第三話 覚悟と作戦

 ガサゴソと、木々の揺れる音が響き、ぼくらは咄嗟に身構えた。

 だが、現れたのはヒグマではなく、二体の四つ脚型ロボット。

 肩口には、これまで存在しなかった〝タイマー〟が姿を現し『160:00』『159:59』と赤い光を放ちながら、カウントを重ねている

 そんなロボットが、チラリと姿を見せては、また森の中へと引き返していく。


「羽白氏!」


 名を呼ばれたときには、ぼくは咄嗟とっさにスタートを切っていた。

 全力で心臓を追う。


 おそらく運営は、こちらへ揺さぶりをかけるためにロボと心臓を見せつけてきたのだろう。

 効果覿面こうかてきめんであることは疑いの余地がない。

 自らの適合心臓が遠ざかり、次は爆破されるとなれば、参加者は決死の覚悟でヒグマへと挑むしかないからだ。


 希望が手のひらからすり抜けていく感触。

 そして、あと少し指を伸ばせば光に届くという実感。

 この二つを与えながら生かさず殺さずに振り回すこと。

 それが、デスゲームの正しい運営方法。


 だが、運営は一つだけミスを犯した。

 月彦さんが、ぼくへこれほど情報を提供するとは考えていなかったことだ。

 ピースは揃っている。

 あとはただ、答え合わせをするだけ!


「切り札は」


 切るべき時に切ってこそ、初めて真価を発揮する。

 だから、躊躇なくそのスイッチを、押し込む。


5秒間フィフティィィィィィィ停止フリィィィィィィズ!!!!!!!」


 起動されたリモコン。

 動力が切れたように、ぴたりと制止する二体のロボット。

 最大5秒間、ただ一度だけぼくはおまえ達を制止させることが出来る!


 しかし、それはあちらも計算ずく。

 隔てられていた距離は絶望的で、触れることなど適わない。


 ――それで、いい。


 ガションガションと音を立て、再起動したロボットが逃げていく。


「……使ったのですか」


 追いかけてきてくれたらしい六車さんの問い掛けに、ただ頷く。

 答えは得た。


「六車さんのイニシャルは、なんですか」

「……M.Nです」

「片方の心臓には、Y.Sとありました」

「…………」


 彼女は眉一つ動かさない。

 それが逆説的な答えであることを、本人が一番解っているだろうに。


「戻りましょう。ぼくらは……いえ、ぼくは」


 田代七生さんに、告げなければならない事実がある。


§§


 合流したとき、田代さんはうずくまっており、社長からずっと何かを話しかけられていた。

 ボロボロと泣きながら、後悔とも苦悩とも違う表情で呻いているのだ。

 そんな彼女へ追い打ちをすることははばかられたけれど。


 ここで黙っていることが正しいとは思えない。

 なによりも、そんなことを甲斐田豪は許さない。


「田代さん、お話があります」


 ぼくは、地べたに正座し、彼女と視点を合わせながら告げる。


「これから、どうしようもない事実を言います。推論から導き出した、酷い結論を開示します。もしも嫌なら、耳を塞いで目を閉じていただいても構いません」

「……聞くわ」

「本当に、救いのない話です。それでも」

「ええ、それでも聞く。あたしはいま、生きてる。甲斐田っちが生かしてくれた。だから……全部受け止めなきゃいけない」


 覚悟とともに上がった眼差しは、泣きはらして赤く。

 けれど、決然としていたから。

 だから、同じ覚悟で頷きを返す。


「心臓に書かれていたアルファベットの謎が解けました。あれは……ぼくらのイニシャルです」

「それ、あんたが否定したことじゃない」

「間違っていたのは、何をイニシャルと考えるかです」


 頭文字という意味では正解だった。

 だが、名前ではない。

 一番のヒントは、月彦さんのくれた強引なイニシャルという言葉。

 つまり、H.I――ではなく、名前の無様な直訳WingWhite・OneStep――W.O。

 羽白一歩は、この命名規則に則れば〝白の1番White・One〟なのだ。


 そうだ。

 改めて考えれば、参加者の名前には常に数字があった。


 羽白一歩の一番。

 双沢兄弟は、二番。

 四橋伝助で四番。

 甲斐田豪は、豪が五で五番。

 海島孝雄も、同じように海が〝み〟で三番。

 そして、六車法子と、田代七生。


 数字がイニシャルの片方であることは間違いないと仮定して。

 では、残る一方は何か?

 決まっている――手術着の色だ。


 ぼくが白であったように、豪さんが赤であったように、全員に異なる色が与えられていた。

 色は、英語に変換可能だ。

 白はWhite。

 赤はRED。

 そして、桃色は――


「わかった。あたしだってバカじゃない。バカだけど、このくらいは解る。つまり、甲斐田っちと一緒に海へと落ちた心臓【P.S】は」

「はい、ピンク・セブン――桃色の手術着を着た、田代七生さん。あなたを指す言葉です」


 つまり、最早彼女には、助かるための適合心臓が存在しないことになる。

 どう足搔いても、いつかは死ぬ。

 だとしたら、これからぼくらが強制されるヒグマとの戦いに臨む必要はない。


 そう、続けようとして。


「あんたのこと、ずっと見くびってた」


 まっすぐにぼくを見つめながら、彼女が言う。

 その両目からは、未だに涙がこぼれ落ちており、ぷっくりとした唇の端を濡らして顎まで流れていて。


「原作者とか言ってるけど、肝心なところで役に立たなくて、いつも何考えてるかわかんない顔してて、正直不気味だったし」


 それは、申し訳ないことを。


「でも」


 彼女が立ち上がる。

 真っ直ぐに、こちらへと手が突き出される。


「いま、信用したわ」

「……なぜ、です?」


 言葉の意味も、差し出された手の意味もわからなくて問えば。

 田代七生は、これまでになく。

 チャーミングに、笑った。


「甲斐田っちが、あんたに後を頼むって言ったから」

「…………」

「ってのは、そりゃあ一因なんだけど、違くて……正直に、話してくれたから」


 ぼくが、正直だったから。

 だから、信用しようと思ったのだと、彼女は続ける。


「ぐじぐじいつまでも隠してるならぶん殴ってやろうかとか、ナイフで心中してやろうかとか思ったけど」

「ドン引きなこと考えてるじゃないですか……」

「でも、違った。男ぶり、ちっとは上げたじゃない、一歩ちゃん?」


 ドキリとする。

 初めて名前を呼ばれたからか?

 いいや。

 これは、きっと。


「あとね、あたしが作った料理、あんたはすごく美味しそうに食べてくれたもん。あれ、うれしいもんなのよねー」


 にこりと笑った彼女が。

 すぐに表情を改める。


「だからこそ、ヒグマは許せないの。あたしは……あたしを守ってくれた甲斐田っちを信じるし、そのひとを殺したやつをぜったい許せない」

「つまり、田代さんは」

「ええ! ヒグマを倒す! 肉屋の娘が、全力を賭けてね」


 もはや、双眼そうぼうに涙はない。

 あるのは力強い、復讐の意志。

 正しき怒りと憎悪がそこにはあって。


 ぼくは。

 彼女の手を取った。

 きっと、同じ気持ちだったから。


「豪さんに、報いましょう」

「もちのろんよ!」


 固く握手を交わすぼくら。

 一致団結して、ヒグマを倒す!

 その意志を固めたところで、


「盛り上がっているところ、ザックリ済まないが」


 月彦さんが、全く申し訳なさそうに思っていない顔で言った。


「僕は、そろそろ兄さんの元へ帰られなければならない。そして兄さんは、おそらく君たちを脅すだろう」


 なぜなら、彼の手元には。


「唯一〝鬼〟を倒せる武器、ライフルがあるからさ。間違いなく、自らが生き残れるように、有利な条件を突きつけてくるはずだ。どうする、羽白一歩くん?」


 そんなもの、決まっている。


「ぼくに、考えがあります」


 だから。


「月彦さん、あなたの本当の目的――今度こそ教えて下さい」

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