第二話 そしてトウサクと呼ばれた

 結局、心臓を積んだロボットへ追いつくことは出来なかった。

 大の字になって倒れ、空を仰ぐ。

 繁茂はんもした木々にかき消され、陽光は届かず、青空もほとんど見えない。

 思い出すのは、この森と同じ、薄暗い中学生時代のこと。


 なんとなく触れたフリーゲームに感動して、若さと勢いのまま作った処女作が【心臓が逃げる!】こと【しんにげ】だった。

 パソコンの中だけで、誰にも公開せず――いま思えばそれがまずかったのだが――毎日進捗を重ね、製作作業に没頭して少しずつ形を作っていったあのゲーム。

 ドットを打ち、プログラミングし、一枚絵スチルを描き、マップを作成……どれも大変だったけれど、すごく楽しい日々だったのは間違いない。


 二年間の時をかけて完成したベータ版。

 あれを公開した日のことを、ぼくは決して忘れないだろう。


「なにせ、盗作扱いだもんな……」


 公開前日に、大手企業が全く同じゲームを発売していたんだ。

 粗いドットからバグの位置まで何もかも同じゲーム。

 不幸中の幸いと言えばいいのか、企業から訴えられることはなかったが。

 ただ……ネット自警団のような者たちによって、ぼくは強くバッシングを受け、当時使っていたサイトと屋号を破棄することとなった。


 これは現実でも地続きで、事情を知る友人達からは〝盗作〟と渾名されて弄られる毎日。

 ぼくの言い分など誰も信じてくれないし、嘘つき、虚言癖とさんざっぱら罵倒された。

 まあ、それ自体は別にどうでもいい。

 その後も別名義で、作品はガンガン作っていたし、そのたびに執拗な追跡を受けて削除に追いやられたけど、創作自体は常に楽しかったからだ。


 問題は、やはり現状。

 逃避を止めて、胸の傷を指でなぞる。

 状況は【しんにげ】と酷似しており、命の危機へ瀕していることは自明。

 仮にこの縫合痕が偽物だったとしても、体内に異物があるかも知れないという懸念は払拭ふっしょくできないし、既に異常は痛感している。


 極端に体力がなくなっているのだ。

 いくらぼくがインドア派だからと言って、山野を数分走ったぐらいで倒れるわけがない。

 だから、確かにこの胸の奥で、脈打っているのは豚の心臓なのだろう。


 ……なぜ、ぼくが参加者になっているのかは解らない。

 学校からの帰り道で意識を失い、目覚ましたらこの島にいたのだから、状況を把握しろというほうが無理だ。

 けど、これが【しんにげ】と同じデスゲームだというのなら。


「心臓を探すのは、そんなに難しくないかも知れない」


 一人で作業することが多かったぼくは、独白が癖になっている。

 だからこのときも、反応があるなどとは露とも思わずぽろっとこぼしたに過ぎなかった。

 しかし――応じる声が、ひとつあって。


「――心臓を、探せるのか?」


 がさがさと下生えを掻き分ける音とともに飛来した言葉。

 ハッと起き上がり、声がした方へと顔を向ければ。

 木陰から、赤い手術着を纏った男性が顔を覗かせるところだった。


 デカい。

 百九十センチはありそうな長身で、筋肉の付き方も半端ではない。

 その上で小顔なものだから、九頭身ぐらいに見える。

 造作は極めて整っており、イケメン。

 頭髪は清涼感のあるさっぱりとした短髪で、僅かに赤みがかかっていた。


 なんだろう、ぼんやりと見覚えがある人物だ。

 確か、なにかの映画に出ていような……。


「俳優さん?」

「あんた、俺が解るのか?」

「ごめんなさい、名前まではちょっと……」

「なぜ謝る? 知名度は俺の問題だ。どうやら、今後も露出を増やす必要がありそうだな。なればこそ、こんなところで死ぬわけにはいかない」


 イケメンは勝手に納得し、こちらへとずかずか歩み寄ってくる。

 そうして、目の前へドカリと腰を下ろすと、こう名乗った。


甲斐田かいだごうだ。俳優業を営んでいる」


 思い出した。

 たしか、いま日本で一番視聴率を持っているプリンスとか、興行収入120億の男とか呼ばれている超のつく売れっ子俳優……甲斐田豪。

 めっちゃ有名人じゃん!


「それで、あんたは……〝トウサク〟でいいのか?」

「うげ……ぜんぶ聞いてたんですか?」

「協力できるかどうか、役立ちそうかどうか、見定めていた。繰り返すが、俺はまだ死ねん。絶対にな」


 隠し事が苦手そうな口ぶりに、ちょっとだけ驚く。

 俳優ってのは、演じるものではないのだろうか?

 業界人は、皆嘘つきだという印象をぼくは持っていたが、誤解だったのかも知れない。

 ……もっとも、この極限状態なら、素直であるほうが話はしやすい。

 一つ呼吸を整えて、ぼくは名乗る。


「羽白一歩です。一歩で、いいです」

「解った、それで心臓の在り処だが……解るのか?」


 僅かに迷う。

 打ち明けてよいものか、情報アドバンテージとして秘匿すべきか。

 けれど、【しんにげ】の知識以外、ぼくはひ弱な高校生でしかない。

 であるなら、協力者を作るべき?


 ……落ち着け、考えろ。

 これがゲームなら、自分はどんな駆け引きを用意する?

 敵対、友誼ゆうぎ、すれ違い、そして……利用。

 プレイアブルキャラとして甲斐田豪を配置するなら、ゲームマスターはなにを考えるだろう?


「最初に聞いておきたいことがあります」

「言ってみろ」

「見定める、と言いましたね?」

「言った」

「結果、あなたはぼくが役に立つと判断した。だからリスクを承知で声をかけた。デスゲームで協力プレイなど成立が難しいと理解しながら、そう……あなたののために。違いますか?」


 彼が先ほどこぼしたセリフ。

 その中には、確かにこちらを利用しようとする魂胆があったように思う。

 ……もっとも、後半は完全に当てずっぽうだ。

 なんとなく、彼の言葉の端々、態度からそう感じただけ。知名度を増やしたいことに意味があるのではと考えただけだ。

 ゆえに、甲斐田さんがぼくの言葉を受けて、どんな反応を取るかは未知数だった。


 激情して殴られるか。

 それとも誤魔化しに来るか。

 あるいはライバルをひとりでも減らすため、即座に殺しにかかれるような人否人ひとでなしなのか。

 結論――彼、甲斐田豪は。


「はーはっはっはっは!」


 なぜか、高笑いをはじめた。


「面白い! 気に入ったぞ、トウサク」

「一歩です」

「おまえの目には、貪欲な生への執着がある。やり残してきたことが山とあるのだろう。それは俺とて同じだ。何度でも言ってやろう。ここは、俺の死に場所ではない。おまえの言うとおり、目的があるからだ!」


 ガッと両肩を掴まれる。

 かなり強い力で、結構痛い。

 でも、甲斐田さんの両目には、有無を言わせない眼力があって。


「は?」

「おまえの内側には、抑えきれない自信がある。このふざけたデスゲームをして、『なんのことはない』という顔つきをしている。だから、その自負を信じてやる。たとえ嘘っぱちの虚飾だったとしてもだ」


 豹変したように、多弁になる彼。

 甲斐田さんの言葉は、それこそ自信に満ちあふれていた。

 先ほどまでの落ち着いた様子とは裏腹な、絶対の自負。


 つり上がった口元は、悪役だと言われても信じてしまうほどシニカルな笑みを形作っており、絶対的な差を感じさせる。

 差違、人としてのステージの差。

 コミュニケーション能力の絶対的な違い。


 なるほど、見事にぼくは掌中の上。

 話しやすそうな態度はすべてが演技。こちらの能力と精神状態を把握するためのもの。

 ……確かにこれは、名優だ。


「生き延びるために、俺はおまえを利用し、おまえは俺を利用する。俺に出来ないことはない、すべてを演じきることが可能だ。ゆえにこそ……何を演じるべきか、その指示をおまえが出せ。俺はおまえの、〝眼〟を信じる。芯にブレないものがある、ほの暗いおまえの瞳をな」


 清々しいまでの断言。

 ぼくならば、出来るはずだと彼は言う。

 【しんにげ】の原作者などとは知らないはずなのに。

 それでも甲斐田豪は、ぼくを信じると告げて。


「……甲斐田さん」

「豪と呼べ、トウサク!」

「一歩です。はじめて、このゲームで〝信じる〟って言ってもらえました。だから……ぼくもあなたを信じます。あなたの審美眼を」

「当たり前だ、俺に見通せないものはない」


 胸を張る豪さん。

 なんともその気にさせるのが上手い演者だ。

 彼はいるだけ、周囲の力を何倍にも増すタイプの人間だった。

 その気風に当てられて、ぼくも語る。

 

「仰るとおり、ぼくはこのゲームについて熟知しています。力を貸してください。一緒に……生きてこの島を脱出しましょう!」


 差し出した手を見て、彼は口元をニヤリと歪めた。

 言外にある協力の意志を見抜いて。


「やはり、面白い!」


 固く強い握手。

 彼の手は大きく、命の熱に満ちあふれていた。


 かくてぼくらは、生還するため、この最悪のデスゲームへと挑む覚悟を決める。

 同時に、


『ぶーぶーぶー! では、これより第一のイベント――宝探しと鬼ごっこを開始致します』


 端末の中で、胸像が不吉を告げた。

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