第三話 初期アイテムと第一のイベント

『島には開発段階で破棄された観光施設が山とあります。そこに補助アイテムを4つ、そして心臓を隠しました。といっても、島は広いのでヒントを差し上げましょう。〝心〟です。それから、皆様を狙うこわーい〝鬼〟もおりますので、どうぞ警戒しながらお進みください』


 運営が語ったのは、やはり覚えのあるアナウンスだった。


「補助アイテムと心臓は解る。探す必要もあるだろう。しかし、鬼とはなんだ?」


 豪さんの疑問は至極もっともで。

 ぼく自身、この問題についてはド忘れしていたというのが本当のところである。

 なにせ五年近くも前に作ったゲームの話なのだ。


 しかし、この忘れていた内容は、逼迫ひっぱくした危機へと繋がっていた。

 まさしく命の危機。

 こんな悠長な術会などしている場合ではないほどの、重篤じゅうとくすぎる危機である。

 だからすぐ、慌てて手術着をあさる。

 出てきたのは小さなリモコン。


「それは?」

「初期アイテムです。参加者は全員配られたはずなので、豪さんもすぐに出してください!」

「……その焦りよう、鬼に関係があることか」


 頭の切れる人だ。

 言い募る必要もなく、彼は唯一の持ち物を出してくれた。

 それは、包装袋に入ったブロック形のアイテムで。


「携帯食料……」

「ああ、既に一つは食べてしまったが。毒か何かだったか?」

「いえ」


 そうじゃない。

 そうじゃないからこそ、ぼくはへなへなとその場に崩れ落ちる。

 心底安堵したのだ。


「おい、どうしたトウサク」

「一歩です」


 応じつつ、なんとか起立。

 時間は有限だ、行動しなければならない。

 なにより豪さんは、ぼくを信じてくれているのだから。


「とりあえず、近くの施設に向かいながら説明します。地図は……オッケー、端末に出ますね」


 島の地図を開き――ショッピングモール、水族館、高層宿泊施設、遊園地、なんでもある――イベントが発生している最寄りの施設へと向かう。

 施設といっても、待っているのはアナウンスの通り廃墟だろうけど。


「さて、鬼の正体ですが、中毒者ジャンキーです」

「ジャンキー?」

「ある薬品に中毒症状を覚えている凶暴な獣。単車よりも速く山野を駆け抜け、襲いかかってくる野生動物……〝人食い猪〟。これが、当面のぼくらの敵となります。しかし、彼らはいきなり襲いかかってはきません」


 なぜだと心底不思議そうにイケメン俳優が問う。

 それだけで絵になるのだが、いまは芸術性を楽しんでいる場合ではない。

 繰り返すが、時間がないのだ。


「野生動物は、警戒心が強いので」

「ならば〝鬼〟の役には向かないだろう」


 ところが、ある要素がこの前提をひっくり返す。


「禁断症状。ぼくらがこの島で生存していく上で絶対必要なアイテム。そう……免疫抑制剤へ中毒を覚えた獣、それが〝鬼〟なんです」

「読めた。これから俺たちが手に入れるアイテムとはその免疫抑制剤で」

「はい、入手と同時に、襲われる確率は激増します。彼らは餓えている。もとよりトリュフ探しに利用されるほど、イノシシ科の生き物は嗅覚が敏感。一説には麻薬犬の十倍以上とか。であれば、薬物に対する探知能力は激高」


 一方で、この身体には豚の心臓という時限爆弾が埋設されている。

 ぜったいに免疫抑制剤は、定期的な接種が必要だ。

 そして、そのたびに〝鬼〟から襲われる可能性は増加していく。


「手に入れれば襲われ、手をこまねけば待つのは死か。悪趣味だな、この運営は」


 彼の言葉には同意するしかない。

 これはプレイヤーに、無理矢理にでもゲームへと参加する動機を与えるための処置としてぼくが考案したものだ。

 けど……現実に適応されると、性格の悪さに腹が立ってくる。

 まあ、ぼくの性悪加減についてなので、ただの自己嫌悪なのだけれど。


「抜け穴のない二律背反。強制実行プログラム。ふふふ……我ながらいい設計をしました」

「気味の悪い笑い方だな。それで、どうする?」


 どうもこうもない。

 免疫抑制剤は確保が前提。

 そのためにも、謎解きが必要だ。


「心にまつわるもの、だったか」

「豪さんは、魚心あれば水心、ということわざを知っていますか?」

「なるほど……求めよ、さらば与えられんということか」


 そう、だから最初に目指すべきは、地図上のここ。


「水族館跡地へ、向かいます!」



§§



「ありました!」

「爆速だな」


 豪さんが呆れるほど、ぼくは容易く補助アイテムの入った箱を発見した。

 辿り着いた水族館はとっくに閉園していたが、内部の水槽には水が残っており、ひどく濁っている。

 時折、水の跳ねる音がしてなんとも不気味だ。


 微かにだが、照明が生きているらしく、弱々しい光を降らせている。

 薄暗闇の中で目をこらすと、ぼうっと浮かび上がる燐光がいくつか。

 菱形、クローバー、スペード、そしてハート。

 蓄光塗料で描かれた絵柄スートのうち、ハートだけを辿っていったときに、アイテムは見つかるというギミックなのだ。

 早速中身を確認しようと手をかける。


「何者だっ?」


 突如、豪さんが振り返って、暗闇へと誰何の言葉を投げた。


「……あらら、見つかっちゃった? だったら隠れてる必要もないか」


 暢気のんきな言葉と供ともに、一組の男女が現れた。


「…………」


 女性は無言。

 短めの髪に黒縁の眼鏡をかけていて、可愛らしい顔立ち。しかし身に纏っている雰囲気が尋常ではない。

 厳粛な法の番人のような圧力を発している。

 手術着の色は黄色。


「いやはやー、発見ご苦労様! 自分はついてるなー、君たちのような人材に巡り会えるなんて!」


 一方で男性は、とてもボサボサの髪をしていて、なんだかチャラい。大型のジュラルミンケースを五つほど背負っている。

 手術着の色は青色。

 どうやら声をかけてきたのはこちらの男性のほうらしい。


「どうした、顔色が悪いぞ」


 イケメン俳優が、イニシアティブを握らせるつもりのない先制パンチを放つ。


「冷や汗も多い。怯えているのか?」

「……まいったな」


 男性は面食らった様子だったが、すぐに笑顔へと戻り、ジュラルミンケースを一つ、こちらの前へと突き出してみせる。

 そうして、顔色の悪さとは対照的な甲高い声で。


「どうやら、頭が切れるコンビとお見受けしたよ。なので単刀直入に行かせて貰うね。これから自分は」


 次のように、告げたのだ。


「おふたりさんを――〝買収〟したいんだ!」

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