第5話 新たな冒険への扉


 僕とミコとエルフたちは、魔法の森に火をつけるという凶行に及んだ人間たちに追い立てられ、神木しんぼくの新芽を持って移動を開始した。

 ミコは狼姿に変化へんげしており、エルフの子供たちを代わりばんこに乗せている。


「もふもふー、もふもふー」


「あはは、くすぐったいよぉ」


 ミコは子供たちともすっかり仲良しになったようだ。

 僕たちは野を越え山を越え、数日間かけてどうにか目的地に到着した。



「あとはこの新芽を大切に育てて、この地に根付いてくれたら、わたくしたちは救われます。異世界への扉も、閉じることでしょう。ミコ様、遥斗はるとくん、本当にありがとうございました」


「無事に解決しそうでよかったね。ミコ、これで日本に帰れるのかな?」


「私と遥斗はるとがこっちの世界に来たのは満月の日だったわね。ってことは、帰れるとしたら、新月の日だと思う。エリーゼ、次の新月っていつ?」


「それなら明日ですわ」


「そっか、こっちに来てからもう二週間経つんだな。もうみんなともお別れかぁ……」


「キュウウ」


 僕が肩の上のリスを指先で撫でながら、しみじみと感慨かんがいにふけっていると、ミコがひじでツンツンと脇腹をつついてくる。


「あー、遥斗はると、寂しくなっちゃったんだぁ?」


「まぁ、な」


 最初はゲームの世界みたいな異世界に来ることができて、興奮していた。

 けれど、こっちの世界の人間は力に怯え、豊かさに執着し、恐怖に支配されていた。

 我を忘れて、恵みをもたらす魔法の森に火をつけて……エルフたちは救われたが、なんだかモヤっとする幕引きだ。


「なあ、ミコ、エリーゼ。人間たちは魔法の森を焼いちゃっただろ? これからどうするのかな」


「……人間にあの森を再生できるとは思えません。残っている素材を採り尽くしてしまったら、後はもう……。ただ、人間たちにとって、魔法の森の素材は絶対に必要なものではないんです」


「どういうこと?」


「魔法の森は、私たちエルフにとっては生きるために必要です。ですが、人間たちにとっては暮らしを豊かにするだけのもの。本来、人間たちは森がなくても生きていけるのです。しばらくは少し不便な生活になるでしょうが、人間たちはその代替だいたいになるものをまた発明して暮らしていくのでしょう」


「……人間はたくましいわね」


「――あの、ミコ様。遥斗はるとくん。お願いがあります」


 エリーゼは、思い詰めたような真剣な表情をしている。

 彼女は一度息を吸うと、思い切ったように僕たちに『お願い』をした――





「たっだいま、大神神社おウチ! 懐かしのたたみっ、お布団っ、おっ風呂ーっ」


「んーっ、やっぱ暑っちいなぁ、日本は」


 新月の夜に開いたゲートを通って、僕たちは無事日本に帰ってきた。

 僕たちが通り抜けると、ゲートはすうっと閉じて消えてしまった。

 もう時空の揺らぎは感じない。エルフたちはもう救われたということなのだろう。


「これでもう向こうの世界には行けないな。あー楽しかったな、剣と魔法の世界。結局僕には何の魔法も使えなかったけど」


「そりゃあそうよ。そもそも遥斗はるとの『動物使い』の力だって特別なんだから、わがまま言わないの」


「確かにな。身の丈に合わない力はいらないよな。でも――」


 僕はそこで言葉を一区切りして、ミコの後ろにいる人物に目をやる。


「こっちの世界じゃ、思うように魔法使えないんだろ? 帰れる保証もないし――ついてきちゃって本当に良かったのか、エリーゼ」


「――はい、もちろんです。それに……


 エリーゼはそう言うと、真剣な表情でミコに目をやる。ミコも、黙ってうなずいている。


 エリーゼが最後に僕たちに頼んだこと。

 それは、どうしても僕たちについて行きたいという願いだった。

 ただ、その理由については、いくら聞いても僕にだけは教えてくれなかった。


 僕は、森がないと生きていけないのではないか、と反対したのだが、意外にもミコが許可したのである。

 何でも、大神おおかみ神社の神域しんいきの森にはミコの聖なる力が込められていて、ミコの霊力に適応できるエリーゼなら、そこで魔力を摂取すれば問題ないだろうということだ。


「それと、魔法が全く使えない訳ではないんですよ。――ほら」


 エリーゼがくるっとその場で一回転すると、サファイアのように青かった瞳は僕と同じ黒い瞳に変わり、尖っていた耳は普通の人間と同じ形に変わっていた。

 ただし、髪の毛は――


「……プリンだ」


「……プリンね」


 色を変化しきれず、根本だけ黒くて毛先は金色の、いわゆるプリン状態になってしまっている。


「えっ? プリンって何ですか?」


 エリーゼはどうなっているのか分からないようだ。


「髪の毛は元の色のまま、変化させなくていいと思うぞ。エリーゼぐらいの年なら染めてる子も多いし。それに、綺麗きれいな金髪だから、隠すの勿体無もったいないしな」


「き、綺麗きれいですか?」


「まだりないかこの浮気者ぉおおおお!!」


 ミコからドロップキックが飛んできて、僕は思いっきりKOされたのだった。




 こうして、僕たちの異世界への旅は幕を下ろしたのだった。


 ちなみにエリーゼは、僕の義姉あね汀間ていま絵里えり』として自宅に居座っている。


 最初は僕もミコも、大反対した。

 僕の家族は海外出張でほとんど家にいないから問題ないが、ご近所さんの目が……と。

 だが、エリーゼは謎の幻惑魔法を駆使して、当たり前のように地域に溶け込んでみせたのである。

 ついでに僕とミコの通う中学の三年生として、二学期から通学し始めるそうだ。


 ミコはそれからしばらくご機嫌斜きげんななめで、触らぬミコにたたりなし状態だったことは言うまでもない。



 あれから次の満月を迎えても、異世界へのゲートが開くことはなかった。


 ただし、僕はどうやら、ピンチな動物たちや伝説の生き物たちにご縁があるみたいだ。

 異世界と繋がりやすいらしい大神おおかみ神社の神域しんいきに、新たな冒険への扉が開く日もそう遠くはないだろう。

 耳を澄ませばほら、聞こえてくる――


「ドゥー、ドーゥ」


 ――ドードー鳥の鳴き声が。



 (絶滅種を救い出せ! 短編版・完)



☆*:.。. ★ .。.:*☆


 お読みくださり、ありがとうございました!

 お気に召していただけましたら、お星様やコメントなど、応援いただけましたら幸いです。

 また、作者フォローをしていただけますと、新作の通知が届きますので、よろしくお願い致します♪

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

絶滅種を救い出せ! 〜ぼくらの異世界冒険記〜 矢口愛留 @ido_yaguchi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ