第六話 最後の化かし合い
少しだけ回り道をして、ぼくはその場へ辿り着いた。
ピックアップポイント。
島の中で、一番大きく開けた土地。
生い茂っていただろう草木がなぎ倒されていることから、ヘリコプターか何かが飛来したことが察せられる。
桃色と黒色の姿は既になく。
残っていたのは、六車さんひとりだった。
「行かなかったんですか?」
「定員が二名だったので、おふたりを優先しました。それから」
彼女は腕の中に、Y.Sと書かれた心臓のケースを抱いている。
読み解くまでもなく、黄色の六番。
「羽白氏が、来ると思っていましたので」
「じゃあ、迎えが来るまで、話をしましょうか」
「……その顔色でですか?」
医者らしく、ぼくを案じてくれる六車さん。
実際、ヒグマとの決戦で免疫抑制剤を湯水のように使ったため、いまは薬効が切れ死にかけているところだ。
心臓は苦しく、息も絶え絶え。
それでも……まだ、やるべきことがある。
生き延びるために。
「アスクレピオス」
端末を取り出し、そこに映し出された胸像を彼女へと指し示す。
童顔の女医は、眉一つ動かさず問い返す。
「それが、なにか?」
「正直、この胸像に見覚えはありませんでした……ですがぼくだって、アスクレピオスという名前ぐらいは知っています」
曰く、医神。
死者を蘇生させることすら可能だったという、ギリシャ神話の英雄。
「六車さんは、彼が関係する誓いを一番ご存じですよね?」
「ヒポクラテスの誓いを言っているなら、確かに知っています。しかし、アスクレピオスは別段関係ありませんよ?」
それはそうだ、両者は違う人物なのだから、当然である。
すこしばかり共通点があるだけ。
「まあ、聞いてくださいよ。所詮は与太話です」
「…………」
「医者が、医者であるために唱える幾つかの誓約。それがヒポクラテスの誓いでしょう? 簡単に言えば――不当な理由がない限り、医療を求められたなら惜しみなく使わなければいけない……みたいな?」
「ここまできて自信がないとは、締まらないですよ羽白氏」
それは本当にそうだ。
けれど、この部分はさほど重要ではない。
大事なのは、リアル死亡遊戯【心臓が逃げる!】に、医療が関わっているらしいと言うこと。
ゲームを作る上で、全く意味のないオブジェクトなど、
それは、双沢社長であってもそうだろう。
創作者の流儀とでもいえばいいか。
その上で、たびたびぼくの知らない名前が、このゲームでは現れた。
ナイン・ミラー博士。
「心臓を生きたまま運搬する技術を作った人物とか、社長は言ってましたかね」
「なにが言いたいのですか、羽白氏。待ち時間を潰すだけなら、増長なお喋りも悪くはありませんが、あなたの命はもう」
「――単刀直入に言いましょう」
ドン。
ぼくは、両手に抱えていたものと。
背負っていたものを、全て降ろす。
それは――ジュラルミンケース。
四橋さんが手にした初期アイテム。
「ずっと不思議だったんです。このデスゲーム、不要な初期アイテムなど一つもありませんでした。一件無価値なトランプですら、社長の意図のもと混入されたアイテムだったはずです」
しかし、この金には使い道がない。
【しんにげ】の最初期案には、金銭をゲットしたらアイテムと交換できる構想が確かにあった。
けれど、そもそもぼくはこれを口外していない。
一切、どこにも流出させた覚えはない。
この脳みその中だけにしまい込んでいる。
ならば……異物。
この金は、完全なる異物。
全く利用価値のない観賞用のアイテムか?
否。
断じて否。
これまで全てのアイテムに意味を見いだしてきた運営が、こんなところで片手落ちをするものか。
彼らの悪意は、もっと底知れない。
であるなら、金に目がくらんだ参加者同士の争いを見込んでの代物か。
違う、違う。
思い出せ、これまでの全ての出来事を。
名優、貧者、医者、父親、肉屋、社長、黒幕。
ヒグマ、猪、免疫抑制剤、ライフル、ロボット、適合心臓。
〝心臓〟。
いまこの胸で悲鳴を上げる豚のそれ。
はじまりの時、運営はなんと言った?
三名の適合心臓を残して。
残りの心臓はどうしたと彼らは示した?
「売却だ」
売り払ったと、アスクレピオスの胸像は告げたのだ。
医術の神、アスクレピオスは、生きたまま患者の臓器を取り出し、入れ替えることが出来たという。
また、献体として、摘出した臓物も保存していたりもしたらしい。
「ぼくらの心臓は取り出され、売却された。しかし一言だって、失われたとは言っていない。運営は、そういった意味でどこまでも
ぼくは、開く。
ジュラルミンケースの蓋を、全て。
あふれ出す金、金、金。
転がり出す、四橋さんの頭部。
血に染まった金。
心臓を売って作られた金銭。
ならば。
その逆だって、可能なはずだ。
つまり。
「心臓を買い戻す――この金、すべてを使ってです!」
§§
「……私に言ってもしょうがないでしょう。運営にでも伝えるべきでは?」
ここまできても、彼女は表情を崩さずにそう言ってのける。
確かに、正しい。
これは運営に伝えるべき言葉だ。
だが。
「目の前のあなたが、運営だとしたら?」
「…………」
「これもずっと、不思議だったんです。適合心臓に刻まれているアルファベットは、イニシャルのはず。それがなぜ、色と数字に置き換わったのか」
「運営の趣味でしょう」
「いいえ」
不具合があったからだ。
そのままでは、不都合なことがあったからなのだ。
「それは、なんですか?」
彼女は問う。
どこまでも平坦に。
自らが追い詰められているなどとは、カケラも思っていない様子で。
「イニシャルを適合心臓に採用すると、正体がばれてしまう人物がいたからですよ」
では、振り返ってみてみよう。
心臓移動技術を確立した人物の名は、ナイン・ミラー。
そして、目の前にいる医者の名は、六車法子。
二人のイニシャルは。
「N.MとM.N。つまりは鏡写し」
「なにが言いたいのですか、羽白氏?」
無表情を貫く彼女に。
ぼくは――真っ直ぐに答えを叩きつけた。
「六車法子、いやナイン・ミラー博士。あなたが――ゲームマスターですね?」
医者が。
その口元を。
三日月のように、吊り上げた――
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