第二章 心が迷う? 神経衰弱パズルゲーム!
第一話 美女とおっさん
みっともなく泣いている暇などなかった。
逃げ出したぼくらを〝鬼〟には追い回す。
豚の心臓はすぐに悲鳴を上げて、長時間の移動などとても出来ない。
四橋さんから渡されたせっかくのジュラルミンケースも、ただただ重荷でしかなく、
いよいよ限界に達しようとしたところで、
「切り札を使います」
童顔美女さんが、何かを猪の群へと
途端、もうもうと立ちこめる刺激臭を伴った赤い煙。
猪たちが一斉にむせかえり、向きを変えて逃げ出していく。
獣よけの煙玉!
ということは、これが彼女の初期アイテムなわけか。
「待て、トウサク。この煙、人体に害はないのか?」
「え?」
獣が嫌がるぐらいなので、当然人間なんて粘膜バッチバチにやられてむせかえりまくってぶったおれますが?
「この愚か者ども! 風向きが変わったぞ」
赤い煙は、言葉の通りこちらへと流れてきて。
「逃げましょう!」
「
「はーっはっは、走れ走れぇ愚か者ども!」
尻を蹴飛ばされながら、
走って、逃げて、逃げ切って。
ようやく一息をついたのは、とあるビルの一角だった。
新鮮で空気と安全を
心はぜんぜん切り替えられていないが、四の五の言っている場合ではない。
口火を切ったのは童顔美女。
「あなたがたの初期アイテムをみせてください。私が出せたのは、先ほどの品だけです」
「女、まずは名乗り合うのが礼儀だろう。挨拶と名乗りは怠ることが許されない」
感情の読めない顔つきで値踏みしてくる童顔美女さん。
一方で、豪さんはあえて傲岸不遜な態度を取る。
美女さんは少し黙ってから、
「
と、名乗ってくれた。
友好的に話を進めようとする意思表示……だと思いたい。
アイコンタクトを取り、豪さんが先に自己紹介をはじめる。
「甲斐田豪。職業は俳優。初期アイテムは携帯食料だ。あんたは俺を知ってるか?」
「
「そうか、もっと精進することにしよう。で、こいつはトウサクだ」
「一歩です。羽白一歩。学生で、初期アイテムは……心臓の移動を、5秒間だけ止められるスイッチ」
ぼくの言葉を受けて、さすがの法子さんも表情を変えた。
取りだしたリモコンを注視し、何度もぼくと見比べる。
「どうして、これが動きを止められるスイッチだと判断できたのですか? もしや、既に使用して心臓を確保しているとでも?」
もっともな問いかけだ。
しかし……なにか、ぼくはいま違和感を覚えた。
なんだろう、何が気になったんだ?
どう答えるべきかと迷っていると、「まどろっこしい!」とイケメン俳優が声を上げ、ぼくの首根っこを掴む。
「トウサクはデスゲームのひな形を作った男だ。だから、全てを知っている」
「全部は知らないです、ぼくが手がけた分だけ」
「……詳しく、話してくださる?」
こうなっては黙っているわけにも行くまい。
観念したぼくは、六車さんに全てを語って聞かせるのだった。
§§
「状況を整理します。私たちの残存初期アイテムは、食料と停止スイッチのみ。羽白氏、他の初期アイテムは何がありますか?」
リリースされたバージョンならば、初期アイテムは『ナイフ』、『携帯食料』、『停止スイッチ』、『爆弾』、『獣よけの煙玉』、『着火装置と固形燃料』、『トランプ』となる。
初期案だと『金』が入っていて、どうやら今回はこちらが採用されている。『金』は免疫抑制剤以外のアイテムと交換が出来る設定だったが、どう考えてもバランスブレイカーなので廃した。
どれが『金』とトレードオフになっているかは……さすがに解らない。
「なるほど。参加者は残り六人。心臓は三つ。このうち、自分たちの適合心臓がある確率は20%……いいえ、四橋が脱落したことで計算上は僅かに下回る」
「俺ならば問題ない。血液型はO型だ。即ち、どの心臓でも適合し生き残れる」
「医学、舐めてますか?」
首をかしげて六車さんが言う。
どうやら、少しいらついているらしい。
「臓器移植にはクリアすべき条件が無数にあります。これがホモクラフト技術なら話は別ですが、免疫抑制剤とて万能ではありません」
「でも、ぼくらは生きている」
「肯定。つまり……これは奇跡のような薬品ということです」
そう言って、彼女は懐から緑色のアンプルを取りだした。
免疫抑制剤!?
「じつは、甲斐田氏と捜索中に見つけていました。問題は、これを摂取すべきかどうかです」
彼女が警戒しているのは、当然数刻前の出来事。
薬剤の匂いを駆けつけ猪が集まり、四橋さんの二の舞にならないかということ。
しかし、それならば大丈夫だ。
「いま、ぼくらは獣よけの煙を多分に浴びています。ごまかせはしませんが、一定時間猪を遠ざける効果があるはずです」
「絶好の機会という訳か。おい、医者」
「なんでしょう?」
傲慢を演じイニシアティブを取ろうとする豪さんに、六車さんはあくまで自然体で応じる。
「全員で、分割して注射した場合、効果はあるか?」
彼女は押し黙る。
その、眼鏡の奥の瞳が、高速で何かを演算していく。
導き出された答えは、
「肯定……注射針の使い回しによる感染症のリスクを除くなら、確実に効果はあるでしょう」
それは、答えをゲームの結果として理解しているぼくには出てこない専門家の発想だった。
だが、これで答えは決した。
もはや天秤にかけるまでもない。
生きるためには、リスクだって取るべきなのだ。
そうして、ぼくらは免疫抑制剤を等分に分け、注射し合う。
これでどのくらい持つだろうか。
ゲームなら、一日といったところだけど……
『ぶーぶーぶー』
不安、疲労、困憊、全てを煮詰めた暗夜行路のなか、それでも気を取り直し話し合おうとしたとき。
端末が、鳴り響く。
画面に浮かび上がるのは、相変わらず真っ白な胸像。
「アスクレピオス……」
六車さんが何かを呟いたが、それよりも胸像の言葉のほうが重要度は高かった。
なぜなら。
『脱落者が発生しましたので、救済処置を行います。島中央部、テーマパーク跡地にてイベントを実施します。これを攻略できた方には免疫抑制剤および〝鬼〟撃退用のアイテムを進呈致します』
救済処置。
これは、参加者が脱落――死亡するとともに発生するイベントであり、文字通り
そこに込められた悪意は底なしだ。
目前の
だから、有利になるため殺し合いを推奨し、競わせ殺意を増長しようとする、これはそういった最悪のシステムなのだから。
……作り上げた本人ですら唾棄すべきだと思っている代物だが、ゲームを面白くする上では必要だった。
そしていま、確かに救済処置として機能するのもまた事実。
今後も、免疫抑制剤は必須のアイテムである。
同時に、これがある以上どうしたって猪には狙われるのだ。
ならば必要、対抗策。
鬼を撃退するためのアイテムは、是が非でも欲しい。
ただ、ぼくの記憶が確かなら、このイベントは――
『ただし――参加者は5名が必要です。協力してお望みください』
顔を見合わせる。
この場には、三人しかいないのだ。
たっぷり悩んでみせるが、誰の目にも答えは明らかであった。
やはり、選択肢など与えられていないのだから。
他の参加者が来ることに賭けて、ぼくらはテーマパーク跡地へと向かう。
辿り着いたその先で――
「遅い! あんたたちが残りの参加者ね。さっさと準備してよ、ジビエを
「そうだ、食われるのだけは許されない。わしはなんとしても帰らなければならないんだ……!」
桃色の手術着を着た化粧の濃い美女と。
茶色の手術着を身につけた鼻息の荒いおじさんが。
ぼくらを、大変お怒りになりつつ待ち受けていたのだった。
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