第7話 呪った相手


「だから、たぶん呪いなんだと思う」


 顔を青ざめさせながらも断言した遠野に、聡見はどんな言葉をかけたものか迷った。その隣に座っている良信が、余計なことを言いそうな気配を感じたので、慌てて口を塞ぐ。もちろん手を使ってだ。


「どうしてそう思ったのか、詳しい話をしてくれないか?」


 口を塞がれたままの良信が気になっているようだが、話をするのが優先だと考えたようで、視線を聡見に移した。


「私には、小さい時に大好きだったお人形がいて――」



 遠野由香が3歳だった頃、両親が西洋人形を買い与えた。それは、ある意味代わりだったのかもしれない。由香には一つ下の姉がいたのだが、病気がちでいつも両親の関心が向けられていた。構ってあげられない分、人形で埋めてくれ。そういう意図があったのだろう。

 由香は、本音を言うのなら両親に構ってもらいたかったのだが、わがままを言って困らせられないと我慢した。

 人形には「お姉ちゃん」と名前をつけた。それは、やはり心のどこかでは、姉に対する恨みに似た感情があったからかもしれない。しかし表には出せないから、そういう小さいところで意趣返ししたつもりになっていた。

「お姉ちゃん」となった人形は、由香の心の隙間を埋めてくれる。他に相手をする人がいなかったから、当然の結果だった。最初はおままごとを主にしていたのだが、いつしか遊びに変化が現れる。

 その遊びを、由香は名前を知らなかった。いつから、どうして始めるようになったかも不明だった。気がついた時には、遊ぶようになっていたのだ。

 遊び方はシンプルである。家の廊下、その奥に人形を置く。そうしたら、由香は反対側に歩いていく。それだけだった。

 何が面白いのか分からない。ただ、ずっと

 同じ遊びを繰り返していた。しかし、ある日を境に遊ぶのを止める。

 ――理由は、姉の病気が回復したからだ。治療のおかげで、姉は月に数回通院するぐらいまでのレベルまで良くなった。そうなれば、自然と由香にも関心が向けられるようになる。

 いつしか人形と遊ぶ時間が少なくなり、押し入れの奥にしまわれても気づかなかった。子供というのは、そういうものである。

 姉との関係も改善されていき、人形がいたことすらも忘れた。


 そうして数年が経った。

 元気になったはずの、姉が死んだ。病気が再発してから、あっという間の出来事だった。両親は覚悟していたのか、悲しんではいたが静かに受け入れた。むしろ由香の方が、姉の死が信じられずに泣きっぱなしだった。

 学校にもろくに行けず、自分の部屋にこもってばかりいた。両親がなんとか説得しようとしたが、由香の心が癒されることはなかった。

 それから、由香の周りで変な出来事が起こり出す。用事を済ませるために部屋の外から出ると、誰かが着いてくる気配があるのだ。足音も聞こえてきて、彼女はおかしくなりそうだった。

 着いてきているのは、一体誰なのか。その相談をするために、由香は良信の元へ来た。悲しみよりも恐怖が上回ったのだ。


「……私は、誰に呪われているの?」


 話を終えた由香は、顔を手で覆いながら泣き崩れた。嗚咽をこぼす彼女を目の前にして、良信は特に心を動かされた様子はなかった。それをフォローするかのように、聡見がハンカチを差し出した。


「君は、どっちなのか予想をつけているんじゃないの?」

「わ、分からない」

「分からない? 絶対に予想をつけているはずだよ。誰に呪われているのか、本当は心当たりがある。でも認めたくない」

「それは……」


 由香は目をそらしたが、その動作が良信の話を裏付けていた。誰に呪われているのか、ある程度の予測をしているらしい。


「どっちでもいいでしょ。とにかく助けてよ。何とかして」


 良信の態度が気に食わなかった由香は、突然態度が強くなった。助けろと命令口調でいい、同情していた聡見もさすがにムッとする。しかし良信が気にしていないので、自分がでしゃばるべきではないと我慢した。

 睨む由香を、逆に面白いものを見るかのように観察していた良信は、ポケットから紙を二枚取りだし、ペンで何かを書いたあと半分に破く。


「はい」

「何これ。ふざけてる?」

「信じないなら返してもらっていいよ」

「……もらう。でも、どうやって使えばいいのよ。持っていればいいの?」

「それぞれの中に書いてあることをすれば、何とかなるよ。どっちにどう対処するかは、ちゃんと書いてあるから……間違えないようにね」


 由香は信じていないようだったが、それでも紙を受け取った。そしてお礼もそこそこに帰っていく。


「あんな人もくるんだな」


 あまりの態度に、聡見が珍しく文句を言う。聡見を頼ってくる人は多いが、大体はもっと愁傷な態度をとる。悩まされているから、反抗する元気もないのだ。


「そうだね。たまにいるよ」

「大変だな、良信も」

「そうだよ。だから、もっと労わって」


 後ろから抱きついてくる良信を引き剥がして、聡見はふと質問する。


「そういえば、俺には見えなかったけど……あの人にはどちらがついていたんだ。人形か姉か」

「あ、分からなかったんだ。でも無理ないか」


 諦めずにまた抱きついた良信は、耳元で答える。


「たくさんの人に恨まれていたみたいだからね」


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