ひとり目のトモダチ。

「わ、悪い――こんなことになるなんて思わなかったんだ」


 土下座した伊集院が、おんおんと泣きながら詫びている。


「信じられない。――美木多みきた先生が?」

「犯罪じゃん、それ」

「まじかよ」


 計画は単純かつ幼稚だった。


 地図のすり替えと標識に細工することで、オサム達の班を道で迷わせる。


 尾行をしていた伊集院は、ベストなタイミングで美木多みきたを呼び寄せ、二人して救世主になろうという魂胆だったのだ。


「松葉杖ついてたのって、オリエンテーリングをバックレるためかよ?」


 ギャルの白鳥が怖い顔で言った。


「そ、そうだ。それに、そうすればスマホも持ったままで良かったし――」

「クソゴリラッ――ぺっ」


 唇を細めたキララの口内から、白濁した粘着質の液体が飛び、伊集院の額にべとりと張り付いた。


 ――ご、ご褒美かよっ!?


 と、サッカー部男子だけは思っていた。


「事情は概ね分かった」


 黙って話を聞いていたオサムが口を開く。


 普段と変わりのない声音だったが、なぜかその手には、どこかに隠し持っていたサバイバルナイフが握られていた。


「だが――理由が分からん」


 この時、彼が懸念していたのは、自身を追う組織が関わっているのではないかという点である。


 ――コイツがそうならば、殺すほかないな。

 ――連れて行く道理が無い。


「り、理由は――その――何というか――」


 口ごもる伊集院の首元に、オサムはサバイバルナイフの刃を当てた。


「三十秒以内に端的に説明しろ。出来なければ殺す」


 最初は、天王寺キララを除く全員がジョークだと思っていた。


 反グレ疑惑があるとはいえ、ハブにしていた嫌われ者の単なる同級生が、平坦な口調で「殺す」と言ったところで信じられるわけがない。


 だが――、


「二十五、二十四」


 淡々とカウントダウンを続けるオサムには、妙なリアリティがあったのだ。


 それを最も強く感じていたのは、数秒後には殺される伊集院だったろう。


「は、話す――話すううっ」

「二十三、二十二、二十一」


 なお、オサムの履修した座学では、慈悲という概念は存在しない。


「ひぃ、だ、だから――古参トップオタの美木多みきたに言われたんだっ。戸塚オサムが薬を使ってキララを洗脳してるから懲らしめるついでに、俺らでキララを助けたことにして洗脳を解こうって。そうすればチッパイをぺろぺろ――いやあfだああfだ%$!!」

「いち――ゼロ」


 かろうじて、伊集院は一命をとりとめた。


「キミの説明は分かり易いな」


 そう言いながら、オサムはカウントダウンを終えた後も、数秒間ほど伊集院の瞳を覗き込んでいた。


「おまけに正直者らしい」


 サバイバルナイフを胸元にするりと仕舞い込んだ。


「トモダチになれそうだな」


 伊集院には、何度も頷く以外の選択肢が無かった。


 ◇


「トモダチの伊集院くんのスマホだが――ちょっといいか?」

「は、はひっ」


 歩いていたが立ち止まり、伊集院はスマホを両手でオサムに差し出した。


 ――エロ暴力ゴリラを、部下にしてしまったわ!


 先程の一件で、思わず少し漏らしてしまった双葉アヤメだが、これで現在のヒエラルキー、つまりは力関係が確定したと冷静に分析している。


 もう、学校での序列は通用しないのだ。


 氷室、サッカー部男子、お調子者も、先ほどから黙り込んで、これからのポジション取りを検討中だった。

 少なくとも迂闊に文句を言うのは避けた方が良いと考えている。


「土砂崩れまでは電波が入っていただろう?」

「そ、そうです。入ってました」

美木多みきた先生に連絡しなかったのかい?」


 助けに来るタイミングとしては、昨夜がベストだったはずだ。


「LINEしたんですけど――雨で濡れるのが嫌だって――」

「ええっ!?」

「ド屑ね」

「死ねや」


 みんなが思う存分に毒づいた。


「場所は伝えた?」


 オサムが尋ねると、伊集院は力なく首を振った。


「そうか――ありがとう」


 礼を言って、スマホを返す。


美木多みきた先生が警察に言ってくれれば、伊集院くんの通信記録から位置情報を調べるはずだ」


 救助隊が土砂に埋もれた洞穴を捜索する可能性が高まった。


 だが、美木多みきたと伊集院の仕出かしたことは、既にイタズラでは済まされなくなっている。


 果たして、主犯の美木多みきたが、正直に警察に報告するだろうかという懸念は残った。


「やはり、水の確保は必要だな」


 しばらく考える様子を見せてから、オサムが宣言した。


「奥に行こう。何か意見のある人はいるかい?」


 もちろん、意見など誰にも無かった。今となっては頷くのみである。


 それに――僅かではあるが、誰の耳にも届き始めていたのだ。


 ゴウゴウと水の流れる音が――。

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