第四話 金を得た貧者の夢
「自分は
「どーということもない! 俺は心臓を取り戻し、生きて帰る。もっと名を売る必要があるからな」
「そう声を張り上げなさんな、ちゃんと聞こえてるって。しかし、稀代の名優甲斐田豪か。人生絶頂期のあんたさんなら、確かにそうでしょう。ですが……そちらの少年は、違うのでは?」
ぼくは。
「このクソのような、ゴミも同然のゲームを全うしなきゃいけない。そんな思考に囚われているのでは?」
「……現実問題、クリアしなきゃだめでしょ?」
「そりゃあそうとも。生き返るには心臓が必要ですし。ですがねぇ……心臓が戻ってきたところで、その後はどうするんで?」
四橋さんはろくろを回すようなポーズを取りながら、こちらへと語りかけてくる。
表情は笑顔だが、やはり冷や汗がスゴイ。
大丈夫だろうか?
「ご心配ドーモ。話を戻しやすよ? 仮にゲームを勝ち上がって、心臓を取り戻し、そのあと待っているのは過酷な現実ですよ。元に戻した心臓は、果たして上手く機能するのか。機能したとして、リハビリは? 感染症は? 社会的にどんな目で視られるのか、PTSDや後遺症は? なんて考えたら切りがない。だったら、先立つものがないとはじまらないでしょ!」
九死に一生を得たところで、旨味がなくては意味がない。
戦って勝つから意味があるのではなく。
生き延びて元の生活に戻るから意味があるのでもなく。
最後にメリットを掴み取るからこそ、やる気になれるはずだと熱弁する。
「で、ここの運営はそれが出来てない。クソですよ。一方、自分はマネーを用意できるわけ。生き残ったら、がっつり1000万を渡しちゃう。これはとんでもないメリットだ。なので、対価としておふたがたには――」
「手足になれと?」
「いいね、少年は話がわかる! 賞金の出ないデスゲームなんて端から間違ってるんだ、だから自分が是正してやろうってわけさ!」
楽しそうな顔つきになり、彼はジュラルミンケースの蓋を開く。
中身は当然、札束の山。
だいたい解った。
おそらく、この金銭は初期アイテムだろう。
実際に発売された【しんにげ】に、ゲーム内通貨や課金制度はなかった。けれど、初期案――ぼくが製作していた【しんにげ】にはそれがあった。
考えるべきは、運営がなぜ、これを反映できたかと言うことだが……
「おー、悩ましい表情だ。額が足りないかい? 意外と業突く張りで……いやはや、だったら倍でどうだい!」
考え込んでしまったぼくを見て、なにを勘違いしたのか、四橋さんは札束を積んでくる。
豪さんを見遣ると、彼は呆れたように肩をすくめた。
「くだらん! 俺は値千金どころか四十億の男。買収したければ桁を上げてこい」
「これは……大きく出られたな。だったら、少年だけでもこっちとしてはぜんぜんオーケーだけど?」
「待て。一理あるのは認めてやる。コネと人海戦術は芸能界の十八番。互いに人手が欲しいことも事実だ」
臨機応変と言えば聞こえがいいが、もはやドリルのような速度で手のひらを返す豪さん。
まあ、自分で言うのもなんだが、
「個人的には、協力してもいいと考えています」
問題は、四橋さんがぼくらに見返りとしてなにを求めるかだ。
「それは当然、こっちの心臓を見つけたなら、優先的に譲って欲しいということさ」
であるなら、取り引きとして悪くはない。
他人の適合心臓に価値というのは、あまり見いだせない。それこそ交渉材料として機能するのが精一杯だし、【しんにげ】では単純な外れ枠である。
ゆえに、彼の言い分は十分傾聴に値するのだ。
ぼくと豪さんは頷き合い、差し出されたジュラルミンケースをそれぞれ一つ受け取った。
「おーけーおーけー! これにて契約成立ぅ! 早速なんだけど、ビジネスパートナーになった以上、ホウレンソウは大事だよねぇ? だから、有力な情報とかあったらさ、この場で聞かせてもらえるかい? あと、その宝箱の中身、いいものなら買い取りたいんだけど?」
ぼくらは。
とりあえず【しんにげ】制作者がここにいることを伏せ。
他の知識を、全て共有することにした。
§§
箱の中身は、期待していた免疫抑制剤ではなかった。
水と携帯食料の詰め合わせ。
これはこれで重要だと判断したのだろう、四橋さんは札束を取り出したが。
「必要ない。チームならばわければいいだろう」
という豪さんの一声で、そのまま等分に分配する運びに。
さて、栄養を補給したぼくらは、まだ水族館の内部にアイテムがあるだろうと判断。
二組に分かれて探索を開始する。
豪さんは童顔美女さんと。
ぼくは、四橋さんとペアを組むことになった。
見知っている相手同士で組ませたくないという四橋さんの思想が透けて見えるが、協力関係を結んだ以上、ここは飲み込んでいくしかない。
地面に転がった瓦礫をひっくり返しながら、目印であるハートマークを探す。
この水族館、老朽化が進んでおり、いつ崩壊してもおかしくない。
できるだけ早めに撤退したいところだし、テキパキいこう。
「おんぼろだねぇ。自分の住んでたアパートと、どっちがマシだか」
苦笑してみせる四橋さんだったが、その身体がよろける。
慌てて抱き止めると、全身が汗でびしょ濡れだ。
「大丈夫ですか? なんなら、少し休んでも」
「ありがとう。しかし先を急ぐし」
「いえ、休むべきです。……先ほど、アパートの話をしていましたけど、ひょっとしてご苦労を?」
「……不思議なやつだな、少年は。まあ、聞いてくれるというなら話そうか」
座り込む彼を介助しつつ、ぼくは耳を傾ける。
「自分はね、めっちゃ貧乏だったんだよ。毎日の食事は残飯漁り、下げたくもない頭を下げまくって小銭貰って食いつなぐような、そういう生活でさー」
いつ死ぬか解らない。
本当に生きているのかさえあやふやで。
そんな生活を続けていた矢先に、この島へと連れてこられたのだという。
「で、初期アイテムが〝金〟だったわけ。これはもう天命だと思ったね。正直死んだほうがマシだと思っていたのに、金を握った瞬間、生きて戻りたいって欲望がムクムク湧いてきた。人生に、希望の光が射し込んだ」
「生還したら、やりたいことってありますか?」
「そうだな……コンビニ飯……ファミヴァの大盛りタルタル弁当あるだろ? あれを腹一杯食べたいかな。食べたことないんだよね、コンビニ弁当」
「それは」
ひどく、慎ましやかな願いだった。
普通に生きていれば、誰だって叶えられるようなささやかな欲望。
けれど、それが四橋さんにとっては掛け替えのないもので。
大金を手にしながら、真っ先に思いつくのがそんな祈りで。
「……あれ、あんまり美味くないですよ。オススメは鮭弁です」
「マジ!? うーんでも、やっぱり肉食いたいし、タルタル……」
薔薇色の未来へと思いを馳せ、ブツブツと考え込む四橋さん。
ぼくは、彼に生きて欲しいと思った。
絶対に、生き伸びて自由を掴んで欲しいと。
けれど、神様は。
どこまでも、心底まで非情で。
「うっ!」
急に胸を押さえ、蹲ってしまう四橋さん。
その顔色は、いままでのどのときよりも悪い。
呼吸が激しく、汗は最早滝のようだ。
なにが起きているか、すぐには解らなかった。
知識として知っていても、実際に目にするのでは大きな違いがあるからだ。
「なんで、急に、こんな……」
「自己免疫性障害だ……!」
苦しむ彼を見て、ようやく思い至る。
免疫細胞が、豚の心臓を異物と認識し攻撃している!
まずい。非常にまずい。放置すれば、彼は死にいたる。
これを防ぐ手段は……一つしかない。
ぼくは地面へと這いつくばり、必死で痕跡を探す。
探して、探して、探して――あった!
ハートのマーク。
大急ぎでこれを辿る。
慌てて過ぎて、頭をぶつける。
つんのめって転がる。
それでも追う。探し求める。
積み重なった瓦礫。その下へとハートマークは続いていた。
必死で、瓦礫を退け、無我夢中で掘り返して……やがて、探していたとおりに宝箱が露出した。
蓋を開ければ、中身は――緑色のアンプル。
免疫抑制剤!
来た道を取って返す。
アンプルを落とさないように細心の注意を払って。
豚の心臓で、可能な限り全力疾走する。
駆けつけた先で、四橋さんは倒れていた。
最早顔色は蒼白を通り越して土気色。
けれど、呼吸はしている。
ぼくは、即座に彼の袖をまくり注射針一体型のアンプルを突き立てる。
注入されていく液体。
お願いだ、間に合ってくれ。
どうか神様、彼を救ってください……!
「あ、ああ……」
薬剤が効果を現したのか、僅かに顔色がよくなる四橋さん。
安堵に胸を撫でお下ろし、ぼくはその場に座り込む。
ぼんやりと目を開いた彼は、遠くを見遣り。
「……心臓」
切羽詰まった声で。
そう、呟いた。
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