覚醒し始める。

 絶望的な状況でも、やがては睡魔が襲って来る。


 寝れるわけないでしょうが、と思っていたアヤメも、いつの間にかウトウトと夢の中にいた。


 ――う、ううぅん……。


「はぁはぁ」


 ――ん――う――。


「はぁはぁ」


 ――んん?――え?


 男の荒い息遣いに気付き、アヤメは慌てて目を開いた。


 ――お、犯されているっ!?


 と、思ったからだが、隣には無邪気な寝顔のキララがいるだけだ。

 その向こう側では、白鳥もすぴぃすぴぃと呑気に寝ている。


「はぁはぁ」


 だが、声は止む気配がない。


 ――まさか、エロゴリラが氷室くんを?


 秘かにBLを愛するアヤメは、ゴソゴソとシュラフから抜け出し、LEDランタンだけが点る周囲を見回した。


「え、あれ?――と、戸塚くん?」

「はぁはぁ――そうだ――はぁ――起きたのか?」


 オサムは、腕立て伏せに励んでいた。

 長年の日課となっており、昨夜の混乱で出来なかった分もやろうと考えている。


「な、なんで、パンツだけ――なの――?」

「暑いからだ――はぁはぁ」


 バカな答えが返ってきたが、もはやアヤメは気にしていない。


 アヤメは知ってしまったのだ。

 戸塚オサムの持つ、あまりに美しい上腕二頭筋、そして広背筋の存在を――。


 見せることを主目的とするボディビルダーとは異なり、必要だからこそ身に着いた筋肉の美がそこにはあった。


 LEDランタンの幻想的な光が、戸塚オサムの肉体を照らす。


 ――なんて――キレイなの……。


 これほど見事な身体を持つ男が、自分の尿をゴク飲みしたのかと思うと、またもや下腹部が疼き始めた。


 ――ま、また――んで――くれる――かな……。


 双葉アヤメは覚醒しつつある。


 もちろん、悪い方向にだったが――。


「――ふぅ」


 ノルマを終えたオサムは立ち上がり、額の汗を拭った。


「起こして申し訳なかった。寝られるなら、もう少し寝た方が良いだろう」


 実は、オサム本人は寝ていない。

 寝た振りをして、他の連中を寝かしつけようとしただけなのだ。


 ――寝ておかないと、彼らは持たないだろう。


 と、考えたのである。


 オサム自身は、七十二時間まで睡眠を取らず普段通りのパフォーマンスを出すことが可能だった。


「ううん。いいの、目が覚めちゃった」


 アヤメは自分でも驚くほど甘えた声音になっている。


 学校一の嫌われ者、頬に傷があるフツメン未満、反グレ疑惑――。

 双葉アヤメの理想からは程遠い男だ。


 ――だ、だけど――どうしよう――私……。


 戸塚オサムは、いざという時は何だかんだと頼りになりそうで、なおかつ想定を超える身体を持っていた。


 ――こんなことなら……。


 あの日、あの屋上で、オサムの告白を断ってしまったことを後悔し始めている。


 双葉アヤメが求めているのは、絶対的な守護者なのだ。

 もう決してイジメられる事がないように――。


「分かった――む、そうだ委員長」


 アヤメの揺れる気持ちなど全く気付かないオサムは、いつもと変わらない口ぶりで言った。


「な、なぁに?」

「これが委員長の分だ」


 そう言って、空のペットボトルと、青白い注射器のような形状のものを見せる。


「オシッコは、ペットボトルにしてくれ」

「え?え?え?」

「こっちの濾過フィルターを、ペットボトルの飲み口に差せばいい」


 固まってしまったアヤメに、オサムは怪訝な表情を浮かべた。


「どうした?――ああ、なるほど」


 ポンと手を打つ。


「女性はペットボトルにするのは困難だな。ボクが手伝っても良いが?」

「は、はい?」

「何度か経験が有る。気にすることはない」


 ふらっと倒れそうなアヤメをよそに、タクラマカン砂漠の任務をオサムは懐かしく思い起こしていた。


 ◇


「不十分ながら、わずかな水は確保できたが――」


 浮かない顔で、それぞれが自分のペットボトルを見ている。


 だが、天王寺キララだけは、その瞳に妖しい輝きがあった。


「でもさ、ご飯は?」


 腹をさすりながら、白鳥が言った。


「レーションが三パック残っているが、八人もいれば直ぐに無くなるだろう」


 アヤメ、キララ、白鳥、氷室、伊集院、サッカー部男子、お調子者――。


「みんなのポケットに、食べれそうな物が入ってたりしないか?」

「な、ない。俺は持ってない」


 氷室が真っ先に否定すると、他の連中も力なく首を振った。

 だが、お調子者だけは、何か言いたそうな様子でジッと氷室を見詰めている。


「そうか。まあ、今は食料より水が大事だしな」

「ちっ。テメェの小便をちびちび飲みながら、ここで救助を待つしかないのかよ――」


 サッカー部男子が情けない声を上げる。


「いいや、待つつもりは無い」


 オサム達が洞穴に入ったという情報も、そして痕跡も無い。

 となると、捜索隊が土砂で埋まった洞穴を調べる優先度は低くなる。


「残念ながら早い救助は期待できない」


 この場で待つのは安全策だが、干からびるまで生きていられるだけだ。


「洞窟の奥へ行ってみるほか無いだろう」

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