幕間 世紀のリアリティショー

幕間 死亡遊戯のオーディエンスたち

『六車さん、ありったけの補助アイテムを確保してください。そのまま逃避行に入ります!』


 真っ暗な空間に、羽白はじろ一歩いっぽの姿が映し出されている。

 島内の至る所に設置されたカメラが参加者達の姿を余さず映し出し、マイクがその息づかいまでも拾って観客達へと届けていた。


「これで、何度目の開催でしたかな?」


 空間に、ぼうっと灯る光が一つ。

 応じるように、無数の輝きが生じる。

 まるで星空のような光景。

 だが、その正体はずっと悪辣あくらつだ。


「世紀のリアリティショー・ショー【心臓が逃げる!】、開催は確か……5回目だったかと」


 この場に集った者たち。

 そのすべては、死亡遊戯デスゲームたのしみたいだけの異常者なのだ。


「もうそんなにですか……はじめは心臓が逃げるなどと、随分酔狂すいきょうをと思いましたがな、これはこれで味わい深いですな」

「莫大な資金を投資しているのだ、このくらいはやって貰わないと困る」


 新たな光が生じる。

 それは白い胸像の姿を形作った。


「おや、ゲームマスター殿、楽しませていただいておりますよ」


 誰かが呼んだ、胸像を、ゲームマスターだと。


「しかし、アスクレピオスの胸像とは、アバターにするにしてもゲームマスター殿は趣味が悪い。デスゲームを運営しておいて、死者すらよみがえらせる医神の姿など」


 誰かが嗤う。

 それほど高尚な人物では、決してないはずだと。

 胸像ゲームマスターは答える、悪意にではなく、管理者として。


「全ては皆様方の投資があってこそです」


 確かにその通りだろうと、多くの者が頷いた。

 この舞台を調えるための資金、ナイン・ミラー博士の開発した独立型心臓可動式運搬装置の実用化、マルチ免疫抑制剤への投資。

 すべてはオーディエンスの力によるものだ。


「世間ではフォーシスターズとか、108人委員会などと呼ばれる我々ですが、金は天下の回りもの。やはり使ってなんぼと言うことでしょう」

「そういえば、今日は一人姿が見えないが?」

「あれは別件だろう、著作権などねじ伏せてしまえばいいものを、律儀なことだよ」

「いやいや、権利は利権ですからな、大事にしていきたいものですな」


 談笑に興じる観客達。

 この場では表示されないだけで、いま女を抱いている者もあれば、ペットである猛獣の毛並みを確かめている者もいる。酒を呷る者、肉を食らう者、様々だ。

 ただ一点共通するのは、彼らが人を食い物にしていること。

 参加者達の一喜一憂を愉しんでいることに他ならない。


 愉悦。

 それだけが、この場に連帯感を与えている。


「それにしても、今回の参加者達はお行儀がよい。よすぎる」

「たしかに、仲良しこよしでは少しつまらないか」

「いやいや、いつもギスギスとした光景ばかり見ているのもですな、それはそれで飽きますゆえな。これもひとつのリアリティーでしょうな」

「確かに、趣向を変えるのは大事だ。だから――今回はゲームマスター殿も参加しておられるのだろう?」


 その言葉に、ざわめきが広がった。


「GMが?」

「我々と同じく、彼らには干渉しないスタイルかと思っておりましたが」

「これは話が変わってきましたな。なにせ……わたしどもはあなたにこそ〝投資〟をしておりますからな」


 莫大な金が渦巻く死亡遊戯。

 その中心に立っているのは、間違いなく老人を模した白い胸像だった。

 そして、この胸像の主は、ゲームに一参加者としてエントリーしている。

 金持ち達にとっては、これ以上興味を引く話もなかった。

 即ち、悦楽こそが、動機。


「よかろう。もしもゲームマスター、あなたが見事生還したなら、私たちはよりいっそうの援助を惜しまないことを約束しよう。この遊戯を続け、なにより技術の発展へと貢献しよう。すべては公共の利益に!」

「「「すべては公共の利益に!」」」


 まとめるように、金持ちのひとりが言えば、あとの者が皆復唱する。

 胸像はただ、無言で頭を下げてみせた。


「楽しみだ」

「ああ、愉しみだ」

「これ以上の見世物はないですな。因果応報とならないことを祈っていますな」


 ひとつ、また一つと光が空間から消えていく。

 やがて、胸像を残して、そこは暗黒へと包まれた。


「……暗黒金持ちどもめ」


 胸像が。

 吐き捨てるように、呟いた。


「利用するだけ利用してやる。全ては、未来の心臓のために――」


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