第四章 初心に返ろう! アップ&ダウンゲーム!

第一話 社長と恋人と原作者と

「本心から、僕は君たちとの勝負を望む。しかし……そのまえに挨拶すべきひとがいる。そうだね、七生ななお?」


 双沢月彦の視線の先に、彼女はいた。

 闇夜の中、その豊満な肉体を強く抱きしめ、驚愕に満ち満ちた表情で黒い双子の片割れを見詰める女性。

 田代七生。


 まさか、面識があるのか、社長と?

 ぼくだけではなく、彼女とも因縁を持っている?

 もしかして、この場にいる参加者にはなにか規則性があるのかと考えかけて、もっと重要な事へ思い至る。


 彼らは双子。

 つまり、二人の人間。

 ならば――


 ぼく――羽白一歩。

 甲斐田豪。

 四橋伝助。

 六車法子。

 海島孝雄。

 田代七生。

 そして……双沢陽太と、月彦。


 計8名!


 どういうことだ?

 運営は確かに、参加者は七名だと言った。

 ぼくが作った作品でも、実際にリリースされたゲームでも、最大参加人数は七名だ。

 しかし、この島には八名の人間がいる。

 すくなくとも、しばらく前まで存在した。


 もちろん、この死亡遊戯が尋常の代物ではないことは解っている。

 炸薬ボルトの件といい、ヒグマのことといい、不可思議なことは山積みだ。

 考え出せば切りがない。

 悪意に底などない。

 だが、この不確定な状況では、ビルからの脱出経路も本当に存在するのか、一方通行なのか疑わしい。


 黒い双子だって、その通路を通ってきたのかもしれない。

 また、猪たちがここへ殺到する可能性も考慮する必要がある。

 忘れがちだが、ヒグマの追跡だって受けているのだ。

 やはり、一時の感情に流されて、勝負など受けるべきではない。


 ……思えば、ぼくはここで大きな間違いを犯していた。

 考えるべきは、ゲームの不確定性ではなく、、ということだったのだ。

 けれど、このときは目先のことで精一杯であり、固定観念に囚われてしまっていて。


 だから、双沢社長が告げるマイペースな。

 むつむような田代さんへの言葉を聞いて、そちらへと思考を切り替えてしまって。


「ずっと探していたよ、君のこと」

「安易な嘘つかないで!」


 闇夜に響く打突の音。


「……グーは、さすがにひどくないかい?」


 寄り添おうとした双沢さんの頬を、田代さんが思いっきり殴り飛ばしたのだ。

 よろける社長は、しかしすぐに乱れた服装を整え、笑みを浮かべる。

 対照的に眼差しを険しくする一児の母。


「足りないわよ! あたしが、どれだけ大変な人生を送ってきたか、ぜったいわかんないくせに!」

「確かにそうだ。それはじつに明確だ。はっきりしている。愛しい人、君の人生は塗炭の苦しみに満ちていただろう。たとえば――」

「やめて。あんたの都合で、あたしの生き様を語らないで」

「……同意しよう。君の全ては、ハッキリと君が語るべきだ」


 社長が頬を摩りながら、田代さんへ主導権を渡す。

 そして、厚化粧の美女は語りはじめた。

 その、愛憎に満ちた半生を。



§§



 田代七生が幼いときのこと。

 彼女の父親は脱サラして、ジビエ専門店を始めたのだという。


「お父さんは、取引先の接待で見た猪狩りに魅せられてしまったの。以来、猟銃や罠猟の資格を寝る間も惜しんで……えっと、お昼寝はしながら取得して、猟師になった。そしてはじめたわ、小さなお店を」


 それが、ジビエ専門店〝狩猟家田代〟一号店。


「初めは順風満帆だった。世はジビエブームの真っ最中だったし、立地も悪くなかった。退職金じゃ足りなくて、借金をして作った店だったけど、ぜんぶ上手くいってた。あんたが……現れるまでは」


 キッと社長を睨み付ける彼女。

 社長は何も言わず、ただその刺すような視線を受け止めている。


陸クジラ肉いのししのユッケを食べたあんたは、こう言ったわね。この料理を作ったのは誰だって」

「ああ、そして、それは君だった」

「あたしは修行中だった。いずれは店を任される板前として、当時は花の看板娘として」

「そんな君に、僕は一目惚れした。そして、君も」


 ラブストーリーは突然に。

 かくして二人は愛し合うようになったらしい。

 おおよそ、恋愛は上手くいっていたという。


「熱々だったわ、焼きたてのモツのように。そして危険だった、あんたという食中毒は」

「……いい話だ」


 絶賛手当の真っ最中である豪さんが、はらりと落涙しながら合いの手を挟んだ。

 いいのか、日本一の俳優。こんな三文芝居で泣いていて?

 ほぼほぼ茶番だぞ?


「……話、続けていい?」


 どうぞどうぞとぼくは促す。なんであれ情報は大切だし、生きて帰ったらなんかのゲームのネタになるかも知れないし、なにより聞くのはただである。


「ごほん」


 気を取り直した田代さんが語る。

 確かに蜜月はあったのだと。

 だから、結ばれる約束をしたのだからと。


「あなたは融資を持ちかけてくれた」


 盛況だったからこそ、店舗の拡大を考えていた田代さんの父親は、娘と花婿を店主にすえるべく奮闘する。

 これに双沢社長も応え、自らの資産を譲渡しようとしたらしい。


「そのときになって、初めてあたしはあんたが大企業の御曹司おんぞうしだって知ったわ」

「……家柄や立場で見て欲しくなかったのさ」

「どの口がそんなことを言うわけ?」


 ほんの一瞬前の甘さなど消え失せる。

 怨嗟さえ込めて、彼女は告げる。


「あの日、あんたは大事な話があるってあたしを呼び出した。お店が終わったあと、二人で会えないかって。プロポーズだってすぐに解った。だから、営業中に人が倒れたり救急車が来ても、あたしはちゃんと待ち合わせの場所へ行ったの」


 ……うん?

 営業中に?

 人が倒れて救急車で運ばれた?

 これは、まさか……?


 ぼくは隣を見遣る。

 イケメン俳優が、亜音速で視線を逸らした。

 え? は? ……マジ?


 気が気ではないぼくらの横で、愁嘆場しゅうたんばはクライマックスを迎えようとしていた。

 しかし、このパターン、社長が待てども暮らせども来ない感じのやつだ。


「あんたは来た」


 来るのかよ!?

 しかし、だったらなぜ、ふたりは険悪な感じに?


「いつもと違う雰囲気のあんたはこう言い放ったわね、別れようって。どうしてって訊ねたわ。悪いところがあるなら治すからって。あなたはなんて返したか、覚えてる?」

「……なんて、言ったかな」

「『勘違いで本気になられて迷惑してるんだよねー。こっちは大企業の次期社長様だぞ?』ってのたまったのよ! 一言一句、声のトーンから嫌味に突きつけられた指先の指紋の形まで、全部覚えてるわ!」


 そして、二人は破局へ至ったのだという。

 この関係性は修復されることなく、今日まで続き、そしてこの島で再会を果たした。

 すべてを聞き終えて、双沢社長は大きくため息を吐く。


「は? 責任逃避? 許さない。あのあと、あたしは何度もあんたと話をしようとしたのに、ぜんぶ会社に断られた。それでお父さんはショックを受けて、ひとつ目の店は資金繰りに困って潰しちゃった。だから、あたしは、あんたを――」


 激発寸前の彼女。

 しかし、致命的な言葉が放たれる寸前、よく通る声がそれをかき消す。


「ならば、やるべきことはひとつだ」


 甲斐田豪が、肘をつきながら半身を起こす。

 ボロボロでありながら、唇を真っ青にしながら。

 それでもしっかりと、言葉を紡ぐ。


えんなもの味なもの。四百四病しびゃくしびょうほかを解決するならば、向き合うより他はない。田代」


 彼は鋭い眼差しで。

 しかし優しげな光を湛えながら、婚約破棄された女性へと決断を促した。


「この勝負、受けて立て。過去の因縁に、ケリをつけるがいい」

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