スマホ。

「な、なんで、わざわざ奥へ――他の出口を探すのか?」


 リスクに敏感な氷室は、行きたく無さそうな様子で言った。


「出口が見つかれば実に幸運と言えるが、まずは水だ」


 オサムによる無慈悲な未来展望が続く。


「水分補給無しで人間が生存できるのは五日が限界だろう」


 救助隊の捜索が、土砂で埋もれた洞穴に及ぶまで、どれだけの日数を要するのかが分からなかった。


 そもそも洞穴まで捜索しない可能性も考えていたが、さすがのオサムはその点には触れていない。


「水は飲むためだけじゃない。例えば大便をした後に尻を拭く場合、水があった方が清潔さを保てる」

「か、金はもう無いのかよ?」

「紙幣は全て燃やした。残しておかなかった点を反省しているところだ」


 オサムは神妙な表情で答えた。


「うう」


 双葉アヤメは涙目となる。


 誰もが頭の片隅で気にしていた問題点だった。


 水分確保という名目で、朝から全員が尿の排泄はしている。

 

 だが、誰もウンコをしていないのだッ!


 ――うう、忘れていたわ――う、うんち――便秘気味だけど……。

 ――オサムきゅんってば、キララともっと高みに行きたいってことかしら?

 ――や、やっべ。言われてみると、ちょっと行きたいかも。うんち。


 女子三人も、それぞれの思いが胸を去来する。


「奥へ進む前に排便を済ませておきたい人は――」


 オサムが少し外れの壁端を指差す。


「あの辺りは岩ではなく、土壌になっている。掘って、出して、埋めてくれ。さっきも言ったように紙は無いから、手で拭いて水で洗うんだ」

「つ、つまり、テメェのクソを小便で拭くわけか――」


 サッカー部男子は上手いことを言ったが、誰も笑わなかった。


「ともあれ貴重な水分だ。拭くのは最低限で済ませて欲しい」


 ◇


 先頭を歩くオサムのヘッドライトが前方を照らしている。

 アヤメと氷室も懐中電灯を渡されており、足下を照らしていた。


 でこぼことした岩道が続き、油断するとすぐに転びそうになる。


 途中、幾つかの分岐があったが、オサムは迷うことなく進んでいた。


「オサムきゅん」

「なんだ、キララ」


 このやり取りをするたびに、天王寺キララは多幸感とアヘ顏が入り混じる。


 ――緊張感の無い変態って強いよね。


 と、後ろから見ていた白鳥は思った。


 二十時間以上を共に過ごし、既に彼女はキララの変態性を見抜いている。

 詳細は不明だったが、戸塚オサムに対して歪んだ思いを抱いているのは分かった。


 その思いが、あらゆる危機と異常事態に優先している。


 などと、ギャルは意外にも冷静に色々と分析していた。

 

「ずんずん進んでるけど、オサムきゅんってば、ここの道が実は分かってるの?」


 変態ロリ美少女のキララがそう思うほどに、オサムの歩みには迷いが無い。

 もちろん、分岐点にマーキングを残しているが――。


「いや、分からん」


 キララで無ければ、さすがに古典的なズコォ――をしたかもしれないし、それが許される返答だった。


「おいおい、テメェは俺らをどこに連れてく気だよ?」


 文句を言う係に任命されたサッカー部男子が務めを果たす。


「だから、水だ」

「え?」


 オサムの異常な聴覚は捉えていたのだ。

 洞穴の奥から響く、ゴウゴウとした水流の音を――。


 入口付近では僅かに聞こえる程度だったのだが、もう少し進んで耳を澄ませば、普通の聴覚でも捉えることが可能になるだろう。


「ま、まじかよ?――つうか、BJって何者な――」


 その時、


「うおっ」


 エロ暴力ゴリラ伊集院が悲鳴を上げ、ドサリと大きな音を立てて倒れた。


「――痛っ――」


 左脚を抑えうずくまっている。何かにつまずいて転んでしまったようだ。


「大丈夫?」


 傍にいたアヤメが駆け寄って声を掛けた。


「あ、ああ」


 足を抑え顔をしかめる伊集院は、ますますゴリラに見えた。


「そういえば、キミは怪我人だったな。松葉杖も無く歩いているので忘れていた」

「あれ、そう――そうだよね――」


 今となっては遠い過去に思えるが、校庭の朝集合で会った時は、松葉杖をついていたことをアヤメは思い出した。

 黒SUVに二度も轢かれたのだから当然だろう。


「い、いや、俺は――その――」


 伊集院は慌てた様子で口ごもる。


「ああっ!――ちょっと、みんなっ!」


 アヤメに続いて、伊集院の傍へ寄っていた白鳥が大きな声を上げた。


「こ、こいつってば――」


 白鳥が指差す先に、眩しくも懐かしい光が輝いている。


「スマホ持ってるじゃん!!」


 倒れた拍子にポケットから転がり落ちたスマホが暗闇に浮かぶ。


 待ち受け画像の中では、デヘヘ顔の伊集院が、アイドル時代のキララと握手をしていた。

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