? え?


「……マ?」

「え……マ……マ……うん、マ……」

「お……」

「お……?」

「お母さーーーん!!!」


 ちょちょちょちょちょちょちょちょ!

 何黙ってやってくれちゃってんの!

 家族共有PC! お仕事の時がきたよ!

 年齢制限でわたし見れないんだよー!


「どうしたのよ大きな声出して」

「お母さん、落ち着いて聞いてね……はぁはぁ……落ち着いて……はぁはぁ……」

「あなたが落ち着きなさいな」

「ふうー…………お兄ちゃんが動画投稿者になってた!」

「ん? 何になってたって?」

「動画! 投! 稿! 者!」

「……パソコン電源入ってる? どこ? ほら早く、どこに投稿されてるの?」

「ティックノック! アカウント作らないと見れない!」


 お母さんの指が別の生き物みたいにキーボードを打つ。

 ティックノックに移動、アカウント作成、検索。

 次々に画面が切り替わるのを目で追うのも大変だ!


「なんて名前でやってるか聞いた?」

「あ、聞いてなかった」

「のなめ……だよ……」

「お兄ちゃんナイス!」

「のなめ……NoName……なんで名無しなの?」

「え……なんとなく……?」


 あふん、お兄ちゃんのお茶目さん。

 ネーミングセンスはないけどそこが好き。

 でもわたしたちの赤ちゃんはわたしが名前つけるから安心してね。

 男の子だったら何がいいかな、お兄ちゃんの名前の一部があった方g……


「あったわよ。 動画は一つだけなのね」

「今日が……初めてだから……」

「なるほど、動画投稿一本目記念日ってことね」

「ハッ! 再生! 再生しようよ!」

「おかえり、はいはい再生っと」


 短い動画だった。

 白い背景に黒い文字、シンプルで嫌いじゃないけどティックノック的にはどうなんだろ?

 スピーカーから可愛らしい女の子の声が流れてくる。

 表示されてる通りあの子か、やっぱりクオリティたっか!


「この声正ちゃんなの? すごいわね、別人じゃない」

「でしょ? すごいよね、マジでそっくりなんだよ? むしろ本人?」

「本人じゃ駄目じゃない」

「それくらい似てて上手ってこと!」

「ふーん。 正ちゃん、お母さん生で聞きたいな」


 なんでもないように言うけど、実際結構な無茶振りだよ? お母さん。

 まあ、お兄ちゃんなら断らないとは思うけど……。

 今回投稿されたのは魔法少女イタリアンヌ、土朝の魔法少女枠で絶賛放送中。

 敵幹部に洗脳されて生み出された敵役の魔法少女、主人公の大親友でライバルポジション。


「え……うん…………あ、あたしの魔法はアンタなんかに負けないんだから! 調子に乗らないでよね!」

「きゃー! 安定のツンデレクソザコセリフ! マカロニ・キャベリッチちゃん!」

「本当に別人ね……動画の声そのまんまだし、すごいわ」


 あれ? お母さんも昔から声真似聞いてたと思うんだけど。

 あーでも、小さい頃は別としてリビングでやる回数って言うほど多くなかったんだっけ。

 今のお兄ちゃんの凄さが伝わってくれて、わたしは嬉しいよ、うんうん。


「正ちゃんは、声真似とか動画投稿好き?」

「うん……楽しくて……嬉しくて……幸せな気持ちになれる……かな……」

「そう……今週の日曜日、時間空けといてちょうだい?」

「??? うん……」

「ふふふ、その日まで秘密よ♪ そんな欲しがりさんな目をしても駄目♪」

「そんな目してた? わたしわからないんだけど」

「うう……」


 顔真っ赤にしてモジモジしてるお兄ちゃん。

 はーかわ、はーかわですよ、はー落ち着かなきゃ。

 正直適当に言った言葉だったけど、お兄ちゃんの助けになったなら良かったのかな?

 何か、なんて無責任だったと思うし、アドバイスになってなかったと思うし。

 それでも、その心が少しでも軽くなってくれたんなら、あの日のわたしグッジョブ!



 ----


 内気な息子、内気を忘れる。

 ニヤッと笑って、悔しがって、格好つけて……知らない顔ばかりだったな。

 本当に別人みたいになっちゃうのね、ビックリしちゃった……。

 さて、できる範囲で全力全開で応援しましょうかね♪

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