最終章 ヒグマを倒せ! ドキドキバクバク心臓爆破トライアル!

第一話 駆け引きと防衛戦

 羽白一歩という人間が、知的探求心と、創作意欲のバケモノでしかなかったことはよくよく理解しているつもりだ。

 このゲームへと投げ込まれたとき、真っ先に感じたのは、恐怖ではなく好奇心。

 憤りよりも、先の展開を知りたいという欲だったのだから。


 認めよう、ぼくは常軌を逸している。

 その上で――託されたものを守りたい。

 背負ったジュラルミンケースの重さを感じながら、やるべきことを準備していく。


 月彦さんとはすでに別れており、七生さんと六車さんは、いま水浴びをしている。

 なけなしの携帯食料を腹に詰め込み、即席で作った幾つかの道具アイテムチェックを終えた頃。

 端末が、鳴った。


 表示されているのは、二つの点。

 恐らくは、心臓を詰んだロボット。

 位置は……海沿いの拓けた場所。


『さあ、最後のイベントです。皆様には自らの心臓を防衛しつつ、〝鬼〟退治をしていただきたい。もちろんこのイベントも自由参加ですが……』


 白い胸像。

 月彦さんによれば、アスクレピオスという医術の神様の像らしい。

 それが、嘲笑を上げる。


『〝鬼〟が心臓に触れれば、即刻爆発が起こります! 〝鬼〟の王であるヒグマを倒すまで、ロボットが再び動き出すことはありません』


 つまり、戦わなければ生き残れないと言うこと。

 貧弱な武器と、知恵を絞れと嘲笑う運営は。

 おまけのように、こう添える。


『ロボはこれより免疫抑制剤を周囲に散布します。すぐに〝鬼〟は集まってきますので、どうぞ皆様、迅速なご判断を。ちなみに爆発までの残り時間は59:59です』


 通信が途切れる。

 こちらへと走り込んでくる田代さんたち。

 頷き合って、ぼくらは向かう。

 恐怖と苦渋と絶望と、それでもこの先に未来があると信じて。


 決戦の地へと――



§§



「みすぼらしいかっこうだなぁ、おい!」


 ロボットが駐留ちゅうりゅうしている地点には、すでに双沢兄弟の姿があった。

 陽太さんは、ぼくらの姿を見るなり嘲笑の表情を浮かべる。

 それもむなし。

 こちらの手術着は、ギリギリまで袖や裾が切り詰められており、ほとんど着ていないのと同じだったからだ。


 彼は田代さんの、いまにもこぼれ落ちそうである豊満な肉体を眺め回し、舌なめずりをする。

 ぼくは彼女を庇うように前へと立ち、ナイフと棒で作った即席の鎗を突きつけるが、逆にライフルを向けられてしまう。


「雑魚、雑魚、貧弱ぅ! 貴様が一突きするのとおれがトリガーを引くの、どっちが早いか勝負でもするかぁ……?」

「しませんよ、そんな無駄なこと」

「……ふん、確かに無駄だ。この戦い自体無駄ぁ。弟が言うにはよ、すぐにでもケダモノどもが押し寄せて来るらしいじゃーねぇか。そこでおれは考えた。心臓だけを取り外して、さっさと回収地点に向かっちまう方が賢いんじゃねーかって」


 だが、と彼はそこで月彦さんの方を向く。

 社長はゆっくりと頷き、


「ハッキリそれは難しいね。運営が見逃すとは思えないし、ただでさえ心臓は文字通りの時限爆弾と化している。移動中に爆発すれば、命に関わるだろう」

「……そういうわけで、不承不承ながらこの心臓を守らなきゃいけねぇ。けどよ、このなかで一番強い武力を持っているのは誰だぁ?」


 彼はライフルをひけらかしながらぼくらを見回し、弟さんへと問う。


「兄さんだね。だから、僕は兄さんに従うよ」

「よくわかってんじゃねぇか。そうだ、おれに従っとけば間違いないんだよ、おれが世界で一番正しくて頭がいいんだから」


 それは、利己的なだけだろう。

 自分本位だから、自分にとってのあらゆるが都合がいいだけ。

 そんなものを、正しいとは言わない。


「なんだぁ? ずいぶん反抗的な目をしやがるな」


 またも突きつけられるライフル。

 けれど臆さず、ぼくは彼をにらみ返す。

 つまらなさそうに、男が肩をすくめ。

 何かに気がつき、ぼくらを数えた。


「あァん? いち、にー……ひとり足りなくねーか?」

「六車さんなら」

「誰が喋っていいと言った」


 口の中に押し込まれる銃口。

 ぼくは構わずに告げる。


トイレに行くととひれにいくひょあっちの林へあっちのはやしふぇ


 そこまで話したときだ。

 大きな。

 本当に大きな悲鳴が、響いた。


 全員が血相を変える。

 悠長に構えていた陽太さんですら、ぼくの口から唾液まみれのライフルを引き抜き、社長へと判断を仰ぐ。


「行こう、兄さん。先手を打たれたならまずい」

「くそっ、これだから無能どもは! ついてこい、貴様ら!」


 率先して駆け出す彼。

 一瞬、ぼくと社長は視線を交わし、そのあとを追う。


 辿り着いた先にあったものは――


「こりゃあ、ヒグマの仕業か……」


 辺り一面は、血の海だった。

 黒い血・・・で覆い尽くされており、周辺の木々には傷痕が。


「ヒグマの爪の痕跡あとよ」

「肉屋の娘が言うなら間違いねぇか……くそ、早速手駒を失った。すぐに戻るぞ、体勢を立て直す」


 ライフルで追い立てられ、ぼくらはロボットが静止している地点まで戻る。

 だが、その時には自体は大きく進んでいた。


『ぷぎゃああああああああ!!』


 〝鬼〟。

 人食い猪たちが、集まりはじめていたのだ。

 なるほど、やはり優先的に〝鬼〟は、免疫抑制剤をまき散らした心臓を狙うか。

 ついでに言えば、カウントダウンも43:31まで進んでいた。

 これに焦ったのは、陽太さんである。


「月彦!」


 彼が呼ぶと、弟さんは打つかのボールのようなものを取りだした。

 陽太さんは、ぼくらへそれを押しつける。


「原作者なら知ってるよなぁ、これは爆弾ボムだ。貴様らはおれの命令するとおり、それを抱えて猪の群れに突っ込め」

「冗談じゃないわ! そんなことしたら死んじゃうじゃない!?」

「おれのために死ねるなら本望だろうがよぉ!」

「きゃ!?」


 反駁はんぱくする田代さんを蹴り飛ばし、陽太さんはゲラゲラと笑う。

 彼は、自分が生き延びることしか考えていない。

 だから、いま月彦さんが微かに拳を握ったことにも気が付かない。


 そしてこの間にも、森からは無数の〝鬼〟が現れ、ジリジリと距離を詰めてくる。

 これまでの経験があるからだろう、一気には飛びかかってこないのが救いだが……かしこい。

 とても自爆特攻になど付き合ってくれるようには思えない。


『ぷぎゃああああああああああああ!!!』


 猪の群が、雄叫びを上げる。

 数匹が、探るようにしつつも心臓へと迫る!


 こちらとて無策ではない。

 手術着を千切って作っておいた、即席の投石機を取り出し、足下に落ちている石を拾い、投げつけた。


 原始的な兵器だが、侮ることなかれ。

 素人が軽く投げるだけで、プロ野球選手ぐらいの速度は出る!


 投げる、投げる、投げる。

 命中精度はそこそこ。

 しかし、当たった猪は僅かに怯み、迂回ルートをとった。

 それでも突っ込んでくる猪を、陽太さんが撃ち殺す。


 だが、獣は敏感に殺気を感じ取り、直角に曲がり、さらに追撃をかけてくるのだ。

 即席の鎗を構え、ぼくは前へと出る。

 突き出すが、回避されるミス

 ターゲットをこちらへと変えた猪が、かぶりを振る。

 牙が肌のすれすれを擦り、同じように戦っていた田代さんが悲鳴を上げて転がった。

 大丈夫、傷は負っていない。


 刻一刻と猪の数は増えている。

 全部で三十頭近いだろうか。

 まだこれほどまでの数が生存していたことに、驚愕よりも恐怖が先に立つ。


 あるだけの石を掴んで投げつけながらも、周囲の警戒を怠らない。

 そうしないと、次の瞬間には押し倒され、ぼくらは――あるいは心臓が――むさぼり食われてしまうから。


「これは、防衛戦だ!」


 叫ぶ。

 背後は海。

 すぐ側には守るべき心臓。

 相手の数は多数。

 こちらは、とにかく心臓を守り切って、ヒグマを倒せればいい。


「猪がこれほど集まってきているんです、ヒグマだってすぐに姿を見せる!」


 そうなれば、この爆弾でも何でも使って倒せばいい。

 それまで持ちこたえればぼくらの勝ちなのだ。

 だというのに、


「知るかよ! 爆弾抱えてさっさと突っ込め!」


 双沢陽太が、ぼくらへ死ねと銃口を向ける。

 突撃し、自爆しろと。

 そんな、無意味なオーダーを、自信満々で言い放つ。


「命が惜しい人間が、あなたの命令なんて聞くわけないでしょ!?」

「おれはおれの命令を聞かない人間は排除してきたんだよ、そこの女もそうだ……!」


 言いながら、田代さんへ照準を向ける狂気の男。

 再び起こる二者択一。

 前門のライフル、後門の〝鬼〟。

 万事休す。

 もはや打つ手無し。


「いやよ」


 田代さんが、石を拾い上げ、猪へと投げつけながら訴える。


「あたしは、こんなところで死ねない。最後まで、絶対生きる……! だって、それが、あの人との――」


 彼女は涙をこぼしながら叫ぶ。


「約束だから!」

「田代さん……!」

「っ」


 可能の背後から、大型の猪が飛びかかった。

 彼女がぎゅっと目をつむる。

 誰もが、もうだめだと諦めかけた。

 その時――


 一発の銃声が、轟いた。


 ドサリと落下する猪の巨体。

 眉間からは血が流れ、絶命している。

 猪の鳴き声に混じって響くのは、ガション、ガションと機械が地を蹴る音。

 そして――それは、やってきた。


 絶望の森から。

 真っ赤な切望いのりを載せて。



「はーっはっっはっはっは! よくぞ持ちこたえたな、愚か者たち!」



 これなるは希望を運ぶ大笑声。

 決戦の舞台フィールドへ響き渡る誇りに満ちた高笑い。


「嘘よ」


 田代さんが涙をにじませながら口元を押さえ。

 双沢陽太は絶句し。

 ぼくは、奥歯を噛んで、零れ出しそうな嗚咽を堪えながらその名を呼ぶ。


「豪さん……!」


 ――甲斐田豪が、生きてぼくらの目の前にいた!

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