第二話 ヒグマ討伐戦

「どうした、どーした愚か者たち! 歌え、祝え、はーっはっはっは! 拍手喝采諸手もろてを挙げて、歓声を持って俺を出迎えるがいい!」


 復活した豪さんは、四つ脚ロボットに腰掛けたまま、迫り来る猪を片っ端から撃ち殺していく。


「生きてる……本当に、あのひとが……」


 泣き崩れてしまう田代さんの気持ちはわかる。

 しかし、どうやって生き返ったのか……ぼくはこの感動的場面でも好奇心の虫がうずいてならなかった。

 まさか、俳優だからしていたなんて言うんじゃないだろうな?


 疑問は尽きない。

 だが同時に、仮説もある。


 あのとき、彼と一緒に海へ沈んだロボット。

 その操縦権限は、豪さんへと委譲されたままだ。

 もしもロボットが海中で動くことが出来て。

 豪さんを陸地まで引っ張り上げるスペックを持っていたとしたら――


 いいや、そんな些細なこと、どうでもいい。

 なぜなら。


「これって、奇跡?」


 泣き笑いの表情でこちらへ訊ねてくる田代さんの。

 その瞳からこぼれ落ちる涙の種類は、完全に別物となったのだから。


「奇跡などであるものか! 田代七生、人はこれを……必然と呼ぶのだ!」


 そうだ、いつだって豪さんはそうだった。

 必ずやり遂げてくれる男なのだ!

 だから、ぼくらもこのチャンスを逃さない。

 いまこそ惜しみなく、埋伏まいふくの策を使おう!


「六車さん!」


 ぼくは大声を張り上げる。

 刹那、森を突っ切って、黄色い風が猪の包囲を突き破った。

 それは、全身を焼いた木々の灰で汚したひとりの女性。

 六車法子。

 最低限の獣よけを施した彼女は、一直線に走り、


「な、なぁ……!?」


 突然事態に対応が全く整っていなかった陽太さんへ、全身で組み付く。

 さらに身体を大きく捻り、


「ぎゃっ!」


 黒い男の腕を極め、ライフルを手放させる。

 素早く銃を拾い上げた彼女は、こちらへと跳躍。

 ぼくらへと合流を果たす。


「すごい体術クンフーですね、どこで習ったんですか」

「言ったはず、人体工学専攻だって」


 ……なるほど、これは敵に回さない方が良さそうだ。

 ロボットに目を向ければ、カウントダウンはのこり20:00を切っている。

 ライフルを確保したこと、豪さんが戻ってきたことで僅かに安堵していた心が、これでまた引き締まった。

 よたよたと立ち上がった陽太さんが、こちらを睨む。


「な、なんで、テメェが生きてるんだ! ヒグマに食われたはずだろう……!」

「ああ、あれですか」


 童顔の女医は事もなげに答えた。


「猪の血を、事前に採取していたんです。こんなこともあろうかと思いました」

「だが、樹木には爪のあとが」

「あれはあたし。ナイフでざくっとねー」


 田代さんが茶目っ気たっぷりにウインクすれば、とうとう彼は顔を真っ赤にして激昂。


「ふざけんな……! 月彦、奴らを殺せぇ……!」


 社長へと、そんな命令を下す。

 しかし、月彦さんは真剣な面持ちで森を見詰めており。


「……いや、そうはいかないようだよ。兄さん。なぜって」


 大気が、震撼した。


『バゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!』


 生態系の頂点。

 暴力の化身。

 大凶獣。


 地面が揺れたと錯覚するほどの大きな一歩を踏み出しながら。

 最強の鬼――ヒグマが、ついに降臨したのだ。



§§



「月彦社長!」

「解っているよ、羽白一歩くん。ここからは共同戦線だ」


 ヒグマは心臓をめがけ進撃してくる。

 こちらの相談など、当然待ってはくれない。

 目の前に立ち塞がる猪があれば、腕の一振りで吹き飛ばし、銃弾を撃ち込まれても、止まることなくこちらへ迫る。

 列車か何かのような直進ぷり。


「トウサク」


 ロボットに腰掛けたまま合流した豪さんが、ぼくを呼ぶ。


「打つ手を考えろ。変わらずに司令塔はおまえだ」


 周囲を見遣る。

 陽太さんを除く全員が、確かに頷いてくれた。

 よし……やろう。


「……六車さん、ライフルを田代さんに。田代さん、豪さん、ふたりでヒグマの足を止めることは出来ますか?」

「あたしに案があるわ! 熊は執着心が滅茶苦茶強いの。だから、囮を用意出来れば心臓を守れるはずで……」


 なるほど、だったら手伝って貰おう。


「陽太さん」

「うるせぇ、おれは手伝わな――」

「囮になって下さい」


 彼が言い終えるよりも早く、ぼくは隠し持っていた免疫抑制剤をぶっかけた。

 ビルの上でやられたことをそのままお返しした形である。

 目を丸くした後、絶望に顔を染める彼。


「な、ななな、な、な」

「この中で、一番狙われやすいのはあなたになりました。ぼくらが全力で守りますから、精々逃げ回って下さい。出来れば応戦を、こちらは投石機です」

「ふ――ふざけんな!!!」

「兄さん、これはハッキリ事実だ。受け容れなさい」


 弟さんに強く言われて、陽太さんは愕然としていた。

 さらに怒ろうとして、しかし月彦さんの眼差しが凍えるような冷たさだったからか憤懣ふんまんやるかたなしと言った様子で押し黙る。

 よし、こちらは社長に任せよう。


「豪さんと田代さんは常に二人で行動して、猪とヒグマを追い詰めて下さい。できますか?」

「俺を誰だと思っている」

「ジビエ屋の娘、舐めないで!」


 意気軒昂、ふたりの士気は最高潮。

 可能なら、十字砲火で追い詰めて欲しいけど、いくらなんでも無理難題か。

 次は、六車さんだ。


「ぼくらはヒグマへのトドメを行います」

「羽白氏、方法は?」

「爆弾ですよ」


 ぼくは、陽太さんから押しつけられたボムを差し出す。

 これはボタンを押して数秒後に爆発する代物だ。

 破壊力は、猪を一匹倒せるぐらい。

 数は三個。

 ぼくと、田代さん、それから月彦さんが一個ずつ持っている。


「月彦さん」

「もちろん、バッチリ託そう」


 投げ渡された爆弾をキャッチし、六車さんへと差し出す。

 石を投げて猪やヒグマの注意を牽制しつつ、タイミングを見計らってこれでとどめを刺す。

 大仕事だ。

 それでも、やるしかない。


 全員を見渡し――陽太さんは逃げ出そうとして猪に追い詰められて戻ってきていた――頷く。

 残り時間は……17:47。


「やってやりましょう、生き延びるために!」

「応!」


 反撃の狼煙を上げるときがきた。

 いまがきっと、そのときだ……!

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