第6話 廃屋


 霊が見えるとはいえ、聡見が危険なところに全く近づかなかったかというと、そうでもない。幼い頃はまだ警戒していたが、良信と知り合ってからは安心感があり、どこか気が緩んでいた。

 衝撃の出会いから数ヶ月が経ったその日も、気の緩みから巻き込まれる結果となる。


「肝試ししよう!」


 クラスメイトの一人が、放課後にそんなことを言い出した。彼は田所、いわゆるガキ大将タイプで、強引に物事を進めることが多かった。どんなに反対されようと耳を貸そうともせず、むしろ弱虫だと馬鹿にする。今回も、一人だけ盛り上がっている状態だった。

 当時の聡見は、周りから孤立しないようにとばかり考えていて、上手なあしらい方を身につけていなかった。そのため肝試しメンバーの中に、名を連ねるはめとなる。

 それでもなんとか良信を引き入れたので、完全な命知らずだったわけではない。


「今日は、スズキさん家に行くぞ」


 大きな発表をするかのように、腰に手を当てて肝試しの場所を告げる。その瞬間、さすがに戸惑いの声があがった。


「す、スズキさん家って……あのスズキさん?」

「それ以外にどこがあるんだって言うんだよ」

「でも、お母さんや先生が、あそこは危ないから入っちゃダメだって」


 スズキさん家は、子供達の間でも有名だった。どのぐらい前から建っているかは不明だが、気づいた時にはすでに廃屋だった。


「そうだよ。あそこで、前に人が殺されたんでしょ。止めておこうよ」


 詳細は知らなくても、その場所は恐れられていた。殺人事件があったのも定かではないのに、他とは違ったものを感じているようだった。


「なんだよ。こわいのか?」


 田所も本当は怖がっているのに、表には出さずに馬鹿にした。スズキさん家を候補にあげたのも、凄いと思われるためだった。だから反対されるのを望んでいたが、簡単に認めるわけにもいかない。もう少し焦らしてから、そう思っていた。しかし、あてが外れる。


「いいんじゃない。行っても」


 もちろん、言ったのは良信だった。彼以外にはいない。さすがの聡見すらも、何を言っているのだと驚きの視線を向けた。全員の視線に晒されていることに気づいた彼は、キョトンとした顔をする。


「何か、変なこと言った?」

「い、いや。それじゃあ行こうぜ」


 良信が簡単に行こうと口にしたせいで、田所も後には引けなくなった。こうして、スズキさん家に向かうのが、決定事項となってしまった。


「行っても平気なのか?」


 田所を先頭にして進む列の後ろを歩きながら、聡見が良信に確認する。行くのを止めなかったから、特に危険はないのだと期待していたのだが。


「たぶん」


 返事は、あまりいいものではなかった。すでに帰りたくなっていたが、そうしたら逃げた臆病者だというレッテルを貼られる。

 良信から絶対に離れないように。帰るのは諦めて、少しでも変なことに巻き込まれないために動く。服の裾を掴んだが、振り払われなかったので、そのまま歩いた。


「……うわぁ」


 スズキさん家に着いたはいいが、子供達は圧倒されていた。

 結局メンバーは5人。途中で用事を思い出したと言って逃げた子もいて、田所が負け犬だと叫んだ。しかし戻ってはこなかったのは、恐怖が打ち勝ったためである。聡見はその子を羨ましく思ったが、結局着いてきてしまった。それは良信の存在が大きかった。

 聡見にとっては、話には聞いていたが見るのは初めてだった。帰れば良かったと後悔するぐらい、その外観はおどろおどろしかった。

 元は、ごく普通の一軒家だったのだろうが、長年の劣化により壁にはヒビが入り、屋根の瓦もほとんど落ちていた。手入れをされていないため、雑草が生い茂り苔まであるせいでジメジメとした印象を抱かせる。

 扉はガラス戸なのだが、鍵はおろか開け放たれていた。かろうじて立ち入り禁止のテープははられているが、侵入を防げるはずもなく、肝試しをする人は他にもいるのを示すように、中の廊下には缶やお菓子の袋などが散乱していた。

 想像していたよりも荒れている様子と、その家で起こったらしい事件を思い出して、発案者である田所さえ動こうとしなかった。ただ、見上げているだけである。


「それで? 中に入らないの?」


 しかし良信に声をかけられ、ハッとした表情になる。


「い、行くに決まってるだろ」


 プライドが邪魔をして帰ろうとは言えず、勇気があるのだと見せるために中へと進んでいく。


「あっ」


 駄目だ。聡見の脳裏に、警告の文字が過ったが、どうすることも出来なかった。そのまま諦めて、後ろから着いていく。



「……思っていたよりも普通だったな」


 聡見は自室に帰ると、ほっと安堵のため息を吐いた。肝試しは刺激的なことはなく、呆気なく終わった。それでも文句が出ずに、どこか安心している様子だったのは、恐怖を抱いていたからだろう。良信が出る幕もなかった。


「ご飯出来たから、降りてらっしゃい」


 布団に寝転び伸びをしていると、階下から母親が呼ぶ声が聞こえた。それと同時にカレーの匂いが漂ってきて、聡見は飛び跳ねるように起きた。


「今行く!」


 下に行くと、既に家族はダイニングテーブルに座っていた。父、母、弟。こちらに背を向けていた弟が、振り返って頬をふくらませる。


「おそい。お腹空いたんだけど」

「ごめんごめん」


 軽く謝りながら、弟の隣に座れば目の前には美味しそうなカレーがあった。肝試しをしたせいか空腹を感じていたので、スプーンを手に取り早速食べようとした。


 ジリリリリリリリ


 スプーンを口に入れる前に、近くで電話が鳴った。現在いるのはリビングだが、数歩先に電話機が設置されている。

 普段だったら無視して食べる。しかし、妙に気になった。


 ジリリリリリリリ


 音が頭に響く。早く出なくては。そう思うと同時に、カレーを食べたいという願望も顔をのぞかせる。


「どうしたの、早く食べなさい」


 どうするべきか迷っていると、母親が食べるように促してきた。しかし、電話は未だに鳴り続けている。

 誰かが出てくれればいいのに。聡見はそう思ったが、席を立とうとはしない。ただ聡見がカレーを食べるのを、じっと待っている。


「冷めるから食べなさい」

「そうだよ、食べよう」

「早く食べなさい」

「食べろ」

「食べろ」

「食べろ」

「食べろ」


 促す言葉が、まるでリピートするように繰り返される。もはや誰が言っているのか分からなくなり、聡見はスプーンを落として電話機に飛びついた。そうしている間にも、後ろから食べろという声が止まない。

 震える手で、何とか黒電話の受話器を外し耳元に押し付けた。


「何やってるの?」


 その言葉を耳にした途端、見えている景色が変わった。自分の家だと思っていた場所が、そうではないと気づいたのだ。

 聡見は、肝試しに来ていた家の中にいた。外観同様に、中も荒れ果てていた。残されている家具は、どこか時代を感じさせるもので、ほとんどが壊れている。

 先ほどまで座っていた場所を見た。テーブルはあった。でもカレーも、家族すらもいなくなっていた。


「……違う。あれは」


 家族だと思っていた3人は、聡見の知らない人だった。そもそも彼に弟はいない。誰だったのかと考えて、この家に住んでいた人なのではという答えを導きだす。


「おーい。大丈夫?」


 受話器の向こうで、のんびりとした呼びかけがあった。まだ電話が繋がっていたのだ。


「うん、ありがとう」


 良信の電話が無ければ、聡見はカレーを食べていただろう。そうなれば、どうなっていたのかと考えると、彼はゾッとした。

 お礼を言うと、複数の視線を感じながら家から飛び出す。そして一度も振り返ることなく、家へと走って帰った。


 その後、判明した事実がある。

 肝試しに行った時に、どうしてその場に置き去りにしたのだと、聡見は良信に文句を言った。しかし帰ってきた答えで、血の気が引く。


「昨日は先に帰ったから、肝試しに行ったなんて知らなかったけど」


 確かに思い出してみれば、良信だと思っていた人物の顔があやふやだ。本人だとは断言できず、むしろ別人だった。それなのに、どうして良信だと勘違いしたのか説明がつかない。


「呼ばれたんだよ」


 そう言った良信は、どうして電話をかけてきたのか、はっきりとした理由を教えなかった。聡見としても色々と思うところはあったのだが、助けてもらった事実は変わらないので深くは突っ込めなかった。

 考えるとまたあの家に呼ばれるのではないかと、どこかで恐れていたせいもあった。

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