第五話 最後の参加者たち

「うおおおおおおおおお……!」


 ぼくらは走っていた。

 懸命に、全力で、不安定な足場を疾駆はしっていた!


 ここまで、これほどまでに運営が悪意の塊だとは想定外だ。

 まさか、豪さんが勝利者になると同時に、ぼくら全員を敗者と見做みなし――物理的に足場を崩してくるとは!


 僅かでも幸運があったとすれば、ぼくらは前へと進んでいたこと。

 他ならない豪さんが、進めと告げていてくれたこと。

 ゆえに対岸のビルはすでに目前。

 されど足場は崩落寸前。

 一か八か、やるしかない。


「全員で跳躍しとびます!」


 誰に向けて言葉を放ったか、土壇場でのことで、よくわからなかった。

 けれど、ぼくは足場が崩れきるより僅かに早く、鉄骨を蹴って。


 近づくビルの縁。

 飛翔する身体。

 刹那、襲い来る重力が、まるで無数の呪縛、絡みつく暗黒色をした腕のようになり、身体を大奈落へと引きずり込もうとする。


 届け、届け、指先一本でいいから、ビルへ……!


「届けェええええええ!!!」


 ――届いた。

 必死で握りしめる。

 しかし、身体はさらに下へと引っ張られていく。

 当然の理屈、ぼくと六車さんたちは、一本のロープで結ばれているのだから。


「ぎゃあああああああああああ!?」

「死など、私には生温い……!」


 田代さんの悲鳴。

 六車さんが、決死の覚悟で伸ばす腕。

 ぼくの指先が、過重の限界に達して、へし折れそうになった。

 そのとき。


「はーっはっはっはっは!」


 再び響く高笑い。

 ぐっと、ぼくの腕が掴まれる。

 大きなスイング。

 落下という位置エネルギーが、回転によって円運動へと置換され、そのまま遠心力でぼくらを上空へと放り投げた。


 甲斐田豪。

 あのひとが、やり遂げてくれたのだ!


 無論、豪さんの体重だけでぼくらを振り回すことなど不可能だ。

 しかし、彼はロボットの躯体を用いることで、不足している重量をまかない。

 さらにバランス棒をつっかえ棒のように用いることで身体を固定、ぼくらの救助をやり遂げた。


 どさどさと屋上へ落下するぼくら。


「し、死ぬかと思ったー!!」


 泣き出す田代さんと、さすがに鉄面皮を崩し、放心した顔を覗かせる六車さん。

 荒い呼吸を繰り返すぼくを、豪さんが覗き込む。

 無言で差し出された手を掴み、立ち上がった。

 刹那、ぐらりと傾斜する長身。


「豪さん!?」

「……豚の心臓め、気を抜くのが早すぎるぞ。いや、よく保ったと褒めるべきか」


 彼は胸を押さえていた。

 免疫抑制剤が切れたわけではない。

 心臓自体が、この急激な運動に悲鳴を上げているのだ。


「六車さん!」

「横にさせてください。すぐに診察します」


 患者がいるとなれば即座に立ち直る彼女は、生粋の医者だった。

 横たえられ、脈を取られ、呼吸を管理される豪さん。


「ありがとうございます」


 心底からお礼を言えば、彼は苦しげな顔に、しかし微かな笑みを浮かべる。


「甲斐田っち。あんた、ひょっとして」


 まだべそをかいている田代さんがこちらへと這いずりやってきて、何かを訊ねようとした。

 その時だった。


「見事だと言っておくぜぇ、よくもまあ悪運強く切り抜けたなぁ。まーったく、面白い見世物だったよ」

「兄さん、彼らの健闘はカッチリ讃えるべきだよ、実際によくやったとも」


 拍手とともに、二つの影が現れた。

 それは――


「双子……?」


 真っ黒な手術着を着た。

 全く同じ顔を持つ、二人の壮年男性で――


「そう、よくやった。だから……いま手に入れた心臓を賭けて、僕らと勝負をやらないかい?」


 とんでもないことを、言い放つ。


「おれは陽太ようた月彦つきひこの双子の兄だぜー」


 黒色の右側が名乗る。


「僕は月彦、陽太の双子の弟だ」


 黒色の左側が名乗る。

 彼らは背中合わせに立ち、くるくると位置を入れ替えながら語りかけてくる。

 どちらがどちらか、ぼくには全く判別がつかない。

 しかし、言葉の意味はわかる。


「勝負? それになんのメリットが?」


 若干の苛立ちを込めながら問う。

 豪さんが命を賭けて手に入れてくれた心臓もそうだけど、彼自身が弱っているときに勝負を受ける意味など見いだせない。


 ……いや、これはぼくの感情論だ。

 死亡遊戯【心臓が逃げる!】。

 この場で彼らが、そんな提案をしてくる意図を読め。甲斐田豪が倒れているいまこそ、ぼくがしっかりするんだ。


 運営の悪意。

 手に入れた心臓とロボット。

 向かいのビルを占拠する猪。

 ……この場所は、どこにある?


「つまり……あなたがたはこのビルからの脱出ルートを、知っているわけですね?」

「けーっへっへ、話が早ぇ! そうとも、この海上に孤立した建造物。そこから脱出する手段だ、てめぇらは喉から手が出るほど欲しいはず――」

「地下に、トンネルがある。違いますか?」

「――――」


 ぼくの言葉に、双子の片方が顔を引きつらせた。

 自分だけのアドバンテージだと思っていたのか、だとしたらお笑いぐさだ。

 少なくとも、仕様が変わっていないのなら、ぼくに解らないことはない。

 もっとも、出口は一方通行。だから、先ほどのような危険な賭けに出ざるを得なかった。

 しかし、相手の提示している情報がこれだけなら、やはり戦う理由などない。


「なるほど、君がそうなのだね?」


 黒い男が告げる。

 いま顔を引きつらせたのとは逆の男。

 彼は、


「このゲームの産みの親、羽白一歩君?」

「なぜ」

「なぜそれを、かな? 答えはサッパリ瞭然りょうぜんだ。しかし、原作者に敬意を表して、今一度名乗ろう。僕の名は双沢ふたさわ月彦」


 ……覚えがあった、その名字には、嫌って言うほど。


「この国で最も巨大なゲーム製作企業、双沢グループの社長だよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る