第二話 かくてゲームは開始を告げる

「へっへっへ、合意だよな? これは合意だよなぁー?」


 突然割って入ってきたのは、双子の片割れだった。

 社長と瓜二つの顔をした――違うところと言えば、社長には泣きぼくろがあって彼にはない――男が、懐からトランプを取り出しシャッフルをはじめる。


「低脳な貴様らは忘れてるだろうから、もう一度名乗ってやるぜー。おれは双沢陽太。月彦の兄だぁ」


 双沢兄……陽太さんは、こちらの様子を観察しつつ、現状をまとめていく。


「貴様らが賭けるのは、いま手に入れた心臓。おれたちが賭けるのはこのビルからの脱出経路。はぁーん、等価値だよなぁ?」


 冗談ではない。

 通路は探せば見つかるし、ぼくは位置を把握している。

 そんなもの、賭けの対象に見合うものではない。


「――と、原作者くんならば考えるだろう。いまのは兄の粗相そそうだ」

「賭けの対象は、他にもあると?」

「ああ、羽白一歩くん。こちらも相応のものを出す。たとえば……君たちは心臓が誰のものであるか、見分ける手段をもっているかな?」


 うっと言葉に詰まる。

 豪さんの端末には、ピックアップポイントの座標が示されていたが、それは必ずしも適合心臓を手に入れたことを意味しない。

 参加者は現在八名。残された心臓は三つ。そのうちの一つが手元にあるが、確率としては八分の一。見分けがつくなら、それに越したことはない。


 ……だが、ぼくは原作者だ。

 ある程度の情報は、やはり把握している。


「六車さん。豪さんの代わりに、ロボットの身体を調べてください」

「……具体的には、何を?」

「心臓の近くに、なにか記号があるはずです」


 陽太さんが口笛を吹き、ニヤニヤとした笑みを向けてくる。

 ずいぶんと下に見られているようだが……いや、いまはいい。

 程なくして、それは見つかった。


「あった。記号というか、これはローマ字ね?」

「何と書かれていますか。恐らくはイニシャル――」

「P.Sと書かれています」

「――は?」


 ぼくは、間の抜けた声を漏らした。

 P.S? それはおかしい。

 そんなわけがない。

 自らもロボットへと走り確認するが、刻まれた文字は変わらない。

 P.S。

 不条理なまでに、不動な刻印。


「ありえない。だって、ここにあるのは参加者のイニシャルなはずで」


 P.Sを頭文字とする参加者は、ぼくらの中に存在しない。

 既に退場した四橋さんや海島さんも該当しない。

 なんだ、いったいどうなっている……?


「おっとー、当てが外れたようだねぇ、原作者ちゃーん?」


 嫌味たっぷりにこちらを見遣り、べろべろと舌まで出して煽ってくる陽太さん。

 名前に似合わず陰険な……。


「でも、これでわかったんじゃないかぁ? おれたちと戦う以外に、その記号の意味を知る方法なんてないってよぉ」


 それは。

 しかし、せっかく手に入れた心臓を賭けるなんて。

 そもそも、これは豪さんのもので。


「気にするな、トウサク」


 まだ多少よろついている彼が、ぼくへと歩み寄り、肩へ手をかけながら言ってくれる。


「何かを手にするには、両手で抱えたものを一度手放さなければならない。当たり前のことだ。おまえは何も気にしなくていい」

「でも」

「それに、だ!」


 甲斐田豪が、声に張りを宿らせる。


「田代七生! あんたの因縁、確かに聞いたぞ。その怨み、この場で晴らすといい」

「……そこまでしてもらう理由、わかんないよ」


 戸惑い、困惑した様子の田代さんへ。

 豪さんは、男臭い笑みを向けるだけで。


「この心臓の権利は、俺のものだ」


 彼は視線を転じ、黒い双子を見据える。


「ならば、決闘を受けるか否かの権利も、俺にある。承諾するぞ、双沢月彦、そのおまけ!」

「おれがおまけ? 目が腐っているのか、貴様!」

「腐っているのは、あんたの性根だ。とにかく、勝負を受ける。内容はなんだ?」


 もはや、反故ほごに出来るような空気ではなかった。

 助けを求めるように六車さんを見遣るが、彼女もただ肩をすくめるだけ。

 この場に彼らを止められる人物などひとりもおらず。

 そして、社長が満足そうに手を打ち鳴らす。


「すばらしい覚悟だ。それでは、勝負の方法を告げよう。なに、簡単なゲームさ」


 彼は、兄である陽太さんからトランプを受け取りつつ、告げた。


高いか低いかアップ&ダウン。トランプに未来を占わせる、純粋な数学勝負だとも」

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