第四話 復讐するは我にあり

「よくやったぞ、月彦ぉ……!」


 汗と免疫抑制剤に塗れた陽太さんが、ニタリと笑って立ち上がる。

 ヒグマ、猪、ロボットが死に絶えたその戦場で、彼は最後の勝利者の如く頂点に立ち。

 王様のように振る舞って見せた。


「へっへっへ、貴様ら気が付かなかったのかぁ? ぜーんぶおれたちの策略の上だったんだよ。貴様らってば、利用されてたわけ!」


 ぼくらを指差しながら、悪意たっぷりに彼はのたまう。

 この防衛戦全てが掌中しょうちゅうの上だったと。


「まあ、そこの俳優が生きてたのはずいぶん誤算だったが」


 指差される豪さんは、六車さんから止血を施されていた。

 ただ、彼は全く陽太さんを見ておらず、血が足りないのかぼうっとしている。

 それが気に食わなかったのだろう、双沢兄は大きく鼻を鳴らした。


「ふん……まあいいさ、おれは寛大だからよ。月彦、早くそれを寄越せ、おれの命を!」

「もちろんだよ、兄さん」


 恭しく手渡される心臓のケース。

 絶対王者は、財宝を手にしたように表情を喜悦で歪め、ケースを眺め回す。


「ようやく戻ったか、我が心臓……ん?」


 そこで、彼の表情が奇妙に歪んだ。

 ケースに刻印されていたイニシャルが、B.Fだったからだ。

 これが、双沢陽太ならばBlack Two……つまりB.Tでなくてはならない。

 しかし、刻まれた文字はB.F。

 B.Fが意味するのは――青の四番Blue・Four――四橋伝助。


「おい、これはどうなって――」


 激昂した王者が吠えようとしたときには。

 もう、社長の仕込みは終わっていた。


BTOOOMバーン!」


 爆発する、心臓が。

 巧妙に仕掛けられた、爆弾とともに。


「――――」


 爆心地に存在していた陽太さんは、当然避けることなど出来ない。

 直撃を受け、全身に裂傷を負う。

 ボタボタと血を流し、甘い肉の焼ける匂いを漂わせながら、陽太さんが仰向けに崩れ落ちる。


 白濁した瞳が彼の弟を見て。

 なぜだと、唇を動かした。


「即死しなかったか。なら、悔い改めて貰おう。なぜと聞いたね? 理由はすごく単純だ。兄さんが……七生を、僕から奪ったからさ。そう――」


 両目を酷薄こくはくな漆黒に染め上げ。

 美しき復讐者。

 双沢月彦が、告げる。


「僕の勝利条件は心臓を手にすることじゃない。このデスゲームで、兄さんを殺すことだったんだよ」



§§



「長い話は好みじゃないし、兄さんの命が持たない。だからサッパリ簡潔に行こう。【心臓が逃げる!】……このデスゲームはね、僕が兄さんへ復讐するために仕組んだものだ」


 社長は語る。

 全ての陰謀、その裏側、真実を。


「十年前、僕は七生と結婚するはずだった。けれど、それはさまたげられた。誰によって? 他ならない、兄さんにだよ」

「でも、月彦、あんたはあたしに」

「別れ話を持ち出した、だろう? けれど、僕にその記憶はないよ、七生。だから調べた。あの日、君と会っていたのはね、僕ではないんだ。兄さんだったんだよ」


 驚愕に目を見開く田代さん。

 確かに、双子の顔の作りは瓜二つだ。

 ほんの僅かに差違があるとすれば、泣きぼくろの有無だけど……


「つけぼくろなんて、定番だろう?」

「じゃあ、あたしは、逆恨みをして……」

「違うよ、七生は何も悪くない。あの日、僕は突然外せない仕事を大量に押しつけられた。仕方なくこなし、君へとことわりの電話を人伝ひとづてに頼んだ。それが全ての間違い。兄さんの計画だった」


 一つの疑問が浮かぶ。

 なぜ、陽太さんはそんなはかりごとをしたのか?


「決まっている、会社を牛耳ぎゅうじるためだ」


 七生さんとの連絡をすべて断たれた月彦さんは、失意のどん底で暮らしていたという。

 接触を図ろうにも、絶対に顔を見せないで欲しいという田代さんからの要請があったと聞かされていたらしい。

 そうこうしているうちに、陽太さんが縁談をまとめてしまった。


「それが、いまの僕の妻……もっとも、兄と内通していた裏切り者だけどね。とある資産家の娘さんで、つまりはグループを大きくするための政略結婚さ」


 ここまでは耐えられたのだと、彼は苦々しい表情で吐露する。

 ただ、いい加減ほとぼりも冷めただろうと考えた社長は、田代さんと接触を図ろうとした。

 これをまずいと考えた陽太さんは、とんでもないことを企てる。


「自らが開催していた死亡遊戯【心臓が逃げる!】へ、君を投げ込んで処分しようとしたのさ」


 我慢ならなかったと、月彦さんが唸った。

 愛するものを、二度失うことが。


「だから、僕は社長としての権限を全て費やした。兄さんには内密で運営とコンタクトを取り、出資者のひとりとなって、参加メンバーの選出に関わった。七生を参加者から除外することは適わなかったから、確実に守れる人材を用意しつつ……兄さんへ復讐するための準備を進めた。だから、他の皆には申し訳ないと思っている。とくに……羽白一歩くん、君にはね」


 ……なるほど。

 ぼくの知識があれば、ゲームでの生存確率は跳ね上がる。

 だから招待された訳か、この島へ。


「……兄さんが、君を始末するつもりだったというのもある。原作者は、いつまでも目の上のたんこぶだったのだろう。なにせ、君は不穏な沈黙を続けていたからね、訴えてくれればまだひねり潰せたと思っていたのさ、このバカな兄は」


 マジか。

 どうせ殺される予定だったのか。

 でも、だとしたら陽太さんのエントリーは?


「無論、僕が企んだ。運営に裏切られたと思ったんだろうね、随分必死に周囲を利用しようとしてくれたよ。全部、僕の計画のうちだったんだけどね、兄さん?」


 実の兄を上から覗き込み、狂気の笑みを覗かせる双沢月彦

 ガチガチと歯を鳴らし、怨嗟えんさを吐こうとするも言葉にならない双沢陽太

 わらう。

 月彦さんが、自らの胸元へと向けられた視線を読み取って。


「ああ、自分の心臓はどこ、かな? 簡単だよ。ナイン・ミラー博士が生み出した心臓輸送技術。しかし、これはまだ数を用意できていない。予備が数台あるが……この通り実戦投入されているのは三台だけ。一つは四橋伝助の心臓、残る二つは、どちらも女性の心臓だ。では、兄さんの心臓はどこ? 売り飛ばされたのか? 違う、違う!」


 彼は、自らの胸元を大きく開き。

 手術痕を撫でながら、告げた。


「兄さんの心臓は、ここにある!」


 つまり――彼は初めから、適合心臓を探す必要などなかったのだ。

 そこには、あるべきものが収まっていたのだから。

 実の兄から奪った、心臓が!


「絶対に兄さんを甦らせないため、僕が代わりにいただいた。双子の心臓は、適合率が極めて高い。安心しなよ、兄さん。兄さんはこれまで僕を食い物してきたけど」


 これからは。


「僕の命を支えるために、不眠不休で馬車の馬のように働けるんだからさ!」

「――ッ」


 目を見開く陽太さん。

 全身が痙攣し、それでも伸ばされた右手は僅かに月彦さんを捉えかけて。

 しかし……空を切って地に落ちる。


「おや、ったか。おやすみ、兄さん。グッスリ……悪夢じごくを堪能してくれ」


 双沢陽太は。

 なにも言葉にしないまま死んだ。

 彼が死んで当然だったとは思えない。

 けれど、重ねた罪はあまりに多くて。

 この私刑は正しかったのか? それとも――


「ウダウダとやっている場合か。さっさとピックアップポイントに行け。次の鬼どもが来るぞ」


 豪さんが。

 ぼくらの葛藤も。

 空気も読まずに、正論を投げつけてきた。


 まったく、この人はいつも正しいな……

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