幕引き 心臓が逃げる!

最終話 ゲームマスターによる解決編

 六車法子という名前は、偽名ではない。

 少なくとも、この国における〝私〟の本名だ。


 私――ナイン・ミラーは、死亡遊戯ゲームが開催されていた間、常に罪悪感にさいなまれていた。

 参加者から心臓を奪ったこと。

 死んでいったものたちの遺体を、有効活用するすべがなかったこと。

 どれも、医者としては禁忌であったし、無視できるほど小さな事柄ではなかったから。


 しかし、彼らの死は無駄ではない。

 全ては医療にとって、必要な犠牲だと信じている。


 ……双沢陽太と、世界を牛耳る権力者達にゲームの主導権を奪われてからも、ただ一点、これだけは譲らなかった。

 私は医者だ。

 どんなに最低最悪の罪人だとしても、全ては誰かの命を助くるためにある。

 医療にこの身を捧げたときから、そう決めたのだ。


「あー、そもそもそれが疑問だったんですよね。なんでデスゲームなんか始めたんですか?」


 ひとりの少年が、対面の座席へ腰掛けながら訊ねてくる。

 日本の、どこにでもある安価なハンバーガーショップ。

 その、一番端の席でのことだ。


「……どうやって、私を見つけ出したのですか?」

「これでも得意なんですよ、人の思考をトレースするのって。ほら、トウサクなんて呼ばれてましたから」

「…………」


 卑下ひげの皮を被った自信を突きつけられて、辟易とする。

 気分を変えようと、注文していた豚合い挽き肉100%のハンバーガーを皿から持ち上げ、訊ねる。


「目的は達したのですか」

「幾つかは」


 そう言って、彼は空っぽのジュラルミンケースを叩いて見せた。

 どうやら、遺族へ頭部を届けることに成功したらしい。


「約束でしたからね」


 彼は、何か大事なものを抱えるように、胸元を掴んだ。

 服の下にあるだろう縫合痕を、私は幻視する。


 少年は、もう豚の心臓で生きてはいない。

 鬼の跋扈ばっこする島で、私と運営の悪意と正面から衝突し、見事生還してのけた。

 彼は、日常に戻ったのだ、双沢月彦や田代七生のように、陽の当たる世界の住人へと。

 まっとうな、どこにでもいる、今日を必死に生きるだけの人間へと。


 そのくせ、こうやって私に干渉してきたと言うことは……なにか企みがあるのだろう。

 ……なんだか食欲が失せてきた。

 バーガーを皿に置く。


「あのとき聞けなかったことを、いま訊ねてもいいですか、六車さん。いえ、ミラー・ナイン博士と呼ぶべきですかね?」

「六車で結構です」

「じゃあ、六車さん――なぜ、死亡遊戯を開催したんです?」

「ホモクラフト技術推進のため」


 臓器などの一部を切り取り、完全に免疫反応を除去し、冷凍保存する技術がある。

 ホモクラフト。

 これは次世代において、心臓移植などより多くの命を救うとされる医療だ。

 だから、私は沢山の死者を量産し、その臓器を奪おうとした。

 ゲームに参加したのも、できるだけ近くで鮮度のいい臓器を確保するため。


「などという、カバーストーリーは聞き飽きました」


 少年が、やれやれと肩をすくめる。


「調べているうちに、山と出てくるんですもん、ミラー・ナイン博士の陰謀論。六車さんって、思ったより偽悪的ですよね。そうやって精神を保っているわけですか、ゲームマスター?」


 私は答えない。

 眉一つ、動かしてはやらない。

 だから、彼は勝手に真相へと辿り着く。


「テストだったんじゃないですか?」


 テストあるいは試験。

 いったい何の?


「だから、心臓を生きたまま運搬する技術の。デスゲームという極限環境で、飛んで、跳ねて、海に落ちて、鬼どもに襲われても……どんな困難からでも確実に心臓を必要とする人物の元へ送り届けるための装置を完成させたかった。それが、あなたの動機なのでは? 参加者になったのも、オーディエンスから資金提供を受けるためにやむなく、とか?」


 ……驚異的な推理力だとは思うが、答え合わせをしてやるほど私は優しくも真っ当でもない。

 代わりに、ハンバーガーからピクルスを取り出し、彼の口の中へ押し込む。


 指先が唇に触れたからか、年相応にドギマギとしてみせる彼。

 その隙を突いて、私は彼の左胸へと手を置いた。


 伝わるは鼓動。

 生命の息吹。


 少年が、喜色満面の表情になる。

 おそらく、なんらかの確信を得て。

 ……しかし、本当にこの子、徹頭徹尾好奇心で動いていたのだな。


「解りました、女性の嘘を曖昧にするのは粋な男の仕事です」

「割と無粋でしたよ、初めて会ったときから、あなたは」

「そんなー」


 情けない声を出す彼。

 私は一つ息をつき。

 本心から問い掛ける。


「潰したいとは思わないの? デスゲームを」

「出来るならやりますが、独力というのは荷が重い。なので、自分の分野で戦います」


 言いながら、彼はポケットから携帯端末を取りだした。

 表示されていたのは、メモ帳アプリ。

 そこには、びっしりとアイディアが書きつねられており。


「また、新しいゲームを作りますよ。社長の許可もあるし、今度こそ盗作なんて呼ばせない、自分の作品として世に出して……それで、問い掛けます」


 いったい、なにを?


「あなたたちの行動が正しかったのか。ぼくらがあの島で生きたことに意味があったのか。これから、どう向き合うべきなのかを」


 なるほど。

 それは少しばかり。

 面白そうで。


「タイトルは決まっている? 主人公の名前は?」


 思わず、無意味なことを訊ねてしまった。

 すると彼は、嬉しそうに。

 そして寂しそうに笑って。

 こう告げるのだ。


「もちろん決まっています! タイトルは【心臓が超にげる!】。主人公の名前は――」


 私は、ハンバーガーを持ち上げ、頬張った。

 ゆるみかけた口元が、きっと隠れていることを願いながら。


「――赤野あかのごう。稀代の……いいえ、世界一の名優からいただいた名前です」


 かくして、ひとつのデスゲームが幕を下ろした。

 けれど……これは決して、終わりではない。

 最後にはならない。

 この先も、幾度となく、私の手を離れても、醜悪なる死亡遊戯は続いていくだろう。

 果てなき欲望と、底知れぬ悪意を煮詰め、しかし生への渇望を輝かせながら。

 それが誤っているか、正しいのか、最早判断する権利を私は持たない。


 ただ……この右手に残った、鼓動の残滓ざんしが教えてくれる。

 なにもかもが、無駄ではないのだと。

 繋がっていくものも、確かにあるのだと。


 私はそう信じて。

 だから、目前の少年へとチケットを差し出すのだ。


「なんです、これ?」

「次のデスゲームへの招待状。よかったら前回参加者枠で――」

御免被ごめんこうむります!」


 逃げる。

 逃げる。

 少年が、一目散に逃げる。


 自らの心臓を取り戻した彼が、真人間として日常へ戻っていく。

 私はそれを。

 今度こそ隠すことなく。


 満面の笑顔で、見送ったのだった。







 心臓が逃げる! 終

 We're chasing life! 了






※※※※※※※※※※※※

ここまでのお付き合いまことにありがとうございます!

これにて物語は終幕です。

もしもよろしければ、感想やご評価たまわれれば、作者が飛んで喜びます。

次回作へも繋がりますので、何卒よろしくお願いします!

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心臓が逃げる! 雪車町地蔵 @aoi-ringo

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