第三話 ドキドキ鉄骨渡り!

 甲斐田豪は、俳優としての演技に幅を持たせるべく、銃器の取り扱いを渡米して習得したという。

 いま、一切のよどみなく取り出され、狙いをつけられたライフルもまた、そんな努力の賜物なのだろう。

 精密な射撃によって放たれた弾丸は、ヒグマの頭部に狙いを違わず命中し――


「はじかれた!?」


 思わず悲鳴を上げてしまう。

 30口径が、横滑りしていったのだ。

 額を撫で、うなり声とともに不快感をあらわにするヒグマ

 そんな、猪は一撃だったのに……。


「熊の頭蓋骨はライフルを弾くぐらい硬いの! いいから逃げて!!」


 田代さんの痛切な叫びを受けて、今度こそ一目散に逃げ出すぼくら。

 幸い、ヒグマはぼくらを狙うよりも、解体されたまま放置されていた猪肉いのししへと夢中になって齧り付いていた。


 ……やはり、そうなのだ。

 このヒグマは、この島の生態系の頂点。

 免疫抑制剤中毒の猪こそを捕食するプレデター。

 いうならば、中毒者中毒ジャンキー・ジャンキー


 だから、同じように免疫抑制剤を摂取するぼくらを襲ってくる。

 もっとも、そんな謎が解けたところでなんになるのか解らないが……


「医者、残弾はいくつだ」

「あと5発」


 六車さんからライフル弾を受け取りつつ、渋い表情になる豪さん。

 たしかに、あの光景を見た後だと心許ない。

 となれば――


『次なるイベント、ドキドキ鉄骨渡り! では、心臓をめぐってチャレンジをしていただきます。また、猪撃退用アイテムも再度配られますので、ふるってご参加ください。人数制限はありません』


 この、白い胸像の言葉を真に受けるしかない。

 ゲームを作っている間も、弾数と〝鬼〟のパワーバランスには悩んだものだ。多すぎれば無双ゲーになってしまい、少なすぎればユーザーのストレスがたまる。

 絶妙なラインで構築したと思っていたが、ヒグマは完全に想定外。

 このデスゲームの運営が、てこ入れしてくれることを望むが……はっきりいって、非人道的な振る舞いしかこれまでなかったので信用できない。


 それでも、弾数は多い方がいい。

 ヒグマが猪肉へ釘付けになっている隙をフル活用し、ぼくらは指定されたエリアへと向かうことにした。


「――しかし、一切打つ手なく勝負をするわけにはいきません。ぼくも、すべての知識を用います」


 言いながら、そのあたりの樹木に絡んだ蔦へと手をかける。


「なんのつもりだ、トウサク?」

「転ばぬ先の杖ですよ。あと、現地に着いたらすぐ免疫抑制剤を打ちましょう。そこがギリギリのタイミングだと思われるので」



§§



 準備を終え、目的地に辿り着いたのは、日が暮れきった頃。

 海を背にして、暗黒の中にそそり立つのは、二つの高層ビルディング。


 ビルの片方は海中に基礎が作られており、こちらから移動することは不可能。

 橋が渡されているわけでもなく、ではどうやって繋がっているかと言えば……もう一方のビルを屋上まで登り詰めたときに判明した。


 鉄骨。


 足幅と同じぐらいの細い鉄骨が二本。

 こちらから海の中程に建つビルへと真っ直ぐ伸びており、ビュウビュウと潮風を切り裂いていた。

 端末が、震える。


『参加者の皆様がご到着されましたため、第三のイベント〝ドキドキ鉄骨渡り〟を開催します。賞品ですが――鉄骨の向こう側を御覧ください』


 言われるがまま視線を向けると、向かいのビルの上で何かが立ち上がった。

 バッと明かりがつき、ライトアップされる〝それ〟は。

 機械の四つ脚を持つ軍用機械。


 即ち、逃げる心臓で。


『見事鉄骨渡りを成功させました最初の一人に、あの心臓をご提供致します。その人物が無事な限りは、従順な挙動を約束しますので、奮ってチャレンジください。なお――ただいまより入り口はロックします』


 無慈悲な宣告と同時に、出入り口の扉がガチャリと音を立てる。

 六車さんが確認するが、首を横に振るばかり。

 どうやら閉じ込められたらしい。


「ライフルでドアの基部を破壊すれば、開けられるぞ。どうするトウサク?」

「マスターキーって訳ですか。でも、弾は取っておくべきです。なぜなら」


 ぼくが言い終えるよりも早く。

 〝それら〟が雄叫びを上げた。


『ぷぎぃいいいいいいいいいいいいいい!!』


 一体どうやってここまで連れ来たのか、5匹の猪が、屋上のあちこちでケージに押し込められていた。

 目は血走っており、よだれはだらだらとこぼれ落ち、まさに禁断症状まっさかり。

 次の瞬間にも、檻を破って飛び出してきそうで。

 【しんにげ】でもこの通りの出来事が起こるのだが、いやはや全く、再現度には頭が下がる。

 つまり、安全な場所などない。


 ――鉄骨を、渡りきった先にしか。


『一分後、これらの〝鬼〟を解き放ちます。ご安心ください。鉄骨にはが流れております。〝鬼〟は触れることが出来ません。もちろん、皆様も惨めなかっこうで這いつくばって進むことなど出来ないわけですが。それでは、健闘を祈りますよ』


 つくづく悪趣味だ。

 しかし、こちらだって無策じゃない。


「いけますか、豪さん」

「誰に言っている? 俺は甲斐田豪――」


 屋上へと入る前に準備していたものは二つある。

 そのうちの一つ、バランスを取るための長い棒を豪さんへと託す。

 ナイフで必死に切り倒した樹木である。

 受け取った彼は、静かに頷いた。

 その表情が、顔つきまでも変貌する。


「――曲芸師バスター・キートンだ」


 完璧な役作り。

 一切の予断などはない。

 こちらも覚悟を決める。


「六車さん、田代さん、ぼくらはもう一方の鉄骨へ避難します」


 女性陣へと事前の打ち合わせの通り指示を出すが、田代さんの様子がおかしい。

 まさか。


「……黙ってたけど、あたし、高所恐怖症でぇ」


 頼むからそういうことはもっと早く言って欲しい。

 もっとも、全員が全員隠し事をしているらしいことは察しているので、深くは言えないわけだけど。

 しかし、どうする? 鬼が開放されるまで時間はない。

 田代さんが危険となれば、如何に鉄壁のメンタルを誇る豪さんだって鉄骨を渡りきれるか解らない。

 考えろ、この土壇場で追い詰められるわけには行かない。

 心臓が、目の前にあるのだから……!


「……起死回生、一蓮托生。六車さん、ぼくと死んでくれますか」

「断ります」

「なら、一緒に田代さんを支えてくれますね? 医者は命を救うものでしょう?」


 鉄面皮の美女が、筆舌しがたい渋面を作る。

 それでも、返って来たのは首肯。倫理観ゆえの肯定。

 腹をくくる、やるしかない。


「これはほとんど気休め、しかし同時にたしかな命綱タイトロープ


 言いながら、自分の腰に巻いていたものを解く。

 密林で採取した植物の蔦を編んで作った即席のロープ。

 これで、田代さんを中心に、ぼくと童顔医者が両端から支える!

 常にテンションをかけていれば、気休め程度だが身体の揺れは抑えられるはずだ。


「幸いぼくらは全員が小柄、甲斐田豪ほど潮風の影響は受けない。だから、このロープが繋ぐ。命を繋ぐ……! さあ、腰に巻いて!」

「でも」

「鬼に食われたいんですか!」

「……っ」


 ぼくの一喝を受け、田代さんはその安産型の腰へ、蔦を結ぶ。

 六車さんも準備を終えてくれて、豪さんを見遣る。

 彼の眼差しにあったのは、田代さんを案じる表情と。


「任せるぞ、トウサク」

「任されました」


 かくして、ぼくらは挑む。

 電流の走る、鉄骨渡りに……!

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