第二話 盗作の真実、そして協力の申し出

「単刀直入にハッキリ言おう。君のゲームを盗んだのは――僕の兄だ」


 命からがら逃げ延び、廃墟の中で気休め程度の獣よけとして火をいたところで。

 双沢社長はそんなことを言い出した。


「それは【しんにげ】の話ですか?」

「無論、そうだ。我が社の売り上げとしてはさほど大きな部類ではない。けれど、調査の結果作成日時は羽白一歩くん、君の方が早いとキッチリ断定できた。ゆえに、直接謝罪をさせて貰いたい。すまなかったね?」


 頭を下げる大企業の社長。

 しかし、正直いまは、そんなことなどどうでもいい。

 確かに、積年の恨みであるとか、ずっと腑に落ちないものがあったのは確かだが、生きることの方が現状では優先される。

 つまり。


「ぼくに負い目があったから、先ほどは助けてくれた、ということですか?」


 確認すべきは、この一事。

 しかし、月彦さんは首を振った。


「この際だ、厳密にキッパリ伝えておこう。さほど君に興味はない。あるのは純然たる責任と、加えて言えば利用価値だよ」

「利用価値……」

「嫌いなのでね、曖昧模糊としたことが。だから直言になってしまうが、気を悪くしないで欲しい。君ならば、七生くんを守り通せると考えていた。原作者の知識を活かしてね」


 ……ようやく理解した。

 この人の行動原理は、田代七生に依存している。

 ビルの屋上でヒントをくれたのも、さきほどぼくらを助けてくれたのも、あくまで田代さんを守るため。

 そして、それすらもおまけでしかない。


「本当の目的はなんですか?」

「ギクリとする目をしているね。恐ろしいほどの自信と虚無に裏打ちされた眼差しだ」


 似たようなことを、そういえば豪さんにも言われたな。

 ちっとも自分ではそう思わないけれど。


「いいだろう、僕の過ちが、君にその眼を与えたと考える。だからこの際、サッパリ自白してしまうがね、僕の目的は二つある。一つ、七生くんについてのしがらみを解決すること。そして二つ、兄についてだ」


 彼の兄。

 双沢陽太。

 ぼくらに散々な挑発を行ってきたたちの悪い人間。

 彼は――


「双沢陽太は、このデスゲームを立ち上げた張本人です」


 思いも寄らない方向から言葉が飛んできた。

 見遣ると、六車さんがメガネの位置をただしている。


「兄を知っているのかい? えっと、ミス」

「六車法子。そう名乗っているわ」

「なるほど、シグナルイエローというわけか」


 社長の視線は、彼女の手術着へと注がれていた。

 確かに黄色をしているけど……警戒色シグナル・イエロー


「解った、この話を僕は掘り下げない。ミス・六車、君がザックリ語るといい」

「ありがとう、そうさせて貰う。羽白氏、この男の兄、双沢陽太はあなたのゲームの内容を盗みました」


 話が一巡してしまったが、新たな謎がここに芽生えた。

 なぜ、六車さんがそのことを知っている?


「……私も、研究を盗まれたから」

「どういうことです?」

「双沢カンパニーは、月彦氏を社長として運営されている。けれど、実際に主導権を握っているのは陽太氏の側。彼は非合法な手段を持って、世界中の学者やクリエーターから技術を搾取してきたのです。全ては自らの千年帝國、かねの牙城を築くため」


 話が壮大になってきて理解が追いつかない。

 要するに、金にがめつい陽太さんは悪人だと言うことでオーケー?


「僕としてはスッパリいきたいが、一概に兄を悪人と切り捨てることは出来ないね。兄が集約した技術によって助かった人間も多いのだよ。事はゲーム業界だけでなく、医療、政治、最終的には軍事転用にまで及ぶ。アルフレッド・ノーベルを当然知っているね?」


 ダイナマイト作ってノーベル賞立ち上げた、あのノーベル?


「そうだ、彼の発明は世界中で多くの人間を殺した。しかし、後世において創出されたノーベル賞は、いくつもの研究を後押しし世界平和に寄与、それどころか平和賞などというものまで存在する。兄さんは、そういう類いの人種だ。もっとも、性根はソックリ真逆だが」


 ……ついていけない。

 こっちはただの小市民だというのに。


「羽白氏、重要なことは一つです。彼はあなたのゲームを盗んだ。それはなんのためだと思いますか?」

「…………」


 ここまでくれば、自分の思考が誘導されていることぐらい解る。

 だから、他の可能性、見逃しているファクターなども、全て総ざらいした。

 論理式、変数、何度となく試算される解。

 けれど、出力される答え自体は、変動しない。


「双沢陽太は……デスゲームを始めるために、【しんにげ】の知識が必要だった……?」

「おそらく」


 断言しないあたり、本当に六車さんは医者……というか学者なのだなと思った。

 彼らは、可能性が僅かでも存在するなら、絶対に断言などしない。

 それが時に誤解を呼ぶとしてもだ。


 彼女がデスゲームについて知っている。

 それだけで、本来なら不審さを抱くべき事だ。

 なんなら、運営の送り込んだスパイとか、こちらに不和招くための攪乱要因だとか、そう判断するのが普通だろう。


「陽太さんが【しんにげ】を奪った動機は理解しました。でも……新しい疑問がふたつあります」

「聞きましょう」

「右に同じく」


 六車さんと月彦さん。

 二人が神妙な表情になる。

 なにを言われるか分かりきっている様子だった。

 あー、やりにくいなぁ……。


「ひとつめ、運営側であるはずの陽太さんが、なぜデスゲームの参加者に?」


 そして、二つ目だ。


「なぜ二人は、そこまで事情に詳しいのですか?」


 月彦社長は、なんとなく解る。兄弟だし、同じ企業に所属しているし。

 しかし、六車さんの知識はなんだ?

 本当に、技術を盗まれただけか?

 だとしたら、どうしてこう言った事実をいままで黙っていた?

 仲間を信じるということと、疑問を疑問のまま投げ捨てるのは違う。


 この場で不満を抱えているのはぼくだけではない。

 ずっと彼女たちを睨み付けている田代さんだって、そのはずだ。

 はたして、答えは明朗に返ってきた。

 月彦さんが頷き、ハキハキと口を開く。


「二つの答えはシンプルだ。【心臓が逃げる!】にはゲームマスターが参加している。そして参加者はゲームマスターによって無作為に選ばれる。つまり兄は――」


 彼がそこまで語ったとき。

 端末が、まるで言葉を遮るように、ブザーを鳴らした。

 まるっきり、計ったようなタイミング。


『ぶーぶーぶー! これより、最後のイベントを開始します。皆さんには〝鬼〟のボス――ヒグマを討伐していただきます』

「ふざけるな!」


 思わず叫んでいた。

 冗談ではない。

 どうやってあの化け物を倒せというのだ。

 豪さんですら、差し違えることすら出来なかったというのに、いまこちらには武器一つないんだぞ?


 そんな一種の諦観が、ぼくらの中に流れる。

 だが、運営はこれを見越していたように。


『このイベントは強制参加です。もしも参加を拒否された場合』


 白い胸像が。

 端末の中で、嗤った。


『残りの心臓を、爆破させていただきます』

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